第32話 暴力楽団

文字数 2,622文字

 カナエは会社アカウントのツイッターに一本の動画を流した。

『GUN & ME の新人バンド、「呆れた」です』

 タグ付けは次のものを。
 #厚労省課長補佐自殺 #犯人 #陰謀 #A-KIREI契約破棄 #いじめ根絶 #本当に本気なのか

 そして動画に登場するのは5人。

 Vo:散々腹立美(さんざんぱらたつみ)
 Gt:秘境緩三蔵(ヒキョーゆるさんぞう)
 Ba:泥泥病目ロ歌(ドロドロやめろうた)
 Dr:茶番人生(チャバンジンセー)
 Key:告訴・愚問時報(コクソ・グモンジホー)

 全員サングラスにベレー帽を被り脱力感たっぷりの気だるげなクネクネした体の動きで演奏を始める。
 ヴォーカルの少女がガスの抜けたような薄笑いの歌唱方法で歌詞を伝える。コーラスもふざけている。

「あー。呆れたもんさこの世の諸事は」
『呆れ切れ切れ、ウー・フー』
「真面目にやってりゃ飛び降りる」
『アー・ハー、アー・ハー』
「本気で歌えば叱られる」
『叱られられられ、ウー・フー』
「見限れ奴らを細切れカンリョー!」
『カンリョー、カンリョー』
「ケツ蹴って、タマ蹴って、(しま)いにするのさ!」
『サヨナラ、サヨナラ』

 ギターソロの間、MVはふざけた三文ドラマのような映像に切り替わる。

 ヴォーカルの少女が偉そうな中年に札束を渡す。
 中年はガリガリに痩せた黒のスーツ姿の男に拳銃を渡して『OK?』という合図をする。OKOKOKと連呼するガリガリ男。
 キーボード女子が扮するスーツ姿のキャリア・ウーマン風の女性に銃を突きつけてビルの階段を上がる光景。屋上に出ると男は銃で脅しながら女性を飛び降りさせた。
 その後で裁判の風景に変わり、ヴォーカルの少女とガリガリの殺し屋が判決を下され、刑務所の中で鉄球に鎖を繋がれたところでドラマ風の映像が終わり、再び演奏シーンへと転ずる。

「あー。軽く行こうよこの世はさ」
『ライライラライ、ライトライフ』
「どうせ最後は殺される」

 なんということのない動画だ。
 だが、アップされてしばらくすると視聴回数が異常な勢いで積み重ねられる。

 カナエは3時間前、あるロック・シンガーの事務所を訪ねていた。

「よう、カナエさん。久しぶり」
「ご無沙汰してます。お忙しいのにすみません」
「いいよいいよ。事務所の社長も俺だからスケジュールなんて俺の好きなように組めるんだから。それで? 借りを返して欲しいって?」
「はい・・・」
「いい度胸だよ。T-Factoryの社長だって俺にそんな口利けないよ?」
「無礼は承知です。でも、これはロックが勝つか負けるかの瀬戸際のお話なんです」
「ロックの勝ち負け? なにそれ」
「この間、厚生労働省の課長補佐さんが転落死しました」
「知ってる」
「これから話すことは推測です。あなたを巻き込むことにもなるでしょう。でも、わたしはロックをコケにされたままで終われません。それと、その課長補佐さんの本気のココロにも報いたいんです」
「ふうん。一応聞くよ」

 ロック・シンガーがそう言ってタバコに火をつけた後、カナエは推測も交えたストーリーを語った。

 木田は誰かに殺されたということ。
 殺害を『決裁』し、手配・指示したのはとんでもなく『偉い』人物だということ。
 その偉い人は本気でいじめを根絶する気はないだろうということ。
 そしてその偉い人はロックンロールバンドを気持ちの悪い誇大妄想狂のようにしか捉えていないだろうということ。

「・・・・以上です。わたしの妄想かもしれませんが」
「俺はどうすればいい」
「もうしばらくしてわたしが流す動画を面白いと思ったらリツイートしてください。面白いと思わなければスルーして結構です」
「ほー・・・。確かに借りは返さないといけないとは思ってるが、この段になっても頭下げて頼む訳じゃないんだな」
「・・・音楽について、『好きになれ』なんてことをわたしが言ったらおしまいです」
「はあ・・・カナエさんは今もあの時のカナエさんのままだな。わかった。後で観るよ。ただ、こんなことじゃまだまだ借りは返せないな」
「いえ・・・わたしは『あの曲』に関われただけで光栄なんです」
「あんた、本物のロッカーだよ」

 3時間後、カナエが予告した時間に動画をツイートすると、3分して通知があった。

『Reiyaさんがリツイートしました』

 コメント付きだった。

「誰だよ、本気の奴を排除したのは」

 Reiyaのファンと、ファンではないがReiyaを知らない日本人などいないので、膨大なリツイートとタグと動画からストーリーを想像するリプが流れ込んでくる。

『このバンド、A-KIREIの変装だよね。キーボード、誰?』
『プロデューサーの女社長らしいよ』
『カチョーホサ? なんの関係あんの?』
『キャンペーンの担当者だったんだって。死んじゃってA-KIREIが降ろされたらしい』
『うおー。国家的陰謀の匂い(笑)』

 Reiyaの名前が出てしまっては『偉いひと』も無視する訳にいかなくなったようだ。A-KIREIは結果的にキャンペーンの担当バンドに復帰した。

 紫華は無表情で言った。

「自己の無いひと」

 このキャンペーンで本当にいじめ根絶・自殺根絶を世に実現させると紫華はカナエに熱く語った。
 クールな紫華をして燃えたぎらせる、それが木田の人格だったのだろう。

 ところで、Reiyaがカナエに『借り』があるその内容とは。

 それは、カナエが彼の最大のヒット曲のプロデューサーであるという事実。
 Reiyaはその印税のお陰で冒険的な楽曲にも余裕を持って取り組んでこられた経歴がある。

 かつて、T-Factoryがカナエをヘッドハントしようとした理由は、Reiya渾身の楽曲のプロデューサーにカナエを指名したからだった。そのためにならばT-FactoryからGUN & MEに移籍するとまでReiyaが言い出し、T-Factoryが大慌てしたのだ。

 だが、カナエはReiyaのような数少ない『スーパースター』と称していい人間をレーベル間の経営戦略の道具にする気持ちは全くなく、それはGUN & MEの前社長も同様だった。苦肉の策として「匿名で1曲だけなら」と異例のプロデュースを引き受けたのだ。

 Reiyaは一緒に仕事してカナエの音楽に対する天才的な情熱とセンスを感じ取っただけでなく、カナエの人間としての素晴らしさをも理解していた。

 だからなのだ。

「世界一のロックンロール・バンドを創る」

 そういうことを公言するGUN & MEをReiyaだけが「その狂ったような自信こそがロックだ」と賛辞のコメントをしていた。
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