第45話 職業的悪魔

文字数 2,333文字

 思わぬところから攻撃を受けた。

A(エイ)-KIREI(キレイ)がいじめを助長している』

 そのツイートをしたのはある人権擁護団体だった。いわゆる「プロ」の。

『A-KIREIはいじめに遭う子どもたちが静かに目立たず学校での生活を送ろうとしているところに「叛逆」を起こさせ、却っていじめ被害を拡散している。実際にはできるだけいじめる側の人間を刺激しないようにしていじめの発生件数を縮小均衡させるべきだ。いじめの根絶は理想ではあろうが現実的ではない』

 この内容のブログが静かに拡散されていく。炎上までそう時間はかからなかった。

 紫華(シハナ)のツイートが槍玉に上げられたのだ。

『根絶できないのならいじめを減らしても意味がない』

 このツイートを捉えて紫華がいじめを減らす意思を持たないかのような巧みな引用ツイートで炎上へと導かれた。
 以前も似たような状況はあったが、今回攻撃を仕掛けてきたこういう不毛な攻撃を専門とするプロの団体に目をつけられたことは想像を超える大打撃となった。

 実は大元の引用ツイートをしたプロ集団だけにとどまらず、それを拡散する者たちもプロだった。

 カナエがマンションの隣の部屋のドアフォンを押す。誰も出てこないのでシャワーでも浴びているのだろうかと思ったらLINEが入った。

紫華:パープル・カラッツに行ってきます。午後になって戻らなかったら警察に連絡してください。

 カナエは階段を駆け下りてスクーターに跨がった。

 紫華は大塚から都電で移動した。降りたのは鬼子母神。人の子をさらって殺す鬼が我が子を釈迦に隠されて慟哭し最後は仏教の守護神となるその境内を通り外壁のひび割れた商業ビルの二階のドアをノックした。

「・・・来たのか」
「はい」
「何しに来た」
「話をしに来ました」
「先生はお前などには会わん」
「会わざるを得ないだろう。わたしがどういう部類の者か分かるのならば」
「です・ますはどうした」
「敵にです・ますもなかろう」
「・・・入れ」

 一番奥のソファに浅く座っていたのは女だった。足を組んで紙巻きタバコを吸っている。肺まで吸い込んだ煙を全部吐き出してクリスタルの灰皿に火の部分を押し当てて消した。

黄花(こうか)だ」
「紫華だ」
「座れ」

 ぽふ、と小さな体を余すように座る紫華はだが大人の女である黄花を見下すように視線を振り上げた。黄花は威圧を込めた声で対抗する。

「ネガティブ・キャンペーンをやめて欲しいのか」
「別に」
「なら何でここに来た。私らがどういう団体か分かってるんだろう」
「カルト」
「一括りにするな。お前のような小娘が池袋で1人くらい消えたって本気で警察は探さんぞ」
「できるのならやってみれば?」

 最初に応対した男が無言で紫華の首に自分のスラックスから外したベルトを巻こうとした。振り返りもせずに紫華は男に言う。

「あなたは明日の午後、太陽が高度を下げ始めた時に、陸橋が風に煽られて転落して死ぬ」
「やめておけ」

 紫華の平坦な文章を聞いて黄花は男に指示を出した。

「こいつが自動的な口調で喋り出すと危ない。予言の可能性がある」
「予言じゃない。事実だ」

 紫華はそう言って出されたコーヒーカップを傾けた。

「ぬるい。不味い」
作花(さっか)!」

 黄花が男の名を鋭く呼ぶ。

「淹れ換えてやれ。死にたいのか」

 黄花からタバコを勧められたが紫華は要らない、と答えた。紫華の方から交渉する。

「黄花。わたしの方こそあなたを消すのはたやすい。けれども時間がかかる。しばらく静かにしててくれないか」
「できない。お前を消す作業によって私は栄誉を得るからな」
「悪魔のか」
「だったらなんだ」
「『本願』の協力者にならないか」
「『本願』、だと? ・・・紫華、もしかしてお前は本当に名前通りなのか」
「そうだ」
「だ、だが、それはお前の両親がつけた名前だろう?」
「祖母がつけた。祖母は見えたからな。52段 (たか)のその方のシルエットが。結局祖母もわたしの誕生日にあなたの同業である

に殺されたがな」
「ほ、本当に

の側に侍っている紫の華なのか?」
「悔い改めるのなら真実を知らせてやるが」

 黄花は紫華に関するネガティブなツイート全てを削除すると約束した。それだけでなく、会社が裏アカウントとして持つポジティブ系の宣伝アカウントでA-KIREIの広報をするとまで言った。

「死にたくないからか」
「それもある。が、本当に52段高のその方と知己が持てるのならば私らの頭領にすがる必要も無くなる」
「粛清は大丈夫なのか?」
「頭領もその方を恐れている。その方の行幸に会っただけで天の一員となれるぐらいの力に頭領もバカでなし抗わないだろう」

 紫華は満足だった。
 帰ろうと立ち上がりかけると、事務所のドアをノックする音がした。
 作花が開けるとカナエが真っ直ぐに黄花に言った。

「あなたのやっている誹謗・中傷については後日弁護士を通じて配達証明で警告文を送ります。今日もし彼女にこれ以上ハラスメント行為をするのならば今すぐ警察に電話します」
「ふ。脅されたのは私の方だがな」
「え?」

 紫華は黄花の言葉を無視して立ち上がり、カナエの手を、きゅっ、と握った。

「カナエ。帰ろう」
「え? ええ・・・」
「紫華。あの方への口添え、頼んだからな」

 ビルの階段を降りて外に出ると美しい青空だった。ステージの前のいつもの儀式のように、カナエは身をかがめて紫華の頭をそっと抱いてやる。

「紫華。無茶なことして・・・彼女と何を話したの?」
「『意地悪やめて』って言っただけ」
「また・・・」

 紫華は久し振りに少女らしくカナエに甘えた。

「バターを溶かしてメイプルシロップをたっぷりかけたホットケーキ食べたい」

 1週間後、パープル・カラッツの入ったビルがタバコの失火で全焼したというニュースが流れた。
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