第14話 日本列島の危機~地中を泳ぐパックマン

文字数 8,613文字

 ある漁船が太平洋沿岸を航行中、高波にあおられて沈没した。幸いにして乗組員全員は救助されて、関係者は安堵した。
 船は水深20メートルほどの海底に沈んでいた。
 これから事故の検証をしようと船の引き上げ作業に入るところだった。
 ところがいざ作業開始当日になると、その沈没船は忽然と消えていた。

「いったいどういうことなんだ?」
 国土交通省や海上保安庁の幹部たちはみな困惑した。
 現場で作業する職員は言った。
「昨日の夕方の段階では、沈没船の所在は確認が取れていました」
「じゃあなぜ消えたんだ?」
「今、周辺海域を調べています」
「潮で流れたのか?」
「海底に沈没しているわけですから、流されるということは考えにくいのですが…新しい情報が入りましたら、ご連絡します」
「よろしくたのむ」

 このミステリアスなニュースはネット上で賑わった。
 もっとも活発になった話は陰謀論だった。
「国にとって都合の悪い船なんじゃないか?」
「本当は重要人物が殺されていて、船ごと沈めたとか」
「アメリカが絡んでる」

 政府は調査中であることを強調し、沈没船の発見に努めたい、と官房長官が記者会見で述べていた。

 一方、地震研究所では異常な波を検出していた。
 通常の地震波ではない、何かが日本列島の下で起こっていた。
「プレートの移動によるものではないですね」
「何か衝突したようにも見えますね」
「衝突って何が?」
「原子力潜水艦が事故を起こしたとか」
「いや、もしそんなことが起こったら大惨事じゃないか」
「アメリカかロシアか、何か隠してるかもしれませんね」
「もしそうなら目視でもわかるはずだ。巨大な高波が発生するとか」
「そういった情報は上がってませんね」
「引き続き観測していこう」

 最近日本列島の各地で、奇妙な地震が増えていた。
 ドンと揺れるだけの地震だった。日常的に発生する地震とは違う揺れ方をした地震に、これは大震災が発生する前触れではないか、と人々は騒ぎ始めた。
 
「関東大震災から100年近くたってるから、いつ大地震が起きてもおかしくない」
「何十年もずっとそれを言い続けていれば、それは来るわ」
「来たからといって、別にやれることなんかないよな」

 地震が発生するたびにみんな一様に騒ぐ。けれども、本音では、いつかは来るだろうけど、来ても何とかなるんじゃないか、死ぬことはないだろう、くらいにしか思っていない。だからしばらく地震が起こらなければ、すっかり忘れて、いつもの日常に戻る。
 本来ならば、それで終わる話だった。
 しかし、このドンと揺れるだけの地震は3日に1度は起こった。その大きさはいつも前回より大きかった。経験的に不可解な地震だった。近くの工事現場で建物の解体作業をしているような人工的な揺れだった。
 この現象について、政府も地震学者も明確な説明ができなかった。このことが不安に拍車をかけていた。

 海洋研究所のレーダーに日本近海を回遊する物体を研究員たちが見つけた。
 その物体は、太平洋、日本海、東シナ海、オホーツク海を回遊していた。その物体がときおり日本列島の地下に衝突すると、その姿がレーダーから消えた。しばらくしてから別の場所から現れた。
 その物体は大きさからすると、魚とは思えない大きさだった。
 研究員たちはこの謎めいた物体とその行動について頭を悩ませていた。
「動き方といい、スピードといい、魚か何かだと思うけど」
「人工の物体に見えなくもないけど」
「引き続きマークしよう」

 Mは近所の自治会に参加していた。
「最近このあたりも老人ばっかりになっちゃったなあ」
 Mは今年で76歳になった。
「本当にね、この辺、空き家だらけで困っちゃうね」
「65歳以上のひとり暮らしが半数だからねえ」
「若い夫婦が引っ越してくれればいいんだけど」
「あそこのKさんの家はどうなるんだろうね」
「亡くなってから10年以上空き家のままだしね、ボロボロだよねえ」
「息子さんは?」
「海洋研究所で働いているみたいだから、帰ってくることはないね」
「ところでさ、最近、変な地震多いね」
「多いねえ。うち築40年でしょ。揺れが怖いのよ」
「でっかいのが来たら、このあたり大変なんじゃないの?」
「築年数が古い建物ばかりだし、道路は狭いしね」
「さっきテレビでN首相が記者会見やるとか言ってたわ」
「どうせ大したこと言わないでしょ」

 N首相は首相官邸で記者会見の段取りについて首相補佐官らと打ち合わせをしていた。
「頭の中が整理がつかんよ。何をしゃべればいいんだよ」
 N首相はぼやいた。
「大丈夫ですよ、総理。誰もボンクラ総理の話なんか聞いてませんから」
 補佐官は口を滑らせた。
「ボンクラだと?」
 N首相は睨んだ。
「申し訳ございません。つい本音が出てしまいました」
「本音?」
「いや、建前です。疲れてるんです」
 補佐官は慌てて取り繕った。
「そりゃそうだ。みんな疲れてる。とりあえず話を整理してくれ」
 もう一人の補佐官が資料を見ながら、N首相に説明を始めた。
「ええ、まず沈没船の引き上げの件ですが、いまだに行方不明です。沈没した場所を調べてみたんですが、何かに引きずられたような跡がありまして、それが急に消えてなくなっています。周辺の海域はとくに深い場所はないのですが…少し捜索の範囲を広げているところです」
「誰かが食べちゃったんじゃないの?」
 N首相はそう言って能天気に笑った。
「た、食べちゃったって…」
 補佐官たちはお互いに顔を見合わせた。
「あの、で、次に最近頻発する地震の件なんですが、地震研究所の見解では地震である可能性が低いということだそうです」
「揺れてるじゃないか」
「そうなんですが、海洋研究所の見解ですと、何かの物体が日本列島の下に衝突しているようなんです。それが地震の原因である可能性が高いんじゃないか、と。ただですね、通常の定義からすると、それは地震と呼べるものではない、ということなんです」
「揺れてるんだから、地震じゃないか!」
「我々からするとそうなるんですけど、学術的には地震ではない、とのことなんだそうです。それでですね、その物体なんですけど、日本列島の地下に穴を開けてる、ということらしいんですよ」
「なんだ。モグラか」
「…あ、いや、どうなんでしょう。トンネルを掘るみたいに、その物体は地下を縦横動き回ってるようなんですね」
「泳ぐモグラじゃないの。新種じゃない?」
「…やはり生き物というか魚にしては大きいかな、ということなんですよ。やはり人工の何かじゃないか、という風に考えたほうが自然ではないかと思うんです。ただ防衛省に問い合わせをしてみたんですが、アメリカ、ロシアあたりの最新鋭の潜水艦ではなさそうだ、ということなんです。すると一体なんだろうということになりまして…」
「泳ぐパックマンだ!」
 N首相はケラケラ笑った。
「…まあ、あの、とにかくですね、これも正体が不明だということなんです」
 補佐官はため息をついた。
「あのな、さっきから行方不明だの正体不明だの、俺はどんな記者会見すればいいんだよ。俺の内閣支持率分かってるのか?」
「総理、その点はご心配なく。これ以上、下がりようがありませんから」

 それから何ヶ月ものあいだ、地震の頻度は増えていったが、最大でも震度は2か3程度だった。
 一方、列島の各地から異常事態が伝わってきた。
 全国の温泉が干上がったり、磁石が狂ったり、耳をつんざくような低周波音が断続的に響いたりした。
 そして全国の活火山の活動が止まった。

 海洋研究所のレーダーに映る回遊する物体が日増しに大きくなっていくのが確認された。
「1匹ですかね。1艘ですかね」
 研究員は画面を眺めていた。
「いや、2匹か、2艘だ」
 K所長はコーヒを飲みながらやってきた。
「もう一つ物体があるんですか?」研究員は後ろを振り返った。
「ほら、これを見てみな」
 K所長は画面を指さした。
「これは前から確認がとれてる物体だよね。かなりサイズが大きくなってる。もう一つは、ちょっと見にくいけど、これ。まだ小さいがこれもどんどん大きくなってる」
「どのくらいの大きさなんでしょうねえ」
「前から確認できてる物体は式根島くらいの大きさだね。もうひとつは東京ドーム2個分の大きさだと思うけど、もっと大きくなりそうだ」
 K所長は深刻な目つきで画面を見つめていた。
「そんな大きなものが列島の地下を回遊してるんですよね」
「この2つの物体が列島の下に衝突して、中に穴を掘ってるわけだ。地下に潜り込んで、別の場所から出てくるときにはサイズが大きくなってる。ということは地中で何かを食べてるんだろう」
「けれど地下200メートルから1000メートルの世界ですよ。地中に生き物がいるとは考えにくいんですが」
「そもそもこの2つの物体が生き物であるかどうもわからんしね」
「そんな海洋生物なんか見たことも聞いたこともありませんよね。掘削機みたいなものと考えたほうが自然ですかね。泥を飲み込んでる機械のような…」

 K所長と研究員は黙って画面を見ていた。
「ところで、名前をつけとこうか。名前ないとわかりにくいしね」
「モグラでどうでしょう?」研究員は提案した。
 K所長はう~んと唸ってから、
「パックマンにしよう」と言って笑った。
「いいですね。じゃあ小さい方はパックガールで」
 二人は笑った。

 それから何ヶ月かすると、地震がなくなった。「なくなった」というのは正しい表現ではない。いつも揺れていた。

 Mは蛇行するような歩き方になっているのが気になっていた。
「俺は脳の病気なのか、それとも足腰が弱っちまったのか」
 Mはテレビをつけると、Mと同じような症状に悩む人が大勢いることを知った。
「俺だけじゃないんだ」
 船酔いのような気持ち悪い感じがずっと続いていて、三半規管がおかしくなってしまうのではないかと思えた。

 地震研究所ではさらにおかしな波形にみんなが悩まされるようになった。
「もはや日本には地震がなくなりつつあるんじゃないか」
 S所長はつぶやいた。
「でも揺れてますからね。ゆらゆらとずっと」
「プレート型地震だったり海溝型地震というのが観測されていない。すると今の揺れは地震とはいえない。今分かってるのは、日本列島の地下が空洞だらけになっていることなんだ。最近火山活動がなくなってきてるのがその証拠。地下のマグマが切り離されてるんだ」
「今度の首相官邸での会合どうしましょう」
「ありのままをしゃべるしかないな」
 S所長はため息をついた。

 首相官邸に、地震研究所や海洋研究所の代表者たち、関係省庁の職員らが集まった。
 全体の進行を首相補佐官が務めた。
「ええ、本日の会合の目的は、有識者のみなさまからさまざま観点から現状報告をしていただきまして、今日本列島で起こっている状況について情報を共有する場にしたいと考えております。今日は一日よろしくお願いいたします。まずは地震研究所所長Sさんからお願いします」
 S所長は立ち上がった。
「地震研究所のSです。最近の地震についてですね。これまでの地震とは質が異なるものであると考えております。といいますのも、通常説明されるようなプレート型地震であったり海溝型地震であったりといったものではありません。すると私どもとしてはですね、今の現象をどう説明すればいいのかと申しますと、日本列島の地下のあちこちに穴が開けられてですね、トンネルが張り巡らさている状況ですね。それは波形図から読み取れるものなんですが…」
「地下鉄作ればいいんじゃない? 工事の手間が省けていいよね」
 N首相が口を挟んだ。
「でも、ですね。ずっと地下の方ですし、今も掘られている状態ですね。その穴はかなり巨大化しています。場所によっては直径1000メートルから2000メートルくらいの巨大な穴になっているものと推定していまして…」
「そんなに大きかったら野球場できそうだ。マンションもできるし、いや、これ街ができるね。新しい行政区を作っとこうよ。後々の選挙のためにさ」
 N首相は後ろの席に座っている秘書官に向かって「そう思わね?」と言って笑った。
 補佐官たちは苦笑いしながら「そ、そうですね」と応じた。
「ごめん、ごめん、続けて」N首相はS所長に言った。
「ああ、よろしいでしょうか。そういたしますと日本列島がプレートから切り離されている過程にあるのではないかと考えられます。穴が掘られる過程で揺れが発生することが出てくると思うのですが、いわゆる大きな揺れの可能性となりますと、それは十分にありうるのではないかと思います。ただ先程申し上げた通り、通常の定義の地震とは異なりますから、どのような揺れ方をするのかはまったくもって予測不能です」
「これさ、日本列島はいずれ海の上にぷかぷか浮いちゃうの?」
「あ、いえ、それはなんとも…」
「船だよね。豪華客船だ。こういう旅ってよっぱど暇とカネがないとできないじゃない。国民にとって、これすごくラッキーな話で…」
 首相補佐官はN首相の話を切って、
「じゃあ次、海洋研究所所長のKさんどうぞ」
 K所長が立ち上がった。
「どうも。海洋研究所のKです。今S所長が話されたようにですね、日本列島が切り離されつつあるというお話なんですが、正体不明の物体2匹とよぶべきか2艘と呼ぶべきか、どちらが適切かはわからないのですが、その2つの物体が列島の下に穴を開けています。その物体は日増しに巨大化しており、開ける穴も大きくなっております。列島が切り離されるのは時間の問題ではないかと考えております」
「ああ、パックマンね」
 N首相はぼそっと言った。
「総理はなぜそれをご存知なんですか?」
 K所長は驚いた。
「やっぱりそうなんじゃないか。俺の言った通りだ。な、そうだろ?」
 N首相は後ろを振り返って、秘書官に誇らしげに言った。
 秘書官は唖然とした顔のまま沈黙していた。
 K所長は話を続けた。
「あの私どもとしてはですね、正体不明の2つの物体にパックマンとパックガールという風に仮に名付けただけなんですが…あ、話を戻します。そのパックマンとパックガールなんですが、パックマンのほうは今香川県くらいの大きさになっておりまして、パックガールのほうは東京ドーム500個分の大きさであると推定されております」
「どっちが大きいのかわからんね」
 N首相は眉間にシワを寄せた。
「いずれにしてもパックマン、パックガール、ともに大きくなっているということです」
「ちょっといいかね?」
 N首相は右手を軽く上げた。
「はい、総理どうぞ」
「なぜパックマンに対して、パックガールなんだ? パックウーマンが適切だと思うんだが」
「名称につきましては、それぞれの物体を識別するために仮につけただけです。正体が分かり次第、正式な名前を考えていきたいと思っております」
 K所長は淡々と答えた。
「重要だよ。我々政治家にとって、名前こそ命だ。選挙民に名前覚えてもらわないといけないからな。そもそも性別がわかるような名称は今の時代にはそぐわない。性差別だとか言って騒ぎ出すやつが出てくるから」
 K所長は少し慌てて、
「そういたしましたら、パックパーソン、でしょうか?」と訊いた。
「そっちのほうがいいねえ。俺はね、記者会見やんなきゃいけない身だから、マスコミに突っ込まれるような名称は避けたいのよ」
「それではパックパーソン1号、2号に名前を変更いたします」
 N首相は少し考えて、
「いや、ちょっと待て。これは穴掘りなんだからディグダグのほうがふさわしくないか?」と訊いた。
 K所長はすっかり困ってしまったが、
「はい、分かりました。そういたしましたら、ディグダグにしましょうか…」と応じた。
 N首相は、う~んと唸って、
「やっぱりパックマンにしよう。ディグダグはマイナーだ。覚えやすい名前が大事だ」と言って笑った。
 会議参加者全員お互いに顔を見合わせて、つられ笑いした。

 …このように首相も参加する有識者会議では、日本列島の危機的状況について長時間にわたり活発な議論がかわされた。

 それからまもなく学者たちが懸念した事態が起こった。
 従来の震度では測れないほどの大きな揺れが日本列島を襲った。すべての街はめちゃくちゃになってしまった。
 政府の震災対応に国民は烈火の如く批判が渦巻いた。
「俺に文句言っても仕方ないだろう。誰が総理大臣やったところで結果はそんなに変わらんよ」
 N首相は国民からの猛烈な批判にうんざりしていた。
「ところで、今、どうなってるんだ」
 補佐官が答えた。
「総理、地震研究所からの情報によりますと、日本列島は完全にプレートから切り離されたみたいなんです」
「じゃあやっぱり海の上にプカプカ浮くのかね?」
「列島の下に海水がどんどん入ってるようですから」
「沈む雰囲気はなさそうじゃない?」
「今のところはそうだと思うんですけど」
「小松左京の書いた『日本沈没』ってやつ。あれ嘘だね」
「総理、あれはフィクションですから」
「でも嘘はいかんよ」
「国民にいつも嘘ついている人に、嘘つき呼ばわりされたくないと思いますよ」

 大きな地震が発生したあとは、日本列島はゆらゆらと気持ちの悪い揺れがずっと続いていた。

 Mは老体にムチをうちながら、被災した家の片付けをしていた。
「この歳になってしんどいわ」
 近所の人がやってきた。
「Mさん、食料とかあるの?」
「配給が滞ってるからね」
「米軍がヘリで食料をもってきたみたいだよ」
「そうか」
「ロシア軍もきたらしいんだよね」
「ロシアも」
「うわさじゃロシアの食料のほうが全然いいって聞くね」
「なんで?」
「キャビア食べ放題らしい」
「それいいな。で、アメリカは?」
「ピザとかハンバーガーらしいんだけど、冷たくなってて美味しくないとか言うんだ。で、みんなキャビアに走っちゃってさ。食べられないでしょう、ふだん」
「フランスはどうなの? フォアグラとか持ってこないの?」
「ケーキを送ってくるみたいだね」
「パンがないからか」

 地震研究所のS所長はレーダーを見ていた。
「日本列島は移動してるね」
「そうですね。このままだとカムチャッカ半島方面に行きそうな雰囲気がありますね」
「これは総理に報告しないと」

 S所長は首相官邸に出向いた。
「これじゃ日本はロシア領になっちゃうってこと?」N首相は訊いた。
「そういうわけではございませんで、黒潮に乗って日本列島が移動しているわけですよ」
「やっぱり船じゃないか!」
 N首相は横にいる補佐官たちに言った。
「そ、そうですね」
 補佐官たちは、下を向いた。

 S所長は続けた。
「そうなりますと今度は北太平洋海流に乗りまして、西側に移動します。するとアメリカ西海岸に向かうわけです」
「今度はアメリカ領か…いまさらか」
 N首相は浮かない顔をした。
「いえ、総理。日本は独立国家ですから」補佐官は言った。
「そんなこと言ったって、大統領にああしろって言われたら、そうするしかないだろう」
「そんな情けないこと言わないでくださいよ」
「じゃあどうしろって言うんだ?」
「そうするしかないですね」

 S所長は、続けてもよろしいでしょうか、とN首相と補佐官の顔を見た。
「それでですね。今度はカリフォルニア海流に乗ってですね、赤道に向かっていくわけです。そこから今度は東に向かって列島は移動していくのではないか推測しています」
「日本は南国の島になるのか?」N首相は訊いた。
「一時的にそういうふうになるのではないかと」
 S所長は深刻な顔を浮かべている。
 N首相はニンマリとした顔で、
「トロピカルだねえ。俺さ、憧れてたんだよね。南国のバーでさ、きれいな女性と出会って恋に落ちるってやつ」と、補佐官に言った。
「総理、それ知ってますよ。トム・クルーズの『カクテル』でしょ?」
 補佐官は目を輝かせて身を乗り出すように言った。
「それそれ。あれ、いいよねえ」
 N首相は手を叩いた。
「セックス・オン・ザ・ビーチですよね!」
「たまんないね!」

 S所長は軽く咳払いをした。
「ただですね。赤道海流に乗って、また元の位置に戻るのではないかと思われます」
「総理、やっぱり夢ですよ」
「現実は厳しいな」
 N首相はため息をついた。

 下からドンと突き上げるような地震が起こった。
 3人は転んでしまった。
「でかい地震だったな。浅瀬に乗り上げたのか?」
 N首相は体を起こした。
「いいえ。さきほど申し上げた海洋を周回するルートに、浅瀬はありませんから、何か別の原因だと思われますが…」と、S所長は天井を見渡しながら言った。

 首相官邸に電話が鳴った。海洋研究所のK所長だった。
「今のは何だったの?」N首相は訊いた。
「今日本列島は海の上を浮いてますよね。その下をパックマンとパックガールがうろうろ泳いでるんですよ」
「じゃあさっきのはまさか」
「そうです。パックマンたちが日本列島を下から突いたと思われます。たぶんこれから先ずっとそうやって弄ばれる可能性が高いのかもしれません」
 N首相は電話を切ると、
「地震はなくならないじゃないか」と、N首相はS所長に愚痴った。
「総理、これは地震ではありません。日本列島は今、パックマンたちの遊び道具になってるだけです」
「今までさんざん遊んできたから、これからは遊ばれるわけだ。彼らの復讐だな」
 N首相は肩を落とした。
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