第8話 墓地下BARに集う死者たちの愚痴

文字数 7,957文字

 Mは子どものころから墓地が好きだった。小学生のころは友達と鬼ごっこをやったりかくれんぼをやったりして遊んでいた。中学生になるとさすがにそういう友達はいなくなる。彼は純粋に墓石に囲まれたこの場所が好きだったから、一緒に行く友達がいなくなっても、午後授業が終わると一人、墓地にやってきて散策した。

 夕方暗くなって月明かりだけが墓石を照らすようになると、Mはすごくわくわくしてくる。どこかそのあたり、土の中からふわっとした半透明の幽霊が出てきてくれないかなと想像したりした。
 Mにとって幽霊は怖いものではなく、身近にいる存在。幽霊たちはすべてを受け止めてくれる。自分を正直にさらけ出すことが出来そうな気がした。
 存在しているかしていないかが分からなかったのが良かったのだ。自分が存在していると思えば存在しているし、存在していないと思えば存在しない。Mはそのあたりをきちんとわきまえていた。
 それでも存在していると思っていたほうがMにはしっくりした。
 夕闇の墓地に無心になり、何かを感じるままに、ふと浮かんだ言葉を連ねていく。その作業は幽霊たちとの交信だった。Mにとって純粋な真実だった。

 そんなMも高校に入り、大学に入り、社会人になって働き始めると、こうした気持ちはすっかり忘れてしまった。
 Mは社会人として何かが欠落していた。彼にとって一緒に働いている人たちとの関係について、関係性を感じなかった。上下意識もなければ、連帯意識もなかった。会社という箱にいる感覚ですら皆無だった。
 もっといえば今生きている人たちとの間に、つながりを感じることがなかった。
 Mはひどく落ち込んだ。

 Mは会社をやめて、家にひきこもった。幸い彼の自宅にはそれなりの蓄えがあった。彼は一人っ子だったから、すぐに何か問題が起こることはなかった。
 ひきこもればひきこもるほど、Mの精神は病んでいった。これからどこに自分が向かっていくのかが見えなかった。
 両親は元気だ。けれどもいずれはいなくなる。
 Mは自分が一人取り残されていく世界を想像した。とてもさびしく孤独な世界だった。そして死への憧憬があることに気づいた。
 たぶんずいぶんと昔にその種がMの心に植えられていて、それが芽生えていた。彼はそれに気づかないまま年月を過ごし、それが大きくなった今、自分と向き合う時間が増えた今になって、その大きさに少し驚いた。

 そんなある日、Mは少し気持ちが前向きだった。何か改善されたわけではない。たまたまその日は状態が良かった。
 Mは久々に外出をした。よくよく考えたら、近所を散策するのは中学生以来だった。高校、大学、会社、いずれも家と駅との往復でしかなかったから、近所をまわることがなくなっていた。
 いつの間にか夕方になっていた。
「そうだ、墓地に行ってみよう」

 Mは墓地に入ってあたりを散策した。だいぶ忘れていた。中学生のころはくまなく歩き回って、どこに誰の墓があるのか、頭の中に地図を描くことができた。
 その中でもお気に入りの場所があった。
 墓地の中の墓に囲まれた中に、高さ2~3メートルほどの低木と草むらで囲まれた狭い地面が見えているだけの場所だった。
 中学生のころのMは何度もそれを見ては、ぼんやりとそこに立って何時間も過ごした。なぜこの場所に魅せられたのかは分からない。
 今のMが見ても同じだった。彼にとっては不思議な雰囲気が漂う空間だった。
 それから毎日夕方になると、Mはこの場所にやってきた。

 ある日の夕方、一匹の野良猫がこの空間を横切った。
 Mのなかの幻想が崩れてしまった。絶対的に変わらない光景に傷がついたのだ。と、同時に結界が破れたような気がした。
 Mはこの空間に足を踏み入れたことがなかった。というよりも、入ろうと思ったことがなかった。
 野良猫が気づかせてくれたのだ。
 普通に入ればいいじゃない。

 あたりはすっかり暗くなっていた。
 光らしい光と言えば、ここから30メートル先にある1つか2つの外灯くらいなもので、弱々しく墓石を照らしていた。
 Mは草むらをかき分けて中に入ってみた。しゃがみ込んで、小さく丸くなってみた。
 Mは目を閉じて、耳を研ぎ澄ました。風が落ち葉を転がした。地面にこすられながら音を立てていくそのさまは、埋もれていた人の泣きの声であったり呻き声であったり怒りの声であったり…。いろいろな感情がとぐろを巻きながら掘り起こされていた。

 Mはそんなことを想像しながら、地面に寝転がってみた。土は冷たかった。木々に囲まれた夜空を眺めていると、自分の体がそのまま形を失って消えてしまいそうな気持ちになってきた。土に還るというのは死んだから還るのではなくて、日々こうして土に吸い取られていくことなんだろうと思った。

「この地面の下には、墓石の下には、人の灰が盛られた骨壺がいっぱいあって、その下には…」
 Mはこうつぶやいて、ふと言葉を止めた。
 人の目には見えない大きな空間があって、そこは憩いの広場であって、死者たちが集っている。世俗の泥を浴びた汚れ切った肉体から解放された魂たちが健やかに過ごしている。
 Mの顔はほのかな笑顔で緩んでいた。

 Mは起き上がった。土を手でこすってみた。
「そうだ。この土を掘っていって、地下にBARをつくろう」

 Mはそれから毎日、夜になると、スコップをもってこの場所にやってきて、土を掘り起こした。そして夜明け前には穴にふたをかぶせて土をまぶしてから、自宅へ帰った。

 約1年かけて、地下5メートルの場所にBARを完成させた。
 土で固めた階段を作って、そこを降りたところに古墳の石室のような内装の四畳半ほどの広さのフロアを作った。壁は大小異なる石で固めて、天井はセメントで塗って固めた。雨漏り対策で排水管をたくさん張り巡らせた。
 Mは建築の知識はなかったが、あとはどうにでもなる、と考えていた。
 設備はいたってシンプル。
 水道は引けないから、水を入れたウォータータンクを用意し、氷はクーラーボックスを用意した。
 酒は十分にそろえた。BARらしく、壁面に棚をつくり、そこに酒瓶を並べた。
 カウンター席は4人分用意した。
 トイレはないが、必要ない。外で用を足せばいい。

 Mは夜9時になると自宅を出て、10時には店を開いた。
 Mはカウンターの背後に並んだ酒瓶を一本一本、ふきんで拭いていた。一日たつと泥っぽくなるからだ。
 グラスはカウンター下のショーケースに入れているので汚れることはないが、やることがないから、小さな椅子にこしかけて、グラスを丁寧すぎるくらいに磨き上げていた。
 こうして、Mは客が来るのを待っていた。
 しかし客が来ることはない。
 夜明け前になると片付いている店を片付けて、階段をあがり、ふたをして、土をかぶせて、店を閉めた。
 こうして毎日が過ぎていった。

 誰も知らない墓地下BAR。
 誰も知らないから誰も来ない。

 Mにとって安らぎの場所だった。客が来てほしい気持ちはあったが、それは生きている人ではない。死者だった。
「ばかげてるよね」
 Mは一人ほくそ笑んだ。

 Mはグラスにウィスキーを注ぎ、氷を入れて、水をいれた。
 一口飲んだ。
 何杯か飲んでいくうちに睡魔がやってきて、彼はコクリと寝てしまった。

 しばらくすると、ざわついた声で目が覚めた。
「ちょっとマスタ! 営業してんの?」
「すいません」
 Mは目をこすりながら体を起こした。
 カウンター4席が埋まっていた。
 男4人。
「いつ、いらしたんですか?」
「今だよ。そこの壁から」
 Mから見て左端に座っている小太りでヒゲを生やしたダルマのような男が後ろを指さした。
「壁からですか?」
「そらそうよ。じゃあどこから入るのよ」
「入口はあそこにありますけど」
 Mは階段を指さした。
「そこから入るわけねえよ。そしたら俺たちいったん地上に上がんないといけないじゃねえか。面倒くせえよ、そんなの」
 Mはおそるおそる訊いてみた。
「あのみなさん、もしかして幽霊の方々ですか?」
 4人はお互いに顔を見合わせて、手を叩いて爆笑した。
「俺たち幽霊だってさ」
「幽霊か…」
「おまえ、幽霊な」
「まじで、僕、幽霊ですか?」
 お互いに指をさしながら笑ってる。
「申し訳ございません。大変失礼しました」
 Mは頭を下げた。
「別に否定してねえよ。たしかに俺たち幽霊だよ。久々にその言葉を聞いたから面白かっただけさ」
「そうなんですか!」
 いきなり4人の幽霊がやってきて騒々しくなって、Mは一気にテンションがあがった。
「マスターはさ、生きている人だから、俺たちを幽霊だというかもしれないけど、俺たちから見たら、あんたのほうがよっぽど幽霊だよ」
 左から2番目の男は筋肉質の体育会系の肉体をしていた。
「それはないですよ。やっぱり僕たちは幽霊ですよ。だって死んでるんですから」
 右から2番目の男はかなり細身でメガネをかけていた。かなり若そうに見えた。
「酒ちょうだいよ。ウィスキーあるんでしょ。みんな水割りでいいよね」
 体育会系が言った。
「俺はロック」
 右端に座っている、華奢でしわくちゃの干し柿みたいな老人がぼそっと言った。
「じゃあ水割り3つとロック1つで」

 Mはグラス4つ並べて、ウィスキーを注いだ。
「どうしてここにバーがあることが分かったんですか?」と、Mはたずねた。
「前から噂では聞いてたんだ。ここになんか店が出来たとかいってさ」と、ダルマは言った。
「そうそう。でもさ、こういう店って今まで見たことないからね。墓地下でBARなんてさ、世界見渡してもないと思うね」と体育会系が続いた。
「みんな警戒してたんですよ」と、メガネは線の細い声で言った。
「ちょっと4人で行ってみようかって話になってさ」
「ああ、そうなんですか。ありがとうございます」
 Mはそれぞれの前にグラスを置いた。

「ところでマスター。なんでここで営業しようと思ったわけ。人なんて来ないでしょ?」
 体育会系が訊いた。
「この場所が好きなんですよ」
「好きって、あんた病んでるよ」
「そうですか?」
「まともに生きてる人間がこんな場所で営業なんかしないよ。仮にやるとしてもね、大々的に宣伝してね、企画モノのBARとしてやるよね。物珍しさで飛びつく人もいるだろうしさ」
「ここ、テレビで取り上げられそうな店ですよね」
 メガネは店をぐるりと見まわして言った。
「食いつくな…」と、干し柿の老人がぼそっと言った。
「看板掲げてないのは、不可解ですよね」
「マスターは営業してるんじゃないんだよ。彼の隠れ家なんだよ」
「ああ、そうですね。それなら納得いきますね」
「生きることに疲れてんだよ。マスターは!」
 ダルマが笑いながらそう言うと、残りの3人もいっせいに爆笑した。
「…たしかにそうですね」
 Mは少しムッとした気持ちになった。

「でもさ、マスター、生きてるほうが楽だぜ。死んでるほうがしんどいから。これマジよ」
 ダルマは言った。
「なぜです?」
 干し柿の老人が黙ってグラスを差し出してきた。Mはそのグラスにウィスキーを足し、氷を入れた。
「だってさ、総人口考えてみろよ。生きている人の人口と死んでいる人の人口どっちが多いと思う?」と、ダルマは質問した。
「死んでいる人でしょうね」とMは答えた。
「そうだよ。生きてる世界もそうだけど、年配者というのが幅を利かせるわけだろ。それは死んでる世界も一緒。すると、俺なんかは20年前に死んだペーペーでさ。まともに相手にされねえわけ」
「死んだらみんな平等なんじゃないんですか?」
「それ、デマですよ」と、メガネが割って入った。
 ダルマはテーブルをポンポンと叩いて、テンションを上げてきた。
「そうだよ! これ結構、悪質だよな。被害に遭ってるやつが多い。この前、自殺してきたやつなんかさ、そういうのを信じてたわけじゃねえか。魂の世界はいかにも安らかな世界みたいにさ。違うっつうの。がちがちの序列だよ!」
「どんな序列なんですか?」
「そりゃ年齢さ。死んでからどんだけ死んできているかということだよ。生きてる人間には限界があるだろ。生まれてから、どんなに長くても120歳が限界だろ。でも死んでる人たちには限界がねえんだよ」
「生きている世界だと、どんなに偉い人であっても、どんなに悪い人であっても、いずれは死んで世代交代というのがありますよね。でもこっちの死の世界にはそういったものがないんですよ」と、メガネは言った。

「死の世界で一番偉い人って誰だと思う?」と、体育会系が訊いた。
 Mはしばらく考えた。
「さあ、エジプトの王様とか孔子とかそういう人たちですかね」
「違うよ。アウストラロピテクスだよ」
「アウストラロピテクスって、あの類人猿のですか?」
「そうだよ。あいつらって脳みそ少ないだろう? いってみりゃ無能じゃない。こいつらがなぜか一番権力もってるんだよ」
「無能が権力者って最悪ですよね」とメガネは苦笑いした。
「たしかに最悪ですね」
 ダルマは不機嫌な顔つきになって、
「300万年だか400万年だか知らんけどさ。長く死んでるから一番偉いんだよ。あいつら」と言うと、ダルマはグラスをMの前に差し出した。Mは酒を足して、氷を入れて、水を入れた。
「生まれてくれればいいのに、彼らはしないんですよね」と、メガネはサバサバと言った。
「どういうことですか?」
「マスターから見たら、生まれ変わりになると思うんだけど、前世が虫だとか、そういうやつ」と体育会系は言った。
「じゃあ前世がアウストラロピテクスというのもあるんじゃないんですか?」
「それが、ねえんだよ。だって長いこと死の世界にいるわけだろ。彼らが生まれる、つまり生きた世界に行くということは、ここでの権力を手放すことになるんだ。それで生きている世界でせいぜい100年だかそこら生きて、死の世界に戻ったら、序列が一番下になっちまう。絶対にやるわけがねえ!」
 ダルマは自分の言葉にだんだんと腹が立ってきて、その勢いのまま酒を飲み干して、Mの前に置いた。Mは継ぎ足した。
「生まれるってどういうことか、ちょっと説明すると生の世界に行きたい人はエントリーシートに記入して予約するんです。でもそれはいつ行けるかどうかは分からないんですね。生の世界で子どもが生まれないといけないわけですが、日本もそうですけど、世界的に出生率が落ちてますよね。すると子どもが生まれないから予約してもなかなか行けないんです」と、メガネはクールに解説した。
「コロナで出生率がさらに落ち込んじまったもんだから、死者たちのあいだじゃ絶望よ。みんな生きたくて仕方ねえのにな」
「死者って生きたいんですか?」
 Mは素朴な疑問を口にした。
「それは生きてる人が死にたいというのと一緒よ。その逆バージョン」と、体育会系が言った。
 ダルマは言った。
「どういうやつが死を終わらせたい人かって、死の世界にうんざりしてる人たちだよ。がちがちの序列だろ。『死に甲斐』がねえわけ。だから生きたいと思うわけよ。でも生きたいと思っても生の世界で子どもが生まれない限り生きることができねえんだ。ここが生きている人間が死ぬのとは違うところだよな。生きてる人間が死の世界に入るのは簡単だけど、死んでる人が生の世界に入るのは容易じゃねえ」
「そもそもそんなに死の世界ってダメなんですか?」
「だめもだめに決まってる」と、体育会系は苦笑いした。
「生の世界は、新陳代謝が機能してるわけよ。永遠に生きる独裁者とかいねえだろ? 必ず死ぬわけ。でもここにはそれがねえんだ。権力をもった古い人たちがずっと残って、中途半端に若い死者がこの世界にうんざりして生の世界に行きたがるわけよ。すると古い人ががっちりと上流社会を築いちゃってるわけ。これ絶対の世界よ」
 ダルマは言い切ると酒を一気に飲み干した。乱暴にMの前にグラスを置いた。Mは酒を継ぎ足した。
「あいつらを殺して、生の世界に送り込んでやりたいわ」と、体育会系は力拳をつくって、メガネに向かってファイティングポーズをとった。
「ほんと、ほんと」と、メガネもニコニコ笑いながら、ファイティングポーズを取った。
 Mは頭が混乱してきた。
「殺したらどうなるんです?」
「そりゃ生刑だね。あ、死刑の逆ね」と、体育会系。
「それなら生きたいと思う人は誰かを殺しちゃうんじゃないんですか?」
「そのへんは厳重ですよ。とくに年齢の高い人のセキュリティは半端ないですから。いつでも命狙われてますからね」
「俺たちみたいな若造たちのあいだで殺しあっちゃうんだよね、結局」
「悪い奴ほど長死にするんですよ」
 ダルマは早いペースで酒を飲んでいた。
「つまりね、長死にしてる人は上流階級だろ。短死にする人は下流階級なわけよ。生の世界と死の世界を行ったり来たりして、なかなか死の世界で上に上がれねえのよ。生の世界で寿命が尽きたら終わりだろ。でまたこの死の世界で最下級からスタートするから、永遠に下流階級から抜け出ることができねえんだ。ちくしょう!」
 ダルマはそう言って酒を一気に飲んで、テーブルを擦るように、Mの前にグラスを差し出した。
 干し柿の老人が「もう、やめとけ」と、ぼそっと言うと、ダルマは素直に従った。

「でも中途半端に長死にするのはまずいね」と、体育会系が言った。
「ああ、思い出した。この前さ、950歳くらいの人がいて、俺たちから見ればまあ上流だよな。だけどこの世界じゃ、中間くらいになるんだろうけど、殺されちまったよな」と、ダルマはそう言って、水を飲んだ。
「いや、あれ、違いますよ。エントリーしたという話ですよ」
「そうなの? 殺されたって聞いたぞ」
「あの人、上からの圧力に耐えられなくて、あと下からの突き上げで、ストレスを溜め込んでいたらしいんです。ちょっと鬱っぽかったという話ですね」
「そうなんだ。まあ、でもあの人、管理職には向かねえ人だったよな」
「泥かぶれない人なんだよ。300歳くらいのころはまだ良かったらしいんだ。そんなに大した責任もなかったしね」と、体育会系はしみじみと言った。
「上のほうに行くと大変なのかね」
「想像はできないけど、長死にもけっこうつらいかもよ」
「そこをがんばって耐えて、長死にして、上流階級に入れば楽になれるんじゃないですかね」
「でもアウストラロピテクスという無能がいる。ここはマジで揺るがねえから…」
 ダルマは目がトロンとしていた。
「ちょっと疑問なんですけど、そのトップにいるアウストラロピテクスを殺そうという人はいないんですか?」Mは訊いた。
「いねえよ。だってトップは無能がいいんだ。そのまわりにいる連中からすればさ」
「都合がいいんですよ。最上流階級の人たちは、アウストラロピテクスを隠れ蓑にやりたい放題やってます。何かあったらアウストラロピテクスを矢面にするんですよ」
「あいつらの利権のためにガッチリとガードされてるよね」
「死の世界は肥溜めみたいに澱んでるわ。生の世界のほうがきれいな世界だよ」
 ダルマはしみじみと言って、ため息をついた。
「循環してますからね」
 メガネはほんわかと言った。

 夜明け前になった。
「そろそろ閉店のお時間です」
 Mは言った。
「おう、そうか。さあこれから仕事にでかけるか」
 ダルマはよろめきながら立ち上がった。
「幽霊のみなさんって、仕事は昼なんですか?」
「原則24時間だよ」
「僕たち眠らないんです。だからストレスがたまる一方でして、過労生とかないんですよ」

 4人は立ち上がり、代金をテーブルに置いた。
「死の世界はどうだ?」と、干し柿の老人はぼそっと訊いた。
「正直、うんざりですね」
 4人は大笑いして、壁の向こうに消えていった。
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