第13話 台風の渦の中を舞うジェットコースター

文字数 6,466文字

 アメリカの航空会社Y社のT社長は赤字で困っていた。Y社は小さな航空会社だったので、ひとたび不景気の波にさらされると赤字になってしまうという脆弱な経営体質だった。

 T社長は部下たちに言った。
「いい方法はないのかね?」
 部下たちはいろいろな意見を出した。
「バイキング形式でなんでも食べ放題なんかいかがでしょう?」
「フライトの最中に音楽ライブをやったら盛り上がって楽しいんじゃないですか?」
「後部座席を撤去して卓球台をおいてみたらいかがでしょう?」
「それだったらガチャがいいんじゃないか。お金を落としてくれる」
「やっぱりプールがいいでしょう。金持ちのお客様にはウケますよ」
などなど。
 どれも決め手に欠いていた。
 T社長は言った。
「よその航空会社が真似できない、何かじゃないとなあ」
 部下たちも頭を悩ませていた。

 ある一人の部下が日本のウエブサイトを見て、
「社長、これですよ!」と叫んだ。
 それは日本の町工場が共同で作った数珠つなぎの球型飛行機だった。
「こんなムカデみたいな形をして飛ぶのかね?」
「操作性はどうなんだろうねえ」
「ちゃんと乗れるのかな」
「これ実物なの? おもちゃじゃないの」
 部下たちは疑問を口にした。
 社長は一言。
「ちょっと日本に行ってくる」
 そう言うと、さっさと出国した。

 T社長は数珠つなぎの円盤飛行機を作った町工場へ出向いた。
「これは御社で組み立てたものですか?」
 代表のS社長は
「最終組み立てはうちでやってますが、ここの町工場100社が共同して作りました」
「日本国内で飛行予定はあるんですか?」
「防衛省に話をしてみたんですが、これで何をどうやって防衛するのかイメージがわかない、と先方はおっしゃってまして…我々はそういうのは無知なものですから」
「航空会社はどうでしょう」
「通常の旅客機のように考えられたら困ると思うんですよ。今までにない新しい飛ぶ物体であって、その用途をどうすればいいのか想像がつかないみたいですね」

 S社長はT社長を球型飛行機の中に案内した。
 機内は円卓の会議室のように座席が等間隔にぐるりと囲んでいた。全部で10席だった。
「とてもシンプルですね」T社長は意外な顔をしていた。
「そうですね。自衛隊の隊員たちが腰かけてですね、戦地まで移動ができるんじゃないかと素人なりに考えてみたんですけどね」
「これに乗って移動するメリットがわかないですね…」
「やっぱりそうですよねえ」
「これは単体では飛ばないんですよね」
「そうです。数珠つなぎで全部で8機がつながっているわけですが、空をゆらゆらと龍が舞うように飛ぶんです」
「面白い飛び方をするんですね。ただそんな飛び方をしたら、中にいる人たちは目をまわしてしまうんじゃないですか?」
「それがないんですよ。ここが我々の革新技術なんです。この球型飛行機は二重構造になってるんです。外側の球と座席のある内側の球ですね。飛行機がどんな飛び方をしても、この内側の球の床は地上の地面に対して平行なんです。つねに安定しているので、乗客はぐるぐると目が回ることはありません。通常の飛行機だと離陸するときは後ろにのけぞりますよね。それすらないのです」
「すばらしい!」
「ただ欠点もありまして、動力源の問題ですね。それぞれの飛行機にエンジンがついてるんですが、どうしても限界がありまして…せいぜい15分しかもたいないのです」

 T社長はアメリカに戻った。
 面白そうな飛行機だけど、用途が思いつかなかった。

 ある日、ハリケーンがアメリカ本土を襲った。
 飛行機の運航を中止した。
 ただでさえ赤字で苦しいのに飛べなかったらもっと苦しい。
 社員たちは給料上げろとうるさい。
「こんな日でも飛べたらなあ」
 T社長はぼやいた。

 T社長はぼんやりとテレビを見ていた。
 新しくできた遊園地の特集をやっていた。
 最新のローラーコースターが空をうねるようにして走っていた。
「これだ!」

 T社長は例の数珠つなぎの球型飛行機を
「空飛ぶローラーコースターみたいなことはできるだろうか?」
 通常の旅客機の運航ではなくて、エンタメに徹した運航という新しいビジネスができそうな気がした。

 さっそくT社長は日本の町工場のS社長に電話した。
「面白いですね。空中遊園地ですか」
「出来そうですかね?」
「飛ばす場所が確保できれば」
「それは問題ないですね」

 さっそく5機納品することになった。
 空港に登場した数珠つなぎの球型飛行機は「ドラゴンローラー」と名づけられた。メディアの間でも話題になり、初日から大フィーバーだった。

 このドラゴンローラーにより、Y社の業績は大幅な黒字になった。旅客輸送の赤字を穴埋めすることができた。

「いやあ、素晴らしい」
 T社長は笑いが止まらなかった。

 しかし、悪天候になると、通常の旅客輸送もそうだが、このドラゴンローラーも飛べなかった。
「なんとかならないものかね」
 社長はぼやいた。
「天候が悪い日は、何をやっても無理です。自然には逆らえません」
 部下は言った。
「仕方ないかなあ」

 ある日、日本の町工場のS社長からT社長に連絡が入った。
「新しい飛行機を開発しました」
「ほう。どんな」
「今のドラゴンローラーの軽量化に成功したんです。これによってエンジン効率が上がったんで飛行時間がすごく伸びました」
「いいですね。ところで悪天候でも左右されないようにはできないものですかね?」
「悪天候ですか。風や雨が強い日に飛べるということですよね。今度の飛行機は通常の旅客機に比べても悪天候には相当強いですよ」
「ハリケーンが来ても飛べるくらいがいいですね」
「ハリケーンですか…それは飛ぶというよりも飛ばされる感じですよね」
「それですよ! 飛ばされる飛行機だ」
「なるほど。考えてみましょう」

 それから何年かしてから、
「T社長できましたよ」とS社長から嬉しそうな声で連絡が入った。
「おお、本当ですか!」
「今度の球型飛行機は羽を広げるんです。凧揚げみたいにゆらゆらと空を漂うに設計しています。ですからハリケーンだけでなく竜巻にも対応可能です」
「それはすごい!」

 さっそく納品してもらった。この新しい数珠つなぎの球型飛行機「ドラゴンローラーⅡ」は全天候型として、どんな気象状況であっても飛べるということで、前回以上に反響を呼んだ。
 とくにハリケーン前になると予約が殺到し、チケット価格は高騰した。
 このハリケーン飛行は特別だった。通常の飛行なら約20分間なのだが、これは時間無制限だった。というのもハリケーンの渦の中で飛んでいるのではなく飛ばされているので、おさまるまで飛行は終わらなかったからだ。ここで問題が発生した。

「社長、機内清掃が大変です」
「どうしてだ?」
「あまりにも飛行時間が長すぎるので、トイレの問題が…」
「どうなってるんだ」
「みんな我慢しきれなくて、あちこち糞尿まみれになってまして」
「確かに3日間も飛んでいれば、そういうことも出てくるな」
 もともとローラーコースターなのでトイレなどの設備は考えていなかった。かといってトイレを設置すればカネがかかるから、T社長は追加投資に後ろ向きだった。
「紙オムツを配布すればいいだろう」
「そうしましょう」
「ところで日本には台風がある。日本での運航はできないものだろうか」
「交渉してみましょう」

 部下の一人が日本に来日して、国土交通省に行った。
 対応した官僚は「日本では難しいですね」とつれなく却下した。
 これを日本のメディアが報じると、インフルエンサーたちは、日本発の技術が日本で使われないのはおかしい、官僚が日本の成長を阻害している、と声高に叫んだ。
 N首相は「さまざまなご意見を聞きながら慎重に慎重を重ねて検討したい」と、記者会見で語った。
 この話を聞いたT社長は
「これはやるということかね?」と訊いた。
「いいえ。やらないという意味ですね」と、部下は答えた。
「日本でのビジネスはぜひやりたいものだ。台風は年間5回はやってくる。これは安定した収益を生むからな」
 T社長は来日し、首相官邸でN首相と会談した。
 その後N首相は記者会見で、
「このたびY社のドラゴンローラーⅡの日本での事業を歓迎したい」と、それまでの慎重姿勢を一変させた。
 支持率低迷に悩んでいたN首相は「私の判断で」という部分を強く強調した。

 アメリカで大人気のドラゴンローラーⅡが日本上陸ということで、若い人を中心に色めき立った。
 那覇空港にドラゴンローラーⅡがやってくると、メディアは大々的に報道した。
 ただし運用ルールはアメリカの場合とは違った。政府内では、ドラゴンローラーⅡはジェットコースターとはいえ、飛行機に分類するべきであるとの意見が強かった。政府は、Y社に対して、それぞれの機内に最低2名の添乗員を同乗させることを義務づけて、安心安全を強く求めた。

 ドラゴンローラーⅡの通常運航は那覇空港周辺の海の上を約10分間飛ぶものだった。空中ジェットコースターとしてテレビで紹介されると、予約は殺到した。1回の搭乗は10万円。安くはなかったが、予約は3か月先まで完全に埋まってしまった。

 しかし、ドラゴンローラーⅡの本当の目玉は台風時運航だった。添乗員を除いた定員は64人なので、台風が年間で5回上陸することを想定すると、320人しか乗れなかった。チケット代は30万円に設定されたが、すぐにプレミア化した。

 ルートは台風の通過ルートそのものだった。
 台風がやってくると、ドラゴンローラーⅡは那覇空港から離陸し、台風の渦に入るとエンジンを切って風任せでぐるぐると飛ばされていき、北海道の新千歳空港か函館空港あたりで着陸するのが標準プランだ。まれに朝鮮半島に台風が行ってしまうこともあるので、そのときはソウル近郊の仁川国際空港や釜山近郊の金海国際空港に着陸できるように協力体制をとった。

 新しい物好きの大学生Mはアルバイトでためたお金でこのドラゴンローラーⅡに乗ろうと思っていた。通常運航でもよかったが、せっかくだから台風時運航に絶対に乗ると決めていた。
 台風時運航のチケット予約が始まると、予約サイトは重くなり予約画面に進めることができなかった。やっとたどり着いたときには完売だった。
「こんなの無理だって」
 Mはぼやいた。
 小一時間も経たないうちに、ヤフオクやメルカリでは、さっそく転売チケットが出回ってきた。定価30万円のチケットが最低でも80万円もした。高いチケットだと1000万円を超えていた。
 Mの予算は90万円。メルカリは即完売状態だったので、ヤフオクに張り付いた。
 落札価格は平均すると150万円だった。Mはことごとく落札に失敗した。

 Mはどうしても諦めきれなかったので、消費者金融から50万円を借り入れて140万円で挑んだ。
 何度も挑戦して、Mはやっと落札した。

 Mのチケットは5回目の台風時運航だった。もし台風が来なかった場合にはY社から払い戻しを受けることになるが、あくまで定価での返金だ。Mは140万円支払ったが30万円しか返ってこない。ヤフオクの出品者はノークレームノーリターンに同意した場合にのみ入札するように言っていた。もし台風が来なくて運航ができなかった場合は20万円の借金だけが残る。

 Mはその日から毎日台風情報ばかり見ていた。沖縄のずっと南の海域で台風が発生するとガッツポーズをしたが、だいたいは日本に上陸することなく消滅していた。
「台風って意外と来ないんだな」

 7月に入り、今年初めて台風が上陸しそうだった。テレビでは番組の中のテロップで台風情報が伝えられていた。
 ドラゴンローラーⅡの初の台風時運航だ。
 テレビは那覇空港の様子を伝えていた。
 まだ風は強くなかった。数珠つなぎになった8機の球型飛行機にそれぞれに客が搭乗している様子が映し出されていた。
 この歴史的運航と台風情報が重なり合って、異様な盛り上がりを見せていた。

 Mはテレビに食い入るように見ていた。歴史的瞬間が目の前にあった。初の台風時運航にはテレビカメラのクルーとリポーターの2人が特別に搭乗し、3日間の様子をYouTube上で配信することになっていた。台風の中を撮影できる世界初の一大イベントになった。

 この3日間のYouTubeでの生配信の累計視聴者数は5億人を超えた。
 無事に新千歳空港にドラゴンローラーⅡが着陸すると、まるで宇宙飛行士たちが地球に帰還したような盛り上がりで拍手喝采であふれていた。
 Mはこの歴史的大偉業を見て興奮していた。
 
 その後何度かの台風がやってきたが、最初のインパクトが薄れてしまったために、ドラゴンローラーⅡの情報はテレビでは見かけなくなった。
 Mはずっとカウントしていた。5回目の台風を待っていた。

 ネット上ではさまざまな疑問が出ていた。
 台風時運行は3日間拘束される。食事はどうするのか、トイレは、シャワーは、体調が悪くなったら、…いろいろな疑問がわいていた。
 Y社は丁寧にこれら一つ一つの疑問について答えていた。
 食事については、中に冷凍庫がありそれぞれがレンジでチンして食事をしてもらい、シャワーについては、設備がないので我慢してもらうとのことだった。
 体調が悪い場合はどうするか? 
 これについては睡眠薬を飲んで寝てもらう。切れるたびに睡眠薬を飲んでもらい、目的地まで寝ていてもらうとのこと。睡眠にまさる治療行為はない、と言い添えていた。
 このワイルドな対応に、アメリカ人はやっぱり発想が違う…日本人には出て来ない、とみんな口々に語っていた。
 それではトイレはどうするんだ?
 この問いについては紙オムツを配布して対応することが伝わると、ネットでは大盛りあがりだった。
 紙オムツはどうやって交換するのか?
 もともとはただのジェットコースターとして設計されていた。だから交換する場所はないので、それぞれが毛布をかけてもらって、自分で交換してもらうということだった。客の中には不器用で自分でうまく交換できないことを考えて、オムツ交換サービスを用意しているので、その点は心配ないという。
 添乗員によるこのサービスは日本人社員が考案したものだった。アメリカにはない日本限定のサービスで、実際に頼む客が多くて、大変好評らしい。
 このオムツ交換サービスはかなりインパクトがあった。

 赤ちゃんプレイができるジェットコースターなのでは、と話題になった。
 それは世界に瞬時に伝わった。

 アメリカのメディアは
「日本にはいつも驚かされる。彼らの極めてアグレッシブなサービスは、我が国発の空中ローラーコースター事業に驚嘆すべき価値を加えていくに違いない」

 フランスのメディアは
「HENTAI発祥の国の日本は古来より性に対する探究心を持ち続けている国だ。健常な大の大人が赤ちゃんプレイによって得られる幸福感は、記憶の彼方に埋もれた幼児時代の母性に対する郷愁であり、その先の胎内回帰による安穏を擬したものだ。彼らはNouveau HENTAI(新しい変態) を発見した。日本人の奥ゆかしさは、彼らの秘法を隠すためのカーテンだ。我々フランス人はこの先何百年かかっても、その向こうを垣間見ることすら拒まれるに違いない」

 中国のメディアは
「我々中国人は経済規模において日本を追い越した。日本は中国の足元にも及ばないという言説を目にするが、過去の日本の言動を思い出すべきだ。彼らは極めて粘り強い。一致団結したときの行動力は極めて危険だ。この紙オムツ交換サービスは、日本人の強力な団結力の一端を示すものであり、すべての中国人はこれを記憶し警戒を解くべきでない。恐ろしい国だ」
と、伝えていた。

 4回目の台風時運行が終わった。
「次は僕の番だ」
 Mはカレンダーを見た。
 10月だった。

 Mを夢を見ていた。

 台風の荒れ狂う雲のなかで猛スピードで飛ばされながら、きれいな女性添乗員にオムツを交換してもらう夢を…

 

 

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