邂逅

文字数 2,143文字

 4の2 (day20)
 週が明けた。北村さんが登校してくる日だ。

 僕はいつもより早く学校へ向かった。たぶん、北村さんは「るんるん」になっているはずだ。

 るんるんしている北村さんに佐々木さんはどう対処するのか、普段通りなのか、それとも、佐藤さんのように避けるのか、ひょっとして井村さんみたいに一緒に「るんるん」になるのか。それが気になってよく眠れなかったし、とにかく佐々木さんの(そば)について、もしもの時にサポートしたいと思った。2人は帰りは一緒だが、登校は別々だと一昨日佐々木さんが話してくれた。それで、2人よりも早く登校した。

 教室に入ると佐々木さんも北村さんもまだ来ていなかった。北村さんと同時に休んでいた立花が戻ってきていて、犬飼とるんるんしながら話していた。彼らは僕の顔を見るとるんるんしながら近づいてきた。

 おはよう、当麻
 ああ、おはよう犬飼、おはよう立花、元気だった
 うん、快調ありがとう
 それより立花から聞いたんだけど、お前が気にしてた「スクール・オブ・ミュージック」今日、例のリーフレット特集やるらしいよ
 え、まじ、ありがとう犬飼、どこ情報?
 昨日、番組のサイトにアップされてた、るんるん
 そっか、あれから毎日聞いてたんだけど、サイトまではチェックしてなかった、ありがとな
 いやいや、あの番組はオレのライフワークだから、るんるん

 貴重な情報を提供してくれた犬飼と立花は細野が入ってくるとるんるんしながら細野のところへ移動していった。しばらくして、佐々木さんが入ってきた。僕はすぐに彼女に視線を向けて手を振った。普段は絶対にしないことだが、今日はとにかく必死だった。佐々木さんも僕に気づくと小さく手を振って、カバンを置く前に話しかけてきた。

 おはよう、当麻君、今日は珍しく早いね
 うん、今日は北村さんが戻って来るでしょ、だから
 えー、当麻君、カオちゃんと仲良かったっけ

 佐々木さんが、珍しく僕に突っ込んできた。機嫌がいいのか、それとも緊張しているのか。

 いやいや、クラスメイトとして、というか一緒に家に行ったし
 そだね、ありがとう

 佐々木さんは笑顔で返してくれたが、その笑顔は少しだけ曇っていた。やっぱり不安なんだろう。

 るんるんしてても、表面上は以前とあまり変わらないい奴もいれば、大山や田中みたいにガラッと変わってしまう奴もいる。北村さんは地味だけど、大山や田中みたいにコミュニケーションに問題があるようには思えないので、そんなに変わらない、と思いたいがこればっかりは分からない。佐々木さんもきっと僕と同じことを考えているのかもしれない。だが、今の僕にはそれを口に出して言う勇気は無かった。

 佐々木さんは席について前のドアを見つめている。しばらくして、北村さんがやって来た。体が左右に揺れている。やっぱり、るんるんしている。北村さんは佐々木さんを視界に収めると、すぐに右手を上げて佐々木さんに手を振った。佐々木さんも手を振る。北村さんはカバンを席に置くとすぐに佐々木さんの横に来た。 

 マユ、おはよう!
 うん、カオちゃんおはよう。4日ぶりだね、会うの
 ほんと、土曜はゴメンね、せっかく来てくれたのに
 ううん、カオちゃんが元気なのがなによりだよ

 2人はいつものようにごく自然に会話している。北村さんはるんるんしているが、極端に変わった様子は見られない。佐々木さんの表情は見えないが、何となく大丈夫な感じが声の調子から伝わってくる。僕は彼女たちの友情に対して何の関係もないのにホッとして、微笑んでいた。(そして、利己的な自分自身に内心苦笑いしていた)

 森さんもるんるんしながら登校して来て、その日の空席は3つに減った。

 ホームルームが終わって教室の空気がにぎやかになり、佐々木さんが帰り支度を始めている時、僕は遠慮がちに話しかけた。

 佐々木さん、今日は北村さんと帰るんだよね
 うん、そうだよ
 今日も北村さん家に寄るの?
 ううん、カオちゃん今日から家事やるらしくて…
 そうなんだ、それならちょっと相談したいことがあるから僕も一緒に帰っていい?
 うん…いいけど…相談って何?
 うん、相談だから、後で聞いて欲しいんだ
 うん、分かった

 それから、僕は佐々木さん、北村さんと一緒に学校を後にした。

 北村さんと別れると、

 佐々木さんの家に行く途中に公園があるでしょ、そこでちょっと話を聞いて欲しいんだ
 うん…

 僕は幾分真剣な表情で話しかけた。彼女は一体何を相談されるんだろうと、神妙な顔で返事をした。

 自分の家に帰る道を通り過ぎ、佐々木さんの家に向かう途中に小さな公園がある。昔、何度か来たことがある場所だ。

 その公園の入口にさしかかった時、明らかに日中の公園に相応しくない、パーカーのフードを目深(まぶか)に被った若い男がウロウロしているのが眼に入った。僕が立ち止まると、佐々木さんもその男に気が付いて立ち止まった。見るからに挙動が不審だった。何かを誰かを探している様子だが、落ち着きが無かった。僕は、急いで公園に入ろうか、元来た道を戻ろうか考えていると、その男が急に振り返った。そして、僕とバッチリ目が合った。

 その男は少し怯えながらも僕の後ろに立つ佐々木さんに向かって口を開いた。

 マユ…か

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