異変

文字数 2,425文字

3の2(day8~11)

 …筆者の意見を見つけるにはいくつかの手がかりがありますが、接続詞「しかし」と「つまり」に注目すると上手くまとめることが出来ます、るんるん

 田中の神授業が黒板にではなく、僕らに向けて展開されている。くねくねとした文字は相変わらずだが、田中が黒板に背を向けて(そう、僕ら生徒の方を向いて)話している。その顔は今までと違って穏やかで、説明の端々で「るんるん」と呟いた後はニコニコと微笑んでいる。声も張りがあり、以前よりも大きくハッキリとしゃべっているので、教室中にその素晴らしい解説が響き渡っている。

 だが、心のオアシスだったあの国語の時間は消えた。一部ボンヤリしている奴もいるが、ほとんどの生徒は皆、他の教科と同じように授業に参加している。僕も一応、説明のメモを取りつつ板書を写している(後で田中文字マイスターの佐々木さんにノートを見せてもらって写し間違いはないか確認はするつもりだが)
 山田はいつもの大作ではなく、ノートの隅に何かを描いている。
 タカハシも一番前の席で小さくなりながらシャーペンを動かしている(何を書いているか分からないが)

 大山と同じく、田中も変わっていた。
 もう、あの田中はいない。

 授業が始まる前に田中は「この前は授業中に皆さんをビックリさせてしまって申し訳ありませんでした。私は暴力というものにあまり免疫が無く、かなり驚いてしまって、その結果パニックを起こしてしまいました。ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です、るんるん」とバカ丁寧に謝罪した。しかしその表情は晴れやかだが、うっすらと笑っていたので(薄気味悪くて)誰も、突っ込んだ質問や「るんるん」について尋ねるものはいなかった。

 帰りのホームルームの時間には、担任に「田中先生に何があったんですか」と聞くやつがいたが、「すまん、先生もよく事情は分かっていなんだ」とはぐらかされた。また中村については「単に体調不良で休んだだけだ」と説明していた。

 佐々木さんは今日も元気がなく、彼女と仲良しの北村さんがすごく心配していた。それでまた、ノートを借りそびれてしまった。世話になっている佐々木さんにいたわりの言葉くらいかければよかったが、僕の頭の中は「るんるん」に関する事で一杯だった。

 大山と田中は、なぜ呟いたのか?
 二人に共通点はあるのか?

 職員室の様子(変わってしまった田中に対する同僚の先生たちの反応)を担任に尋ねたかったが、なんとなくごまかされそうでやめた。また、数学の真中に聞くことも考えたが「どうしてそんなに気にするのですか。何か知っていることでもあるのですか」と突っ込まれそうで、それが怖くて出来なかった。

 次の日、中村に続いて女子の木村さんが欠席していた。彼女はちょっとだけハデめの佐伯さんのグループの子で「サキ(木村さん)が休むなんてめずらし」と佐伯さんが言った通り明るく元気な女子だった。「サキ、昨日は元気だったのに…」佐伯さんと仲良しの中津さんは不審がっていた。

 元々、不登校の奴は1人いたが、急に席が3つも空いて、教室の中では大山と田中の失踪以来、みんなが抱いていた不安が膨み始めたような気がした。

 続いて中田が休んだ。中田は真面目で人当たりも良く、成績はクラスで1番、学年でも常にトップ3に入る優秀な奴だ。中田も木村さん同様丈夫なタイプで、あまり学校を休むような人間ではなかった。インフルエンザが流行しているわけでもないのに教室に空席が目立ち始め、不安は不穏へと変わりつつあった。しかし、何かを確信している者は誰もいなかった。

 そう、その日までは…

 田中が戻ってきて4日目、大山の前に座っている小林さんに異変が起きた。

 小林さんはいつも誰かを背負っているような歩き方で教室に入ってくる。それは、体の厚みの倍くらいに膨らんでパンパンになっているカバンのせいだ。だが、その日彼女は姿勢よく普通に入ってきた。あのカバンはしぼんで明らかに軽くなっていた。彼女と仲良しの佐藤さんは困惑した顔をしている。

 マオ、あんたカバンどうしたの?
 うん、昨日中身全部出して整理した。ちょー軽くなったよ、るんるん
 …すごいじゃん、よかったね。でもあんたが全入れやめるなんて…
 へへ、要るものと要らないものがバッチリ分かるようになったんだよ。カバンも軽いし楽ちん楽ちん、るんるん

 佐藤さんの顔が困惑から引きつったような表情に変わった。

 マオ!あんた、今なんて?
 えっ、カバンも軽いし楽ちんって、るんるん

 佐藤さんはビクッとすると同時に「ヒッ」と声を出しながら小林さんから後ずさった。そして、こわばった顔のまま自分の席に戻った。小林さんはそんな佐藤さんの態度に「え?」という表情をしたが、すぐに、にこやかな表情(かお)をして席についた。

 「ねえ、佐藤どうしたの?」佐藤さんの隣りの席の森さんが話かける。「あ、うん、マオが…」森さんが小林さんに視線を送る。僕も再び小林さんを見る。

 体全体で小刻みにリズムを取って揺れている。楽しそうだ。
 でもあれは間違いなく「るんるん」だ。

 ???小林さんは昨日までは普通だった。彼女は大山や田中みたいに失踪はしていない。
 どういうことだ?違う、今までと違う…

 僕は混乱した。多分、佐藤さんも森さんも僕と同じ気持ちに違いない。

 小林さんは大山の近くにいたからか?いや、だとしたら大山も山田の近くにいた。二人の違いは何なんだ。全然分からない。分かっていることは小林さんはたった半日で変わってしまったという事だけ。大山や田中と違って失踪などしてはいない。

 佐藤さん、森さんの困惑はすぐに教室中に拡がった。

 騒めきが不穏の拡がりを伝えてくる。
 しばらくして始業の鐘が鳴ったが担任は現れなかった。
 数分遅れて副担任の島村先生が慌ててやって来た。

 その日は、中村、木村さん、中田に続いて担任と体型を理由によく意地悪されていた山崎が欠席した。

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