君たちは戦っていたのか?それとも逃げだしたのか?(終幕)

文字数 4,537文字

3の9(day17)

 次の日、教室に高田さんが戻ってきた。
 いつものクールな表情ではなく、幾分穏やかでにこやかな雰囲気を漂わせながら。隣りには昨日までとは打って変わってニコニコとして元気そうな井川さんがいた。

 高田さんは席に着く前に、すぐ後ろに座っている山崎に向かって、

 山崎、3日ぶりだなおはよう

 と挨拶した。

 これまでは、山崎のことはほぼ無視するか憎々しげに「デブ」呼ばわりするのが常だっただけに、僕は正直驚いていた。

 おはようございます、高田さん。井川さんもおはようございます

 山崎も、ごく自然に挨拶を返した。井川さんも、

 うん、おはよう山崎

 と、明るく元気に返した。そして、井川さんは席に着くとすぐに斜め後ろの高田さんの方を向いて3日分の寂しさを埋めるように話し始めた。

 昨日、返信が来たときは嬉しかった、全然連絡が無かったから
 ごめんごめん、あっちこっちフラフラしてた
 じゃないかなっては思ってたんだけど、まさか高田がなるなんて
 うん、あたしもビックリしたわ。でも意外にスッキリすんだよ。なんかイラつくものの(かど)が取れたって感じ、るんるんって。それで、るんるんしながら歩くとマジで景色が変わって見えるんだよ。楽しかったわ、るんるん
 分るわ、アタシもあの後思い切って言ってみたらなんか楽しくなって、高田のこと心配してた自分とか話す奴いなくて暇だぁ、つまんないなぁ、なんてしょぼくれてた自分がアホみたいに消えて、おおっ、るんるんだぁるんるんるんるんってね
 あはは、井川、お前はるんるんしててもアホじゃん
 ひでぇー、あははは、でもるんるんだ
 うん、あたしもお前もるんるんだ、あははは 

 チッ、ウゼエ

 2人の楽しい会話をタカハシの舌打ちと呟きが止めた。高田さんはブチ切れてタカハシをやり込めると思った、が違った。彼女は首を軽く左右に振りながら立ち上がってタカハシの席の前に立った、イラついた表情は微塵もなく。
 そして、右手を軽く振りながらクラスのみんなに向けて、にこやかに発言した。

 皆さん、あたしと井川がさわやかな朝に楽しくるんるん会話しているのを横から盗み聞きして、私たちのるんるん気分を「チ、ウゼエ」の一言で邪魔してくる、このタカハシ君の事をどう思いますか?こちらのタカハシ君は「るんるん」を小ばかにしているんですけど!
 ほんと、ただるんるんしてるだけなのに「チ、ウゼエ」はないですよね、るんるん

 いつの間にか、井川さんも高田さんの(そば)に立って首を小刻みに上下させながら、タカハシを糾弾した。タカハシはしまったと思ったのか、頭を低くしている。
 急に山崎が立ち上がって、窓を背にして大きな声で言った。

 高田さんと井川さんはタカハシ君の事を何も言っていないのに、ヒドイよ。ちょっと前の高田さんと同じだよ、るんるん
 いやぁ、山崎あれは悪かった。ごめんな、るんるん

 すると、それまで仲良く話していた佐藤さんと小林さんも立ち上がって、

 タカハシくんは大山くんの時も暴力ふるってひどかったけど、るんるんしている人に文句つけるなんて本当にヒドイ!
 仲良くるんるんしている2人をウザいとか、タカハシくん、人としてちょっと歪んでいると思う
 タカハシ君はどうして今の席に移されたのか分っていないと思う。大山君を傷つけた事を反省していないんじゃないかな、るんるんに敵意があるのかい?

 二人に続いて、寡黙で真面目な中田が真面目な分析を少しるんるんしながら言った。すると、クラス委員の十条さんも立ち上がってゆっくりと高田さんたちの方へ歩きながら、話し始めた。

 そうね、彼は大山君のことも含めてるんるんに敵意を持っているように感じるわ。実際のところどうなの?木下先生に話して、今日のホームルームはタカハシ君に説明してもらいましょう、本当の気持ちを。

 大山と中村、木村さん、そして遅れて入ってきた近田、戻ってきた佐村も立ち上がって賛成した、少しニコニコして、うなずくようにるんるんしながら。

 佐々木さんは振り返って困惑した表情で僕を見た。僕はその時どんな表情をしていたのだろう。とにかく、唖然としていたことだけは覚えている。そして、山田はやっぱり、何かを描いていた、楽しそうに。

 突然、るんるんしてても基本的には無口な大山がどういう訳だか、前の方へ歩いて行って、高田さんと十条さんへ向かって口を開いた。

 タカハシ君は多分、寂しいんだと思う。前は僕に話しかけることで安心していたんだと思う。けど、僕がるんるんしだしたら怖くなったみたいで、それで誰も話しかける人がいなくなったから、仲良しの高田さんと井川さんが羨ましかったんじゃないかと思う
 なるほどね、ボッチが寂しくて、あたしと井川に嫉妬して因縁吹っ掛けてきたんだ。寂しいのかタカハシ、仲間になりたいのかな、るんるん
 そうなの、タカハシ君

 十条さんの問いかけにタカハシはうつ向いたまま小刻みに首を振った。

 じゃあ、るんるんしている人が、大山君や高田さんが憎いの?

 十条さんがさらに問い詰める。そして、みんなは徐々にタカハシの席の周りに集まり出す。タカハシの姿が遮られて見えなくなった。

 タカハシ、どうなんだよ憎いのかよ、あたしたちが、るんるん
 そうだよ、答えろよタカハシ、るんるん
 敵意があるのかい、タカハシ君、るんるん
 どうなの?タカハシ君、るんるん

 その時、タカハシを救うかのようにホームルーム開始のチャイムが鳴った。そして、担任が教室に入ってきた。だが、みんなはそれぞれにるんるんしながらタカハシを取り囲んだままで席に着こうとしない。担任は、

 おぉ~い、みんな、どうしたんだい?

 と、それなりの大きな声を出した。佐村が振り返り、十条さんは入り口付近にいる担任の方へ歩み寄った。

 先生、タカハシ君が高田さんと井川さんに酷いことを、るんるんしているのが「ウザい」って文句をつけたんです。それで、大山君への暴力も含めて彼は反省していないんじゃないかと中田君が言ってくれて、私も彼の本心が聞きたいと思って、今、確認している最中です
 あぁそうか、うん、分かりました。続けて下さい。みんなが自発的にクラスの問題を話し合うことは重要です。先生は側で見ています、るんるん
 ありがとうございます、るんるん
 ありがとうございます、先生、るんるん

 十条さんに続いてタカハシを取り囲んでいる全員(僕と佐々木さんと山田以外)が担任に感謝の意をるんるんしながら表明した。全員が同時にるんるんしながらシンクロして「ありがとうございます、先生」と言った瞬間、僕はゾワッとした。佐々木さんも固まっているみたいだった。彼女の肩を軽く叩いて「大丈夫?」と聞いたら、軽くうなずいたが振り返った顔は恐怖で固まっていた。

 教室にみんなの呟きが拡がっていく。

 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん…

 高田さんと井川さんの横に戻った十条さんは、

 では、さっきの質問に戻りますが、あなたはるんるんしている人が嫌いなんですか?

 では、どういう気持ちなのか教えてください、るんるん

 タカハシは多分また首を振ったのだろう。十条さんは続けて質問したが、「るんるん」の呟きだけが拡がり、タカハシの声は聞こえない。すると、また大山が、

 やっぱりタカハシ君は独りが寂しいんだと思う、るんるん。誰かと話したいんだと思う、るんるん
 うん、私もそう思う。だって、タカハシ君、大山君が聞いてなくてもずっと大山君に話しかけてたし。大きな声で、うるさかったけど。だからまた、大山君と話したいんじゃないかな、るんるん

 小林さんが大山に同調した。近田や佐村も「確かに、るんるん」と同調した。

 そうか、やっぱ寂しいか。確かにお前、友達いないもんな、るんるん
 タカハシ、寂しいんだろ、るんるん るんるん

 高田さんと井川さんが追い打ちをかける。みんなが輪を徐々に縮め始める。

 どうなの、るんるん 寂しいの、るんるん タカハシ君、るんるん るんるん るんるん 寂しいの、るんるん るんるん るんるん るんるん タカハシ君、るんるん るんるん るんるん るんるん…


 キモチワルインダヨ!オマエタチ、コワインダヨ!ミンナ

 タカハシの叫びが響きわたった。

 気持ち悪い、私たちが
 怖い、私たちが
 酷いんじゃねぇ、ウザい超えてキモイって
 気持ち悪いって、るんるんしてるだけなのに…ヒドイ
 何にもしてないのに、怖いって、どういう事?
 私たちは、今までタカハシ君に何もしていないし、怖がる理由が分からないんですけど
 やっぱり、嫌いなんだ、るんるんしてる人が
 嫌いなだけなら、黙ってればいいのに
 ひどいなぁ、タカハシ君は
 うん、ヒドイ
 キツイね、ここまで言われると
 どうしましょう、先生
 うん、まず知らないから恐怖心が生まれるので、1回呟いてみたらどうかな?タカハシ君、このままだと君はまた反省しなければいけなくなるね
 確かに、1度呟いてみると変わるかも、るんるん
 そうだよタカハシ君、一言(ひとこと)言ってみてごらんよ、楽しいよ、るんるん
 寂しいのも怖いのもみんな消えていくよ、るんるん るんるん
 さあ、タカハシ、るんるんだ、るんるん
 一緒に、るんるん るんるん
 勇気を出して、るんるん るんるん

 みんなの呟きが大きくなる。

 るんるん、タカハシ るんるん、タカハシ るんるん るんるん るんるん 

 ……ゥゥワアー…………アアァ………… タカハシが呻く

 さあ、るんるん るんるん さあ、るんるん るんるん さあ、るんるん るんるん

 タカハシを囲んでいたみんなの輪がゆっくりと拡がり始めた。

 タカハシは頭を抱えていた、小刻みに震える手で。

 奴が怯えているのか、何かと戦っているのかは分からない。ただ、僕はタカハシがみんなに囲まれた時点で、すぐにこの場から走って逃げ出すと思っていた。自分が同じ立場ならそうすると思ったからだ。でも、タカハシは震えたまま動かなかった。

 急に、佐々木さんが田中のように恐怖で呟いてしまうんじゃないかと気になって、少し横から覗いてみてみたが彼女の顔はよく見えなかった。
 僕はこの場から逃げ出したかったが、もう怖くて動けなかった。


 トゥトゥトゥトゥトゥトゥトゥトゥ トゥトゥ トゥー

 タカハシの体から変な音が鳴り出した。そして、頭を抱えていた両手がゆっくりと下ろされた。同時にゆっくりとリズムを取りながら頭が少しずつ持ち上げられた。


 るんるん るんるん  立ち上がる、タカハシ。
 るんるん るんるん  周りにいるみんなを見回す、タカハシ。
 るんるん るんるん  見たことのない笑顔が拡がっている、タカハシ。
 るんるん るんるん  ゆっくりとリズムを取りながら歩き出す、タカハシ。

 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん…

 扉を開けると、タカハシは急に走り出していなくなった、残響する「るんるん」を残して。


 始業のベルが鳴った。みんなはにこやかにるんるんしながら席に戻った。
 担任もるんるんしながら教室を出て行った。
 ちょっと遅れて、真中(数学担当)が教室に入ってきた、困った顔をしながら。
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