発端

文字数 990文字

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 発端は社会の時間だった。

 山田も大山もタカハシも学校の勉強はできない。3人でクラス内のテスト結果ワースト3を争っている。山田と大山は何を考えているか分からないが、タカハシだけは自分は大山よりは少し上だと考えているようだった。(ほとんど勉強していないくせに) 

 出席番号順に期末テストが返される。

 授業中とは違い、いろいろな声が飛び交う。このちょっとしたザワザワ感は個人的に好きで、いろいろな声に載っかったいろいろな感情がふわふわと漂う感じが授業中の張り詰めた空気と違って僕をリラックスさせてくれる。(国語の時間の次に)

 そのふわふわを切り裂いたのは、やっぱりタカハシだった。

 ナニイイテン トッテンダヨ オオヤマ 65テンッテ オマエ カンニングカヨ!

 普段はほぼ無視されているタカハシの無神経な叫びにクラス中が注目した。

 大山は小刻みに首を横に振る。2度そしてまた、2度。うつ向いたまま。

 大山の得点を覗き見るために体を大きく左に傾けていたタカハシは

 ウソダロ。ナンダヨ! とつぶやいて(いつもの大声で)体を正面に戻して椅子から腰を前にずらした。

 無神経な人間が無神経に(ショックを自覚できずに)イラついているのがその表情から伝わってきた。大山は深くうつ向いて、タカハシは黒板の上のほうを見つめていた。タカハシと大山を見つめていたみんなの視線はゆっくりと元の場所に戻り、それを待っていたかのように小林(社会科教師)が口を開いた。

 今から、テストの正答を配るので、次の授業までに間違いを直してファイルに保存しておいてください。月末にチェックします。

 小林がA4サイズのプリントをてきぱきと最前列の生徒に手渡し、流れ作業のようにそれが後ろの生徒に渡されていく。小林同様みんなてきぱきとしている。最後尾まで行き渡ると 

 では、授業に入ります。

 小林の切れのある声が流れて、教室の空気は常態に戻った。山田はいつも通りに教科書の余白で鉛筆を動かし、大山はいつも通りにうつ向いて教科書を見つめている。タカハシだけが珍しく黒板を真っすぐに注視していた。

 何も書かれていない右半分の黒板を。

 無神経な人間が虚無に近い表情でじっとしているのは少し不思議だったが、国語の時間と違っていつまでも横を向いているわけにはいかないので、僕も視線をタカハシから外して教科書を見つめ、鉛筆を動かした。
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