第12話 トゥーレの王

文字数 1,454文字

第6場
マルグリートが一人、うつむいて出てきます。

さっきははねつけてしまったけれど、実はファウストのことが気になって仕方がない様子。やがてマルグリートはつぶやきます。

あの若いお方は、誰だったのかしら?

身分の高いお方かしら

お名前は何と仰るのかしら

木立ちの中で、マルグリートは糸車の前に座り、歌い始めます。

マルグリートはいつもそうしているのでしょう、糸を紡ぎながら歌います。歌に登場する王様に、敬意と憧れをもって……。

しかしこの歌、マルグリート自身の独り言にたびたび中断されるのです
ここからマルグリートによるアリア『トゥーレの王』。民謡という設定です。
「トゥーレ」とは古くからヨーロッパで神話や文学に登場してきた伝説の国で、多くは北の果てにある島国とされています。


歌詞は一番、二番に分かれています。まずは一番から。

昔、トゥーレに一人の王様がおりました

死ぬまで奥様に誠実なお方でした

お妃様の形見の

彫刻のある金の杯をお持ちでした

(歌は途中ですが、ちょっと寄り道)

明治時代、森鷗外がゲーテの『ファウスト』を日本語に訳しました。

ここは以下のような感じです。

「昔ツウレに王ありき。
ちかいかえせぬ君にとて、
いも黄金こがねの杯を
遺してひとりみまかりぬ」

(引用・青空文庫)

古文の授業を思い出すね(笑)。

でも、古語のお陰でいかにも古い伝説って感じがする。七五調のリズムもいいね

「ツウレ」か。

いかにもありそうな地名だけど、架空なんだよな?

アイルランド北部のオークニー諸島ではないか、という説もあるよ。

歌の方も、ゲーテの詩のロマンチックさを活かそうと、グノーは敢えて古風なメロディーにしたように感じます

歌を中断して、つぶやくマルグリート。
あのお方はとても優しいお方。

私にはそう思えたわ

再び歌い出します。
どんな宝物もこれほど魅力的ではありませんでした

大事な日には、王様はいつもそれを使いました

そしていつもお飲みになった後で

王様の目には涙があふれたのです

さらに二番の歌詞です。
死期が近いことを感じられた時には

冷たい寝床の上に横たわられて

その杯を口に運ぶために

王様の手は大変苦労されました

(また独り言)

何と言っていいか分からなくて、

最初から顔を赤くしていたのよ

(再び歌)

お妃様をしのんで

王様は最後の杯を空けられました

杯は指の間で震え

王様は静かに息を引き取られました


(歌が終わったらまた独り言)

身分の高い方だけがあのような態度を取られるのだわ

あんな優しさをもって

さあもう考えるのはやめましょう。

大好きなヴァランタン、神様が願いを聞き届けて下さったら、また会えるわ!

私はここでたった一人なの

歌と独り言が目まぐるしかったな
恋にあこがれる乙女の姿って感じだねー。

王様の言い伝えがこの場面にぴったり

ファウストがこの王様のように誠実だったら良かったんだけどね
ともあれ、まずはこの部分の動画をご覧ください!
マルグリートは、この演目の前半はほとんど登場しなかったよね。

この第三幕でようやく歌を聴かせてくれるわけです。

そういえば今まで彼女が出てきたのって、幻影のシーンと、通りすがりにファウストを袖にするシーンだけだったような……(笑)
「お前、本当にヒロインかよ」って突っ込みたくなるぐらいだったな
台本作家は、ゲーテの大作のどの部分をオペラに活かすべきか、迷って試行錯誤したと思われます。


でも安心して! この後はちゃんとマルグリートの持つ「聖性」が物語の核になっていくから。

第3幕は有名な歌が目白押し。

次回もまたマルグリートによる有名な歌となりま~す!

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