11.スプリットメイク(2)
文字数 3,161文字
「オートシャッフルが起こるまで、ここで待とっか?」
「何分後か、何時間後か、分かんないだろ」
碧が、暁を見て溜息をついた。
「シャッフル以外の方法って、ないのかなあ。ド・ジョー、他にできることってないか?」
陽が、手摺に向かって声をかけた。
だめだ。既に、ド・ジョーは、でろりんと窪みに横たわっていた。
黄金色の手摺に、すっかり煮溶けている。
本人を差し置いて、暁が元気よく手を挙げた。
「はいはーい! ド・ジョーは水を操れるでしょ。だったら、私たちを水に乗せて、上まで運べるんじゃない?」
「びしょ濡れになっちゃうよ、暁」
嫌そうに、碧が指摘する。
ド・ジョーが、身を起こした。
「あー。運んだ上に、濡れた服をすっかり乾かせるぜ。……普段だったらな。今は、とてもやれそうにねえ。悪いがな」
「普段できることさえ、できないほど疲れちゃってるんだな、ド・ジョーは」
確認した陽に、もちろん悪意はない。
それが分かった金色のドジョウは、ただ、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
口の中で、モゴモゴ悪態をついてから、そっぽを向く。
態度で肯定しているようなものだ。
そうか……。
碧は、ようやく悟っていた。
無理してでもやれたなら、きっとド・ジョーは、やってくれている筈だ。
本当に、できないんだ。
だから、歯痒 く思っているんだ。
「ごめん、ド・ジョー」
素直な謝罪が、碧の口から自然に零れた。
ぽちゃん
金色のドジョウは、手摺の窪みから飛び上がった。
よほど、びっくりしたらしい。
普段は斜 に構えて眇 められている目が、真ん丸だ。
「……へ?」
マダム・チュウ+999まで、野太い声を零すと、ぽかんと口を開いた。
野郎な素顔が覗いてしまっている。
なんで、そんなに驚いているんだろう?
幼馴染と「はとこ」のお兄ちゃんは、揃って首を傾げた。
碧は、自分が悪いと思ったら、ちゃんと謝る。
頭がいい分、頑固だけど、根が素直なのだ。
「おう」
ド・ジョーは、素っ頓狂な高い声を出した。
日頃のクールさが、剥がれ落ちてしまっている。
だが、素早く立て直した。ニヤリと切り返す。
「碧、おめえさん、術を使ってんじゃねえだろうな?」
碧は、思わず吹き出した。さっきのやつか。
二人の様子を見て、暁が、にこにこした。
光り輝くような笑顔だ。
一瞬で、場が明るくなる。
陽は、小さく息をついた。
どうやら、和睦したらしいな。
ふっと視線を感じた。
マダム・チュウ+999だ。
陽は、ほっとした顔で笑いかけた。
こちらは、好感度100パーセントの笑顔である。
「んま~!」
たちまち、オネエネズミが、目をハート型にした。
「ちょ、ちょっと! 陽、ストップ! だめ、ネズミの彼女は、だめ~!」
慌てて、碧が両手で陽の顔をカバーした。
「なんだ、どうしたあ、碧?」
「ネズミの彼女って、なあに、碧?」
「ちょっとお、失礼ねん!」
「うるせえ! ちったあ静かに休ませろ!」
賑やかな声が、ひとしきりダンジョンの吹き抜けに響いた。
「よし。オートシャッフルを待とう。その前に、ド・ジョーが回復したり、なにか他の手を思いついたら、それでよしってことで」
陽が、結論を下した。
方針が決まるだけでも、違う。
みんな、ぐっと気が楽になった。
であれば、長期戦の構えだ。
「じゃあ、オートシャッフルが決まったら、すぐに教えて」
抜かりなく、碧が案内板に頼んでおく。
それから、外廊下の突き当りに、みんなで座り込んで落ち着くことにした。
「でもさ、シャッフルのやりかたって、決まっちゃってるのか?」
碧が言い出したのは、しばらく経ってからだった。
ずっと引っかかっていたのだ。
何かを、見落としている気がする。
「そっか。ねえ、ド・ジョー! シャッフルで、両方のブロックを移動させるとかできないの?」
暁が、手摺に向かって問いかける。
だるそうな声だけが返ってきた。
「そりゃ無理だ。最初に言っただろ。シャッフルってのは、固定したブロックを足場にして、もう一つのブロックをぶん投げるようなもんだ。グラグラ動く足場から、目当ての所に物を投げられるわけねえだろうが」
「あれ? じゃ、どこか一つのブロックを固定すれば、シャッフルはできるってこと? 現在地や移動先に限らなくても」
碧が、素朴な疑問を口にした。
ぽちゃん
水音が響いた。
ド・ジョーが、水柱の上に立ち上がっていた。
さも驚いたという顔をしている。
「そうか……そうだな。できる」
「考えたこともなかったわん」
マダム・チュウ+999も、びっくりしている。
オーロラの地 宮 の住人にとっては、盲点だったらしい。
碧は、真剣な表情で畳みかけた。
「シャッフルの時は、西館のブロックは西館にしか動かないよね。えっと、つまり、東館には行かないよね?」
「ああ、その通りだ。シャッフルってのは、ぶん投げられたブロックが、残りのブロックを、カーンと跳ね飛ばすんだ。だが、オートシャッフルとは違って、館を跨 いで行くほどのエネルギーは生まれないからな」
ド・ジョーが答えた。
碧が、またちょっと考えてから、尋ねる。
「どの階に飛ばされるか、規則性はある?」
「そいつは、俺にも読めない。水の流れの向き、勢いの強さ、色んな要素が絡 むからな」
碧が、浮かんでいるお面を見上げた。
「オートシャッフルの発生は、まだ?」
『はい、未定です。ですが、シャッフルを行うことにより、誘発されて起こる可能性があります』
「寝た子を起こすってやつだ」
ド・ジョーが、にやりと片目を釣り上げた。
「おい、なんだ。何か策を思いついたらしいじゃねえか」
碧の眼鏡も、きらりと光った。
「うん。シャッフル一回で、スプリットを解決できるよ」
一同に、衝撃が走った。
さすがは碧だ。
「じゃ、やろ!」
内容を尋ねもせず、元気よく暁が立ち上がる。
陽も、力強く頷いた。
決定、即、実行だ。
再び、案内板が壁に館内図を映し出した。
碧が、満を持して作戦を発表した。
上から二番目のブロックを指さす。
「ブロック2を固定する。それから、裁縫部屋のあるブロック1を、ブロック10にシャッフル!」
「よしきた!」
ひょろひょろ
ド・ジョーが、水の矢に乗って、地下11階まで上がって行った。
調達の時と比べると、かなり弱弱しい。
シャーッ
ほどなく、水が煌 めきながら手摺の上を走って来た。
水のカーテンが、全ての階の外廊下を仕切っていく。
だが、遅かった。
きっと、ド・ジョーは、残った力を必死に尽くしているのだろう。
「頑張って、ド・ジョー!」
暁が、上に向かってエールを送った。
碧も叫ぶ。
「あと少し!」
来た。ようやく、端まで届いた。
ぐらり
揺れた。
「うわ」
碧が、よろけた。暁も、つんのめる。
陽とピンクネズミが、それぞれ抱き留めた。
カタカタカタ……
壁のタイルが、スライドパズルを始める。
猛烈な勢いだ。黒い数字がバラバラになり、再び、数字をかたどって止まった。
【60】
『シャッフルが完了致しました。このフロアは、ブロック6へ移動しました。裁縫部屋は、ブロック10の地下91階です』
ふう、と碧が息をついた。
「そんなに遠くなくてよかった。ここがどこに動くかは、運任せだったんだ」
「そうか。裁縫部屋を一番下のブロックに動かしちゃえば、ここは必ず、その上になるからな」
陽が感心しているところに、案内板が割って入った。
『約10分後に、オートシャッフルが発生します』
「うわ、やっぱり誘発されちゃった!」
暁が叫ぶ。
安心も感心も、している暇はない。
陽が、素早く指示を飛ばした。
「早く螺旋滑り台で降りよう。碧が先頭、暁が次。俺が、マダム・チュウ+999を連れて行く」
言うなり、膨み切った体を抱き上げた。
当然、オネエネズミの目がハートだ。
螺旋滑り台に駆け込みながら、暁が声を張り上げた。
「ド・ジョー! おつかれさま~! 大成功だよ~」
「……まったく、大した奴らだぜ」
地下11階の手摺で、ぐでんぐでんに伸びたド・ジョーが、低く呟いた。
「何分後か、何時間後か、分かんないだろ」
碧が、暁を見て溜息をついた。
「シャッフル以外の方法って、ないのかなあ。ド・ジョー、他にできることってないか?」
陽が、手摺に向かって声をかけた。
だめだ。既に、ド・ジョーは、でろりんと窪みに横たわっていた。
黄金色の手摺に、すっかり煮溶けている。
本人を差し置いて、暁が元気よく手を挙げた。
「はいはーい! ド・ジョーは水を操れるでしょ。だったら、私たちを水に乗せて、上まで運べるんじゃない?」
「びしょ濡れになっちゃうよ、暁」
嫌そうに、碧が指摘する。
ド・ジョーが、身を起こした。
「あー。運んだ上に、濡れた服をすっかり乾かせるぜ。……普段だったらな。今は、とてもやれそうにねえ。悪いがな」
「普段できることさえ、できないほど疲れちゃってるんだな、ド・ジョーは」
確認した陽に、もちろん悪意はない。
それが分かった金色のドジョウは、ただ、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
口の中で、モゴモゴ悪態をついてから、そっぽを向く。
態度で肯定しているようなものだ。
そうか……。
碧は、ようやく悟っていた。
無理してでもやれたなら、きっとド・ジョーは、やってくれている筈だ。
本当に、できないんだ。
だから、
「ごめん、ド・ジョー」
素直な謝罪が、碧の口から自然に零れた。
ぽちゃん
金色のドジョウは、手摺の窪みから飛び上がった。
よほど、びっくりしたらしい。
普段は
「……へ?」
マダム・チュウ+999まで、野太い声を零すと、ぽかんと口を開いた。
野郎な素顔が覗いてしまっている。
なんで、そんなに驚いているんだろう?
幼馴染と「はとこ」のお兄ちゃんは、揃って首を傾げた。
碧は、自分が悪いと思ったら、ちゃんと謝る。
頭がいい分、頑固だけど、根が素直なのだ。
「おう」
ド・ジョーは、素っ頓狂な高い声を出した。
日頃のクールさが、剥がれ落ちてしまっている。
だが、素早く立て直した。ニヤリと切り返す。
「碧、おめえさん、術を使ってんじゃねえだろうな?」
碧は、思わず吹き出した。さっきのやつか。
二人の様子を見て、暁が、にこにこした。
光り輝くような笑顔だ。
一瞬で、場が明るくなる。
陽は、小さく息をついた。
どうやら、和睦したらしいな。
ふっと視線を感じた。
マダム・チュウ+999だ。
陽は、ほっとした顔で笑いかけた。
こちらは、好感度100パーセントの笑顔である。
「んま~!」
たちまち、オネエネズミが、目をハート型にした。
「ちょ、ちょっと! 陽、ストップ! だめ、ネズミの彼女は、だめ~!」
慌てて、碧が両手で陽の顔をカバーした。
「なんだ、どうしたあ、碧?」
「ネズミの彼女って、なあに、碧?」
「ちょっとお、失礼ねん!」
「うるせえ! ちったあ静かに休ませろ!」
賑やかな声が、ひとしきりダンジョンの吹き抜けに響いた。
「よし。オートシャッフルを待とう。その前に、ド・ジョーが回復したり、なにか他の手を思いついたら、それでよしってことで」
陽が、結論を下した。
方針が決まるだけでも、違う。
みんな、ぐっと気が楽になった。
であれば、長期戦の構えだ。
「じゃあ、オートシャッフルが決まったら、すぐに教えて」
抜かりなく、碧が案内板に頼んでおく。
それから、外廊下の突き当りに、みんなで座り込んで落ち着くことにした。
「でもさ、シャッフルのやりかたって、決まっちゃってるのか?」
碧が言い出したのは、しばらく経ってからだった。
ずっと引っかかっていたのだ。
何かを、見落としている気がする。
「そっか。ねえ、ド・ジョー! シャッフルで、両方のブロックを移動させるとかできないの?」
暁が、手摺に向かって問いかける。
だるそうな声だけが返ってきた。
「そりゃ無理だ。最初に言っただろ。シャッフルってのは、固定したブロックを足場にして、もう一つのブロックをぶん投げるようなもんだ。グラグラ動く足場から、目当ての所に物を投げられるわけねえだろうが」
「あれ? じゃ、どこか一つのブロックを固定すれば、シャッフルはできるってこと? 現在地や移動先に限らなくても」
碧が、素朴な疑問を口にした。
ぽちゃん
水音が響いた。
ド・ジョーが、水柱の上に立ち上がっていた。
さも驚いたという顔をしている。
「そうか……そうだな。できる」
「考えたこともなかったわん」
マダム・チュウ+999も、びっくりしている。
オーロラの
碧は、真剣な表情で畳みかけた。
「シャッフルの時は、西館のブロックは西館にしか動かないよね。えっと、つまり、東館には行かないよね?」
「ああ、その通りだ。シャッフルってのは、ぶん投げられたブロックが、残りのブロックを、カーンと跳ね飛ばすんだ。だが、オートシャッフルとは違って、館を
ド・ジョーが答えた。
碧が、またちょっと考えてから、尋ねる。
「どの階に飛ばされるか、規則性はある?」
「そいつは、俺にも読めない。水の流れの向き、勢いの強さ、色んな要素が
碧が、浮かんでいるお面を見上げた。
「オートシャッフルの発生は、まだ?」
『はい、未定です。ですが、シャッフルを行うことにより、誘発されて起こる可能性があります』
「寝た子を起こすってやつだ」
ド・ジョーが、にやりと片目を釣り上げた。
「おい、なんだ。何か策を思いついたらしいじゃねえか」
碧の眼鏡も、きらりと光った。
「うん。シャッフル一回で、スプリットを解決できるよ」
一同に、衝撃が走った。
さすがは碧だ。
「じゃ、やろ!」
内容を尋ねもせず、元気よく暁が立ち上がる。
陽も、力強く頷いた。
決定、即、実行だ。
再び、案内板が壁に館内図を映し出した。
碧が、満を持して作戦を発表した。
上から二番目のブロックを指さす。
「ブロック2を固定する。それから、裁縫部屋のあるブロック1を、ブロック10にシャッフル!」
「よしきた!」
ひょろひょろ
ド・ジョーが、水の矢に乗って、地下11階まで上がって行った。
調達の時と比べると、かなり弱弱しい。
シャーッ
ほどなく、水が
水のカーテンが、全ての階の外廊下を仕切っていく。
だが、遅かった。
きっと、ド・ジョーは、残った力を必死に尽くしているのだろう。
「頑張って、ド・ジョー!」
暁が、上に向かってエールを送った。
碧も叫ぶ。
「あと少し!」
来た。ようやく、端まで届いた。
ぐらり
揺れた。
「うわ」
碧が、よろけた。暁も、つんのめる。
陽とピンクネズミが、それぞれ抱き留めた。
カタカタカタ……
壁のタイルが、スライドパズルを始める。
猛烈な勢いだ。黒い数字がバラバラになり、再び、数字をかたどって止まった。
【60】
『シャッフルが完了致しました。このフロアは、ブロック6へ移動しました。裁縫部屋は、ブロック10の地下91階です』
ふう、と碧が息をついた。
「そんなに遠くなくてよかった。ここがどこに動くかは、運任せだったんだ」
「そうか。裁縫部屋を一番下のブロックに動かしちゃえば、ここは必ず、その上になるからな」
陽が感心しているところに、案内板が割って入った。
『約10分後に、オートシャッフルが発生します』
「うわ、やっぱり誘発されちゃった!」
暁が叫ぶ。
安心も感心も、している暇はない。
陽が、素早く指示を飛ばした。
「早く螺旋滑り台で降りよう。碧が先頭、暁が次。俺が、マダム・チュウ+999を連れて行く」
言うなり、膨み切った体を抱き上げた。
当然、オネエネズミの目がハートだ。
螺旋滑り台に駆け込みながら、暁が声を張り上げた。
「ド・ジョー! おつかれさま~! 大成功だよ~」
「……まったく、大した奴らだぜ」
地下11階の手摺で、ぐでんぐでんに伸びたド・ジョーが、低く呟いた。