6.シャッフル(2)

文字数 2,385文字

「じゃ、(おもて)(ぬの)からいきましょうか。バックサテンシャンタンよ。今は何階にあるかしら?」

『ご案内します。バックサテンシャンタンは、西棟地下28階にあります。現在地は、西棟地下1階です』
浮かんでいるピエロのお面が、答えた。
なるほど、これは案内板が必要なわけだ。

「おう。じゃ、降りて行け。降り過ぎんなよ」
と、ド・ジョー。
「こっちよ! あなた達、ついてらっしゃい」
マダム・チュウ(プラス)999(スリーナイン)は、四つ足で外廊下を駆け出した。

暁が、いの一番に続く。
陽が追いかけた。碧がラストだ。
一列縦隊の後ろを、ピエロのお面が、ふよふよと付いていく。

「気をつけろよ。手に触れるのは、貴婦人の承認が降りている物だけだ」
ド・ジョーの低い声が、後ろから飛んだ。

走る暁達は、その意味するところを、まだ知らなかった。

「……ま、一回くらい痛い目にあったほうが、身に染みて分かるだろうがな」
ド・ジョーの呟く声も、もう届かない。

外廊下は、長かった。
突き当りまで行ったところで、ようやく先導するネズミが止まった。
()(せん)滑り台よん。建物の両端にあるわ」

遊具みたいな代物が、そこに設けられていた。
何本もの長い縦棒が、ぐるりと円柱に建てられている。
簀巻きを立てたような外見だ。
入り口部分だけ、棒が切り抜かれている。
中を覗くと、クルクルと滑り板が続いていた。

「わあ! これで行くの?」
「そうよ、地下28階まで降りましょ」
聞くなり、暁が滑り込んだ。
消防士だって、こんなに早くない。
マダム・チュウ(プラス)()(リー)(ナイン)も、素早かった。
しゃっと、暁の肩に飛び乗る。

「あはははは……」
ころころ笑う声が、クルクルと遠くなっていった。

陽も、身を屈めて中に入る。
「俺、ギリギリだなあ」
お尻が、滑り板の幅、みっちりだ。
だが、傾斜は急だ。体重も重いから、すぐに加速した。

「わ、待って!」
慌てて、碧も追いかける。

陽と比べると、碧は軽量級だ。
それでも、徐々にスピードが出てきた。
目が回りそうだ。あと、どのくらいだろう。

碧は、クルクル滑り落ちながら、外を見た。
黒のタイルが、白い壁にカクカクした数字を描いている。
あれが、階数の表示だよな。
5だ。次に、6が見えてくる。

「ちょっと、暁! 階数分かる?」
碧は、下に向かって叫んだ。
「なーにー、碧?」
すぐ下を、陽が滑っている。広い背中が(しょう)(へき)となって、暁の声しか聞こえない。

「壁に! 黒い数字が! あるだろ!」
碧は、大声を出した。

そのとき、11の表示が通り過ぎた。
あれ? 末尾の1だけ、黒い石ではない。
真っすぐ立てた剣に、蔓バラが(まと)わりついたレリーフになっている。

「っと、暁! 今、何階?」
「あ! これか。わかった。28!」
「ちょっと、暁! ここよ!」
マダム・チュウ(プラス)999(スリーナイン)の焦った声がした。
「え! あ~、通り過ぎちゃった! どうしよう!」

どうしようもない。
とりあえず、29階で全員が下りて、合流を果たした。
案内板のお面も、ちゃんと付いて来ている。

碧は、溜息をついて言った。
「じゃ、一階上に上がろう。マダム・チュウ(プラス)999(スリーナイン)、階段はどこ?」

だが、暁の肩に立ったネズミは、こともなげに答えた。
「無いわよ」
「……は?」

ネズミの住人は、呆然とする碧に、恐るべき事実を告げた。
「このダンジョンには、階段が無いの。上に行きたい場合は、シャッフルするか、あとは、」

螺旋滑り台を、小さな手で指し示した。
「これを駆け上るしかないわねん」

「……うそだろ」
碧が唸る。

だが、残り二人は、呑み込みが早かった。
行動に移すのも、早い。

「わかった。じゃあ、まず俺が行く」
陽が、あっさり頷くと、先陣を切った。

ガンガンガン
太鼓を打ち付けたような音を立てて、滑り板を駆け上がると、がしっと縦棒を掴む。
残りは、腕力で登って行った。
さすがは陽、あっさり成功だ。

続く暁も、やってのけた。
腕力は最弱だが、身が軽いのだ。
ゴールまでは上がり切れなかったが、最後は陽が引っ張り上げて、事なきを得た。

問題は、自分だよな。
碧は、螺旋滑り台を見上げた。
上の階まで、結構な高さがある。
行ける気がしない。でも、やるしかないか。

碧は、ぽつんと残されたネズミを見遣った。
「マダム・チュウ(プラス)()(リー)(ナイン)、ここに入る? 肩じゃ、落っこちちゃうだろ」

身を屈めて、着ているパーカーのフードをポンポンと叩く。
淡々とした態度を装っているが、隠しようもなく顔が赤い。

ピンクネズミの目が、真ん丸になった。
「んま! アタシを連れて行ってくれるの! 優しいのね、碧! すてき! 最高よ!」
……照れることなんてなかった。
オネエのネズミに褒めちぎられても、ぜんぜん嬉しくない。

それより、集中しないと。
碧は、できる限り助走をとって、螺旋滑り台の中に飛び込んだ。
全力で駆け上がる。
予想以上に険しい。もう、足が前に出ない。まずい!

べっち~ん!
「やだ、碧、しっかり!」
フードから脱出したネズミが、耳元で叫んだ。

もろに、すっ転んだ。
しかも、顔面から行った。
うつ伏せた体が、ずりずり滑り落ちていく。

「碧! つかまって!」
暁の声に、碧は顔を上げた。
額と鼻が、じんじんする。きっと真っ赤だ。

暁が、手を差し伸べていた。
陽と連結している。数珠繋ぎになっているのだ。

「うん……っ」
碧は、必死に暁の手を掴んだ。
大元で踏んばっている陽が、二人を丸ごと引っ張り上げる。ほとんど地引網だ。

「ファイト! みんな! 頑張って~!」
ちょろちょろと伴走しながら、オネエなネズミがエールを送る。
なんの戦力にもなっていない。

結局は、陽が力で解決した。
「到着~。よかったわあ」
へたり込んで息をつく三人に、能天気な声がかかる。

「……あのさ、マダム・チュウ(プラス)()(リー)(ナイン)
碧が、顔を上げた。おどろおどろしい影が下りている。
「もしかして、自分で上れたんじゃないの?」

人間みたいに二足立ちしたピンクネズミは、嫣然と笑った。
「うふん。アタシ、殿方のエスコートは断らないことにしてるのよ」
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登場人物紹介

一ノ瀬 暁(いちのせ あかつき)


小学5年生の女の子。第一級の美少女だが、性格は猪突猛進。

双海 碧(ふたみ あおい)


暁の幼馴染。小学5年生の男の子。

座右の銘は、用意周到。

三ツ矢 陽(みつや よう)


碧の「はとこ」※母親同士が従姉妹の間柄

小学6年生の、大柄な男の子。

正直者すぎて、思ったことが全て顔に出る。

ド・ジョー


「オーロラの地宮」の住人。ハードボイルドな、金色のドジョウ。

水を操ることができる。オーケストラの指揮者。

マダム・チュウ+999(プラス スリーナイン)※略称


「オーロラの地宮」の住人。オネエな、ピンク色のネズミ。

自らの美しさに相応しい名前を足していったら、999文字になったとの弁。

フルネームは、マダム・チュウ アナスターシア ベアトリックス クレメンタイン ディアーナ エリザベス フローラ ジェラルディン ハーマイオニー(書ききれない)

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