第2話 ファルツフェルド本邸での暮らし

文字数 2,087文字

さて、忙しい実兄のラグナルは、私の身柄を長兄夫妻ゴットハルトとアデーレに預けて遠い任地へ帰りました。

私はといえば、正式に認知はされたものの、混乱を避けるため父の葬儀に参列することは許されず、しばらくの間、ファルツフェルドの邸内に軟禁されていました。
おかしな話ですが、私は閉じ込められることに慣れていました。
何しろ17年間、別邸に隠され、屋敷の門外に出ることを禁じられて生きてきたのですから。
そんな私を別邸の世話係たちは陰で「高貴なる囚人」と呼んでいました。
しかし、不自由ながら気楽だった別邸での生活とは違い、本邸には長兄夫妻が暮らしています。――私は居候にすぎない。とても居心地は悪かったですね。
ゴットハルトは亡き父から伯爵位を継いだばかりでなにかと忙しい、妻のアデーレは何故かすべてに苛立ちカリカリしている、長男のヴェルターは無事優秀な成績で士官大学へ入学したばかりだが、1歳違いの次男のヘルムートは学力が足りず、来年の士官大学への入学は望み薄で、陸軍専門の士官学校にしか入れないだろう――これが当時の兄一家の状況でした。
この時の私には知る由もなかったことですが、長兄にはアデーレとの間にできた二人の息子の他に、もう一人息子がいました。「水車小屋」と呼ばれる小さな家に住むエメレンツィアという女性との間にできたアルフレートという子で、当時13歳。妖精のような容姿の母親によく似た美しい少年です。
ゴットハルトはこの子を目の中に入れても痛くないほど可愛がっていたということで、今となれば、正妻のアデーレが当時カリカリしていたのも分かる気がします。
父からあまり顧みられなかったほうの息子たち、ヴェルターとヘルムートは基本的には寄宿舎生活でしたので、殆ど顔を合わせることはありませんでしたが、偶に顔を合わせる機会などあると、能天気なヘルムートはともかく、ヴェルターはこのポッと出の年下の叔母をどう扱ってよいものか、気まずそうな顔をしておりました。
ゴットハルトは鈍重と言っていいほど重苦しく寡黙な人で、私とはほぼ会話はなく、この年の離れた異母妹のことをどう思っているのか、全く計り知れない様子でした。骨太い大柄な体格で、鈍い青灰色の双眸を持つ厳めしい面構えは、如何にもとっつきにくい壮年の男性の見本のようでした。対照的にアデーレは痩せて背の高い美しい人でしたが、気位の高い苛烈な人柄で、私はなるべく彼女には近寄らないようにしていました。容姿の点ではヴェルターはアデーレに生き写しで、ヘルムートはゴットハルトに生き写し。しかし、気性はそれぞれ親にあまり似ていないようでした。

そんな観察を続けながら邸外に出ることを禁じられた生活が数か月続いたある秋の日、次兄のフォルカーが訪ねてきて、長兄と何事か話したのち、険しい表情のフォルカーは私をファルツフェルド本邸から連れ出しました。

行き先を告げられず車に乗せられた私は、数か月前から急に流転を始めた運命に逆らうのも面倒で、ひたすら投げやりな心境でおりました――顔には出しませんでしたが。
フォルカーも寡黙な人で、神経質そうな痩躯の持ち主という点は大柄な長兄とは違いましたが、やはり車中での会話はありませんでした。
数十分ほどの無言のドライブののち、連れていかれた先は、フォルカーの住いであるエルヴスヘーデン邸でした。そこではフォルカーの妻、美しい黒髪のバーバラが門扉で待ち構えていて、私の手を取って車から降ろすと、
「会いたかったわ!リリヤナ、私の小さな妹――夏以来ね。元気にしていて?」
綺麗な水色の瞳に喜色を浮かべ、薔薇色の頬を上気させて思いっきり抱きしめてくるものだから、私は完全に当惑してしまいました。
身内からの好意、というものに、私は徹底して慣れていなかったのです。
今日からここで暮らすのだろうか――満面の笑みで私を構うバーバラを見つめながらそんなことをぼんやり思った私の淡い期待は、しかし、その日のうちに破られました。

夜遅く、堂々とした佇まいの男性二人が訪ねてきて、
「――この子がそうか!ラグナルの妹か」
真っ青い瞳に期待と好奇心を輝かせて言った男性は、隣のとても体格の良い男性からそっと突かれて「失礼」と口をつぐみました。
「こんばんは。リリヤナ――従妹殿。私はマティアス・フォン・ファルケンブルク。君の従兄です」
体格の良い男性は大柄な体躯を私の身長まで屈め、人懐っこい温和な笑みを浮かべてそう自己紹介しました。
「私はエトガル・フォン・ファルケンブルク。やはり君の従兄で、ファルケンブルク家の当主だ」
自信たっぷりに、紳士然とした態度で私の手を取った男性、どうやら彼が、私の属するファルケンブルク一門の総大将なのらしい――そう理解した私は、交互にそっと二人の訪問者を観察しました。
年の頃は同じくらい。顔もよく似ている。違うのは身長だけ。
「私たちは双子なんだよ」
視線に気づいたマティアスが優しく微笑んで言いました。
妙に上機嫌のエトガルが言葉の爆弾を落としたのは、その直後でした。
「単刀直入に言うが――従妹殿、君はこれからうちで暮らすことになる」
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