第14話 甥姪の誕生

文字数 2,379文字

私がファルケンブルク本邸に引き取られて、早6年が経過しようとしていました。
 
6年間の日々は大きな波乱もなく平穏に過ぎていき、そのオセルの年の夏の初め、私は23歳の誕生を迎えました。22歳の一年間は恙なく終わりましたが、どうやら23歳の一年間には、大きな変化の兆しが訪れようとしている気配でした。

その夏、次兄の妻バーバラは懐妊中で、そろそろ臨月を迎えようとしていたのです。
私にとっては、初めての甥っ子か姪っ子――と呼ぶのは、長兄の息子たちであるヴェルターとヘルムート、アルフレートに失礼でしょう。彼らも私の甥っ子なのですから。
とはいえ、彼らは同世代。ヴェルターなど私より半年年長で、決して可愛がる対象ではありません。
私は、甥っ子か姪っ子の誕生がとにかく楽しみで仕方ありませんでしたが、周りは皆、心配顔でした。
当時、バーバラは37歳。22歳でフォルカーと結婚して以来、15年間子供に恵まれなかった末の此度の懐妊で、初めてのこととて本人も不安だったのでしょう、妊娠の後半は、大きなお腹を抱えたバーバラ自身もなんとなし憂鬱そうにしておりましたから。
ともあれ、年が継がれてすぐの、ダエグの年、フェオの8日、難産の末に女の子が誕生したのです。

リューディア・アグラーヤ・ヘレーネ・ルイーゼと名付けられたその女の子は、灰がかった淡い色の金髪は父親譲り、勿忘草のようなベビーブルーの瞳は両親の瞳の色を混ぜたようで、それはそれは小さくて愛らしく、私は彼女にほとんど一目惚れしました。
 
「リディ」と愛称された小さな姪っ子会いたさに、私は次兄夫妻のエルヴスヘーデン邸に入り浸って過ごすようになり、従兄たちから注意されたほどでした。
 
その年の冬、小さなリディがちょうど上手にお座りできるようになった頃、エオローの5日に、又従兄のライノールトにも男の子が誕生したのです。――なんと、グウィネヴィア叔母様はとうとうお祖母様です。
ガウェインと名付けられたこちらの男の子もまた、とても可愛らしい子で、私はメロメロになりましたが、リーフリヘリオスとロイシュライゼという距離が邪魔して、リディほど頻繁には会えず、残念でした。
首都ベルクリースでの儀式やお祭りの折などにガウェインに会うと、ちょっと見ぬ間に変わっているもので、子どもというものの成長の早さに、私は驚き交じりに感心するのでした。
 
この愛らしい子たちに夢中になって一年が過ぎようとしていたある日、とある噂を耳にしました。

――長兄ゴットハルトが「水車小屋」に囲っている情人、エメレンツィアが、懐妊している、と。

俄かには信じがたい話でした。
当時、エメレンツィアは40歳で、ゴットハルトは50も間近。二人の間にできたアルフレートはもう20歳でした。
例のないことではないとはいえ――…信じ切れずにいるうちに、そのフェオの年の春、マンの月の15日、エメレンツィアにナジャと呼ばれる女の子が生まれました。
ゴットハルトには初めての女児、長女です。
蜜色の巻き毛に、夜空のような紺碧の瞳を持った、父親似の可愛らしい女の子でした。
――ゴットハルトの正妻、アデーレの心境は如何ばかりだったでしょう。
赤ん坊の誕生を喜びつつも、アデーレを思いやって心配する私たちでしたが、しかし、そのことばかり考えてもいられませんでした。
何故なら、バーバラがまた懐妊していて、その夏の終わり頃に出産予定だったからです。

年が変わって、ウルの年、アンスールの15日、男の子が誕生しました。――リディの弟です。
薄茶色の髪に、母親譲りの透き通った水色の瞳。
リディは父親のフォルカーによく似た顔立ちでしたが、今度の赤ん坊は母親のバーバラに生き写しでした。
アレクサンダーと名付けられたその赤ん坊を、私たちは「サーシャ」と呼ぶことに決めました。

サーシャが生まれてすぐ、季節は秋に移ろい、早くも肌寒くなってきていました。
そんな折、長兄ゴットハルトの妻、アデーレが、ファルツフェルド本邸を出て、彼女の生家ウォーデンベルク家の別邸に居を移した――という話を耳にしました。
――きっとナジャの誕生が堪えたのだ…
実際、ナジャが生まれてからしばらく、公の場でアデーレの姿を見ていませんでした。
事情を聴きたいところですが、まさかゴットハルトに質すわけにもいきません。
夫妻の次男のヘルムートは軍人として遠くの任地にいったきりだし、事情を聴けそうな人間は「中央」に勤務する長男のヴェルターだけでした。
心配する私たちに問われたヴェルターの返答は、しかし、途方もないものでした。
「母は――妊娠しています」
冗談を言うような人間ではありませんでしたが、このときばかりは冗談であることを願いました。
何しろ、アデーレが最後にお産したのは24年も前のこと。
ヴェルターが言うことには、アデーレも危険は重々承知の上で、覚悟を決めて自分の実家の別邸を産屋に決めたのだとか。
「産み月は冬の初めになるだろう、と聞いています」
秋が深まるにつれ、ファルケンブルク一族に緊張が高まってきました。
皆、アデーレの無事の出産を願っていました。
果たして、ウルの年の秋と冬のちょうど境目辺り、ニイドの14日、無事に赤ん坊が誕生しました――それも2人!
なんとアデーレは双子を身籠もっていたのでした。
男の子と女の子の双子で、テオヴァルトとアウローラと名付けられました。
お見舞いに行くと、双子と聞いて想像していたよりも小さくもなく、しっかりとした赤ちゃんたちで、泣き声も力強かったですね。

それにしてもゴットハルトは、ものの半年の内に新たに3人も子供を得たのです――!
競うようにして子を産んだ二人の女性に、色々思うところもありましたが、とはいえ、新しい命の誕生は単純に嬉しく、私の近辺は、ここ数年の内に、小さな泣き声や笑い声に彩られて賑やかになってきていました。
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