第13話 帝国貴族の一年間

文字数 4,470文字

邸内の支局に勤める軍人さんたちに関しては、この他にも様々な逸話を聞きました。
それは、またいつか、披露する機会もあるでしょう。

今回お話しするのは、この帝国に住まう貴族の典型的な一年間について。
年間の行事や祭事に焦点を当ててお話ししたいと思います。

我が帝国の一年は24か月。

一年は、ダエグと呼ばれる最後の月の終わりの日とフェオと呼ばれる最初の月の初めの日を継ぐ、「年継ぎの儀」で幕を開けます。
その日、帝室に連なる貴族の内でも高位の者は、首都のベルクリースに集い、宮殿での儀式に参列します。
儀式は「占の間」と呼ばれる古い礼拝堂で行われます。そこは不思議な空間で、特に飾り気のない石造りのだだっ広い室内ですが、正面の壁に、縦も横も途方もなく大きな年代物の鏡が掛けられていました。
貴族は、帝室の方々がその大鏡の暗い鏡面に拝礼する様子を見守るのですが、私などは、あの夜の湖面のような暗がりに、陛下方はいったい何をご覧になっているのだろう――…などと考えておりましたね。

「――新たなる年が継がれんことを」

日付の変わる時刻に合わせた皇帝陛下の号令で、新たなる一年の始まりです。
この儀式が行われる季節は夏の初めで、ちょうど夏至が終わった直後くらいの頃です。
外は遅くまで明るく、帝国内の街や村はどこもお祭りムード。人々はこの日ばかりは夜を徹して飲み明かし、踊り明かして、継がれたばかりの新しい年の訪れを祝うのでした。

無事に「年継ぎの儀」が終わると、帝国内の学校は一斉に夏季休暇の始まりです。
約60日間の長い休暇で、寄宿舎生活の男の子たちもそれぞれの家々に帰省し、久しぶりに家族との再会です。
とはいえ、60日も家族のみで過ごすのは若者には少々退屈です。
家族との団欒に飽きてきたら、仲のいい友人を招いたり、逆に招いてもらったりして、お互いの家を行き来して過ごすことも多いようです。
そういう折に兄弟が連れてきた学友が、姉妹たちの将来の結婚相手になったりとか、ならなかったりとか――というのは、よく聞く話です。
 
長かった夏休みが終わる直前、大切な儀式があります。
帝国の軍部が主催する「宣誓式」です。
これは、帝国各地にある軍の養成学校での教育を終えて新たにこの帝国の軍の将校となる人間が、軍事の要であるロイシュライゼの広場に会して、誓いの言葉を述べる儀式です。
これはアンスールの月の、満月か新月の晩に行うものと決められておりました。
私は見に行ったことはありませんが、深夜に篝火を焚いて行う、厳かな式典だそうです。
 
さて、月は移り変わり、ラドの月の初日が学校の始業式。大人たちにとっても年度初めのような感じです。
ラドの月は、そろそろ涼しくなってきた秋の始まり。空は高く青く澄み、秋風が木の葉を揺らす、そんな過ごしやすい季節です。
ラドの次の月、ケンの月の「秋祭り」までは、特に目立った行事はありません。

ケンの月半ばの「秋祭り」は、エールと呼ばれるお酒でお祝いします。エールは、ビールの一種ですが、確か、発酵の方法で呼び名が変わるのだそうで――とにかく、この日はエールでなくてはダメで、エトガルのような熱烈なワインの愛好家も、このときばかりはグラスではなくジョッキを掲げて「乾杯!」です。お酒がメインのお祝いなので、幼い子どもたちにはちょっと退屈なお祭りですね。

秋は平和に過ぎていきます。
社交好きはパーティーなどの集まりに忙しく顔を出したり、反対になるべく家から出たくない向きは、庭でベリーなどを摘んでひたすらジャムを作ったり、森が近くにある方はキノコ狩りなども良いですね。
秋の夜長は観劇にも適しています。
私の暮らしていたロイシュライゼにも劇場はありましたが、やはり首都のベルクリースのものが一番で、劇場の規模も、演目の洗練の度合いも、役者の質も、すべてが地方とは比べ物にならないのでした。

秋が終わり、長く陰鬱な冬が近づいてくると、待ち遠しいのは「冬至祭」です。
「冬至祭」は、帝国では一番力を入れて祝われている祭りで、「冬至祭」の前後約一週間を「ヨウル・ウィークス」と呼び、国を挙げてのお祭り期間となります。
学生さんは「ヨウル・ウィークス」の半ばあたりから、冬期休暇に入ります。
この期間は、遠くの親族を訪れたり、一族で集まったりと、血縁との親交を深める時間に使われることが多いようです。
そういえば、わが帝国の冬至祭に欠かせない果物があります。――なんだと思いますか?
それは「リンゴ」で、この赤い実を「冬至祭」に食べると、年を取らないと思われているのです。
というわけで、この時期、人々は訪れる先々でリンゴを振舞われる羽目になります。
生のリンゴはもちろんのこと、リンゴのジャムに、リンゴのケーキや、パイにタルト、リンゴのお酒に、リンゴのお酢まで!
帝国中のリンゴが食べつくされてしまった頃、「ヨウル・ウィークス」は終わりを迎え、冬はいよいよ深まってくるのでした。

冬の真っただ中、学生さんたちが冬期休暇の最中に「冬季宣誓式」という式典があります。
ペオースの月の満月か新月の夜に行われ、これは軍部ではなく、帝室主催の宣誓式で、その年に軍の養成学校を卒業して新しく将校となった貴族の子弟に、ナイトの称号を授けるという儀式です。
軍部主催だった夏の宣誓式が真っ黒の軍服着用で行われ、貴族以外の新将校も参加できるのに対し、この冬期の宣誓式に参加できるのは、白い士官服に青色のマントという礼装を身に纏った貴族の子息のみ。
そもそも、士官大学という軍の教育機関の最高峰が、貴族の子弟にしか門戸の開かれていない時代でした。
良くも悪くも、これぞ階級社会、という感じでしたね。
「冬期宣誓式」の儀式そのものは、こんな感じです。
首都ベルクリースの広場で、古めかしい剣を手にされた皇帝陛下が、新ナイト爵を得る若者の肩を一人一人、その重そうな剣先で打って回る――というもので、毎年新しくナイト爵を授与される若者は100名近くもいましたから、見ている我々は、重い剣を振るい続ける陛下の御腕の具合が心配になったものでした。
果たして、ある年から、皇帝陛下とレオポルト大公殿下が手分けして剣で肩を打つことになったようで、見ている方としては安堵致しました。
式典の後は宮殿で祝賀会です。
祝賀会には、新ナイト爵の兄弟姉妹も参加でき、わりと無礼講の場です。
姉妹たちには、将来の結婚相手を見つける良い機会ともなったようなのでした。
 
ペオースの月が終わり、エオローの月が始まると、学生さんたちの冬期休暇も終わりです。
春まではまだまだ。
雪に振り込められる中、仕事に勉学に、皆各々の為すべきことに勤勉に励みます。
 
そして、そろそろ春の気配が近づいてきて――視界に白よりも緑色が優勢になり、日も長くなってくると、ベオルクの月の「春祭り」です。
これは各家庭で、小ぢんまりとお祝いするところが多いですね。
庭からお花を摘んできて、家中の、特に窓辺に飾り付けるのが決まり事です。「春祭り」前後に通りを歩くと、見渡す限り、どこの家の窓辺も明るい色の花に彩られていて、気分がうきうきしてきますよ。
 
「春祭り」の後、エオーの月に「祈年祭」と名のついたお祭りがあります。
これは、神々に翌年の豊穣を祈願するお祭りが元となっているらしいのですが、現在では、内容は何であれ、神々に祈りを捧げて願い事をする日になっています。
これは帝国内ではなかなか大々的に祝われる祭りで、帝室に連なる高位貴族は首都で祝うのが習わしで、祝賀の後は、帝室のメンバーは市内のバルコニーに姿を見せて、市民からの歓声を受けながら手を振ります。
1時はどこのバルコニー、その2時間後はまた別のバルコニーから――と、中々に忙しい行事です。
このバルコニーでの参賀は、ベルクリースの市民がとても楽しみにしている行事の一つらしく、バルコニーには小さい子供たちも登場するので、毎年見ていると、子供たちの成長を感じられる――というのが人気の秘密なのだとか。

月は移ろい、春もたけなわ。花は咲き乱れ、初夏を前にした新緑がつやつやと美しい季節に「トワイライト・ウィークス」が始まります。
正確には、イングの月は「プレ・トワイライト・ウィークス」で、その次のオセルの月が「トワイライト・ウィークス」です。
トワイライトとは「黄昏」という意味で、今年も過ぎ行く一年に思いを馳せつつ、この帝国の根幹たる神々への信仰を表すかの如く、この時期には、至るところで古き神々の英雄譚などを描いた古典劇の上映や、そろそろ日が長くなってきた屋外での演奏会などが行われます。
街を歩けばそこここに、叙事詩を朗読している人、哀愁漂う竪琴のメロディーに乗せて古い民謡を歌い上げる人、神々について描かれた野外劇に興じる人々――この時期は帝国内の誰もが何かしらのパフォーマーとなります。プロもアマチュアも皆入り混じってわいわいやるのが醍醐味で、本当にとてもとても賑やか。
皆が浮かれて外を出歩く時期なので、通りには屋台がたくさんひしめきあい、一年の内でも一番活気のある期間となります。

そんなお祭り騒ぎの最中、一日だけ、帝国が完全なる静寂に包まれる日があります。
一年で一番厳かな式典――「慰霊祭」です。
オセルの月の満月か新月の日に行われるこの儀式を司るのは、皇帝陛下。宮殿での儀式の様子は全帝国内へ中継されます。
高位貴族はもちろん宮殿へ参上し、この一番大切な儀式に参列する――はずですが、貴族の中でも「中央」に勤務している軍人は、貴族としてではなく軍人として同胞の死を悼みたいという人も多く、ベルクリースではなくロイシュライゼで式典に参加する人もあり、誰がベルクリースへ来て、誰がロイシュライゼへ残るのか、毎年なかなか気の揉めることでありました。
正午、聖杯を持った陛下が祭壇から振り返ると、一斉に鐘が鳴り響き、全国民は一分間の黙祷を捧げます。
 
合間に厳粛な慰霊祭を挟んで「トワイライト・ウィークス」が終わりを迎えると、今度は光に溢れた「夏至祭」が待っています。
帝国の一年間を彩る最後のお祭りです。
この夏至祭に付き物なのは、「フラワー・ブレッシング」というなんとも愛らしい催しです。
どんな催しかと申しますと――まず、噴水の周りを、ありとあらゆる花々を生けたバケツで囲います。
そして、「よーい、ドン」で、集まった小さな子どもたちが一斉に噴水まで歩いていって、気に入った花を取って戻ってき、思い思いの人に自分の取ってきた花をプレゼントする、というものです。
やっと歩き始めたくらいの子から7歳くらいまでの子が参加するもので、毎年ちょっとしたドラマが繰り広げられていて、とても微笑ましいのですよ。
この日は帝国中の噴水や井戸が花に彩られ、その周りで、花を抱えた誇らしげな子供たちと子の頑張りに感動する大人の姿が見られることしょう。
 
「夏至祭」が終わると――もう、また「年継ぎの日」が迫っています。
こうして古い一年間は幕を閉じ、新たなる一年間に継がれていくのでした。
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