第15話 従兄たちの結婚

文字数 2,754文字

ファルツフェルドの当主夫妻に双子が生まれてまもなく、ファルケンブルク一族には嬉しい知らせが続きました。
 
そのウルの年の冬至祭の直前、私の二人の従兄たち、エトガルとマティアスが、同時に婚約を発表したのです。
 
エトガルの結婚相手は、リクセト侯爵令嬢スサンヌという人でした。
リクセト侯爵家というのは、かの偉大なるイェラン帝の三男スヴェインを祖とする、帝室に連なる家系です。
スサンヌは、リクセト侯爵家の次女で、長女のイルサ=イングリッドと並んで、首都のベルクリースでは社交界の花形でした。
背の高い華やかな姉妹で、姉のイルサ=イングリッドは目にも麗しい金髪碧眼の派手な美女、スサンヌはブランデーのようなダークな髪色に碧い双眸で、こちらも洗練された美女でした。
二人とも――思わせぶりを美徳とする社交界にあるまじきことですが――思ったことをはっきり言う、竹を割ったような鮮やかな気性なのが似ていましたね。 

マティアスの方の結婚相手は、ギャンダースハイムのアリーセという人でした。
アリーセも、もとを糺せばリクセト侯爵家に連なる人で、彼女の祖母は初代リクセト侯爵スヴェインの長女にあたります。
――一息に言いますね。
長女カレンがイリューテル家に嫁いで生んだ長女ルイーゼがギャンダースハイムに嫁いで生んだ四男がアリーセのお父上です。
ギャンダースハイム伯爵家はユークレイの南方に所領を持つ古い家柄ですが、さすがに四男とあっては、アリーセのお父上ご本人のタイトルはナイト爵のみでした。
同じリクセト侯爵を祖としながら、この帝国の規定に拠れば、スサンヌはプリンセスのタイトルを持ち、アリーセはレディのタイトルのみ。
階級社会の厳しさが浮き彫りになった感がありましたが、穏やかで控えめな人柄のマティアスは、愛する婚約者殿のタイトルなどまるで気にした風もなく、なんとなし、そのことが私には救いでありました。
アリーセもマティアスと同じように、物静かで控えめな性質でしたが、芯は強そうな印象の人でした。

冬が去ってそのウルの年の春、ラーグの3日に、エトガルとスサンヌの婚礼が行われました。
どこでですって? ――もちろん、ファルケンブルク本邸内の、大礼拝堂で。
貴族の屋敷というのは、どんな規模の屋敷でも、まず間違いなく礼拝堂が付属しています。
そこで一家の冠婚葬祭を執り行うのです。
ファルケンブルク本邸は、ファルケンブルク一族の総本山みたいなものですから、一族にまつわる様々な儀式に耐えられるよう、それはそれは色んな目的を持った大なり小なりの建造物が、けた外れに広い敷地内にごまんとありました。
 
さて、挙式前夜には「前夜祭」と通称される、挙式前夜の晩餐会が催されます。
これは挙式当日の招待客の出欠は自由で、あまり重要視されているものではありませんが、何しろファルケンブルク家は帝室に連なる大貴族の家柄です。帝国内外からの参列者も多く、遠方からの客人はすでに敷地内の迎賓館に宿泊されているとあっては、手を抜くわけにはいかず、結果、その夜は大々的な晩餐会となったのでした。
花嫁は、現地入りしてから挙式前夜までを、「ウェイティング・ハウス」という館に泊まります。
新婚生活へ向けて、もう本邸内には部屋も用意されているのに不思議なことですが、挙式を終えるまではまだその家の人間ではない――という認識なのでしょう。
オークハイム一家など、ファルケンブルクの血縁者は、迎賓館ではなく、本邸内のゲストルームに泊まります。
 
大々的だった「前夜祭」明けて翌日。とうとう婚礼の日です。
男性は光沢ある白地の礼服の上に、青や緑、紫のマントを靡かせ、女性は思い思いの色鮮やかなローブに身を包んでいます。
爽やかな春の陽光を受けて、列席者の身を飾る宝石がキラキラと瞬き、この目出度い祝いの場に光彩を添えていました。
 
式は大礼拝堂で行われます。
帝国の慣習として、礼拝堂の祭壇まで花嫁をエスコートするのは、花婿自身です。
この時点では花嫁はヴェールにすっぽり覆われていて、お顔はおろか、衣装もまだよく見えません。
辿り着いた祭壇の前で揃って誓いの言葉を述べた後、ようやくヴェールが剝がされます。
スサンヌの花嫁衣裳は、勿忘草のような薄い青色で、それは彼女の青い目と白い肌によく映えていてとても素敵でした。
  
挙式後の祝宴は、外が気持ちよい季節とあって、屋外にて立食形式で行われました。
庭園の花々が祝いの場を彩ります。
とても気持ちの良い、空も心も晴れやかな一日でした。

祝福ムードの和やかな雰囲気の中、結婚式といえば付き物なのが――「奉納試合」です。
これは帝国の外から来た人には異様に見える習慣らしいのですが、特に貴族階級の結婚式では必ず行われます。
花婿側の血縁者と花嫁側の血縁者が、それぞれ真剣を持って切り結ぶのです。
もちろん形式的な試合ですが、往々にして熱が入り、怪我をすることもあるとか、ないとか――
まぁ死者が出たという話だけは聞いたことがありませんね。
この一見謎の風習は、剣戟の音に魔を払う効果があるから――との説が有力です。
 
祝宴の後は、邸内に場を移して晩餐会。その後は、たいてい夜遅くまで踊り明かして過ごすことになります。が、しかし、新郎新婦だけは別で、もはや無礼講の様相を呈してきたパーティーの最中、「人生で一番楽しい夜」と呼び習わされる新婚初夜に向けて、その場の皆に祝われながら寝室へと送り出されます。
新郎新婦が退座した後もパーティーは続き――…夜明けとともにやっとお開きです。
 
翌朝、客人がお帰りになるのに挨拶して回るのは、新郎新婦以外の一族の役目です。
何故って「人生で一番楽しい夜」の翌朝は、「新郎新婦はどれだけ寝坊してもよい」という決まりになっていますので。
客人の最後の一人がお帰りになって、やっと真の意味で「結婚式」が終わりとなります。
まったくもって、体力がないととてもとてもこなせない一大イベントなのでありました。

年が継がれてソーンの年の冬、ヤラの5日に、マティアスとアリーセの婚礼が後に続きました。
冬の半ばのことでしたので、空は重苦しい灰色、雪舞う中での式となり、春だったエトガルとスサンヌの式より静謐な、荘厳さと威厳に満ち溢れたものとなったのでした。
列席者の服の生地が厚物になったことと、挙式後の祝宴が屋内になったこと以外、式次第に大きな違いはありませんでした。
アリーセは薄紫色の花嫁衣裳で、それは華奢な彼女の雰囲気によく似あっていて、とても可憐でした。

そうそう。帝室に連なる者は、首都のベルクリースで成婚記念パレードを行うのが通例で、エトガルとスサンヌ夫妻、マティアスとアリーセ夫妻は、後日、仲良く二組揃って、ベルクリースの旧市街を8頭立ての馬車で走り抜けたのでした。

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