第5話 パウル大叔父の葬儀 ――祝詩式とは――

文字数 2,061文字

翌朝、空は澄み切って青く、そろそろ枯れ色になりつつある晩秋の庭に、白や黒を基調に青や紫や緑の衣がひしめき合っていて、その光景は目にも鮮やかでした。

私は故人の近しい身内ということで白い喪服を着せられ、頭から白いヴェールを被せられました。パウル大叔父様の娘であるグウィネヴィアも当然白い衣装です。ほかにも何人も白い衣装の方がいらして、これは皆、近親者の方なのでしょう。
エトガルとマティアスも近親ということで白い礼装に青いマントを羽織っていました。いつも黒い軍服姿ばかり目にしていたので、二人の礼装姿はとても新鮮に映りました。
こういった場に慣れていない私は、ひたすら次兄の妻バーバラの後ろに隠れるようにしてやり過ごしておりました。そこへ、
「――妹よ、久しぶりだな」
葬儀には不釣り合いな明るい声がして、ヴェール越しに視線を上げると、
「――ラグナル兄上」
従兄たちと同じように白と青の礼装に身を包んだ兄のラグナルが、本日の秋晴れのような晴れやかな顔をして立っていました。
「いやぁどうにか間に合った。パウル大叔父には世話になったからな、どうしても来たかった――…ところで」
独り言ちて、ラグナルは視線をひょいとバーバラに移しました。
「ファルツフェルドの家からこいつを連れ出したって聞いたけど――やるじゃないか、フォルカー」
「私が頼みましたの。――あまりにお気の毒でしたから」
「ああ。アデーレ姉の『他所にお出来になったあなたの妹御』ってやつ?」
心臓が止まるかと思いました。
それはアデーレがゴットハルトの前で私を指していうときのお決まりの文句でした。
「俺も散々言われたから。『あの、他所にお出来になったあなたの弟御は――…』ってさ」
さわやかに破顔したラグナルにバーバルは流麗な黒い眉を顰めてみせて、
「とても聞いていられなくて。あれははっきりと八つ当たりです」
「まぁアルフレートのことでゴットハルトにあてつけてるんだろうな」
そんな不穏な会話をしているところへフォルカーが顔を出したもので、生真面目なフォルカーの前でそんな赤裸々な話をするわけにはいかなかったのでしょう、それきり二人は口をつぐんで、それは見事にそれぞれ猫を被ってしまったのでした。
 
その後、パウル大叔父の葬儀はその身分に相応しい格式を持って滞りなく終わり、伝統的な船葬――故人を小さな船に乗せて火を放つのです――も済ませて、近しい身内だけがブランレックスのお屋敷に帰って、お暇前のお茶の時間となりました。
ふと気づいたように、グウィネヴィアが私に聞きました。
「――ねえ。私、今ふと思ったんだけど。リリは祝詩式は挙げてるの?まさか名前はリリヤナだけじゃないわよね?」
まさかと言われても、私の名前はリリヤナのみでした。それに祝詩式とは何でしょう――?
私の困ったような表情に、グウィネヴィアは憤慨したように頭を振りました。
「信じられない。ジギスムントは何を考えていたの?――祝詩式っていうのはね、生まれた子どもに神々のご加護があるように、祝詩親が詩を奏上して、名前をつける儀式のことよ。赤ちゃんのうちにやるものなのよ」
父が私に興味などなかったことは重々承知していましたが、改めて突きつけられるとなんとも微妙な気持ちになって私は項垂れました。
「これから――これからやるんだ、この子の祝詩式は」
エトガルが庇うように私の肩に大きな手を添えてきっぱりと言い切りました。
「ちょうどその話をしようと思っていたところでした」
マティアスが柔和に微笑んで「――祝詩親を決めなくては、と」と言い添えた途端、
「私がやるわ」
華麗なまでの切り替えの早さでグウィネヴィアが挙手しました。
「私もやらせてもらっていいかしら」
バーバラは許可を求めてにっこりとフォルカーを見つめ、どうやら妻の笑顔でのお願いに勝てないらしいフォルカーは、無言で少し頷いて見せました。
「…――あの、祝詩親ってなんですか」
私がおずおずと疑問を口にすると、皆は顔を見合わせて少し沈黙しました。
代表で、グウィネヴィアが咳ばらいを一つして答えてくれました。
「祝詩を奏上し、赤ん坊の後見をする代父母のことよ。普通、異性の祝詩親が赤ん坊を抱っこして、同性の祝詩親が祝詩を奏上するの」
本当に赤ん坊のときに受けるべき儀式なのだな、と私は思いました。私はもうとても抱っこされるような年齢ではなかったので。
微妙な面持ちの私をよそに、話し合いは進んでいきます。
「祝詩父はどうしましょう」
「それはもちろん俺たちが」
即答したのはエトガルでした。
「マティアスも一緒に?…――まぁいいでしょう」
一瞬眉を上げたグウィネヴィアでしたが、思い直したようにすぐに頷きました。
後日聞いたところによると、エトガルとマティアスは私の従兄だから私の祝詩父になる資格はありますが、慣例としては、兄弟で同じ子の祝詩親にはなってはいけないのだ――ということでした。
私の祝詩式は冬の只中――冬至祭の後に執り行われることに決まりました。その場での再会を約束し、皆それぞれ帰途に就いたのでありました。
 
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