第14話 胸熱の少年①

文字数 2,000文字

約3ヶ月を掛けて掘った落とし穴。その前に水森当真は立っていた。

「ふー、あっついなー」

ジージーと鳴くセミの声がうるさい。身体中から、ジワジワと汗が流れ出てくる。生い繁った木々が邪魔をして、山の中では風がほとんど吹かないせいだ。

「まだかなー」

落とし穴は山の斜面にある為、こうして立っているだけでも足が疲れてくる。うだるような暑さの中で、当真はひたすら待っていた。

「ねえアイン、ツヴァイはまだかな?」

「……」

後ろで佇んでいるヴァルキリーに尋ねてみるが返事はない。

「ここで待っていろって、自信満々で言ってたのに…」

ドス ドス ドス ドス ドス ドス…

そう当真がボヤいていると、山の上の方から複数の足音が聞こえてきた。

ドス ドス ドス ドス ドス ドス…

当真は嫌な予感を覚えて、山の斜面を見上げる。先頭にいるのはツヴァイだ。軽快な動きで追っ手を翻弄している。それは良いのだが、

「数が多くない?」

ドス ドス ドス ドス ドス ドスッ…

重い足音を響かせて、こちらにやって来るのはオーク達だ。何故か6体もいる、落とし穴の定員は3体なのに…当初3人で話し合った内容とずいぶん違う。

「ツヴァイの奴、張り切りすぎだよ…」

本来の作戦は、3体のオークをツヴァイが落とし穴まで誘き出してくる、というものだった。最初に当真が、オーク相手に一対一で勝てるか? とツヴァイに質問したところ即座に、


「無理だ」

という答えが帰ってきた。

「私とアインの2人で戦えば勝てるだろうが…戦闘中に、他のオークにお前が襲われたら、助けてやれないぞ?」

そうツヴァイに言われた当真は、腕を組んで考え込む。どうやら当真が最初に思い付いた、オークを一体ずつ仕留めて地道にレベルアップをしていく、という作戦は使えそうにない。

「それに、アインは守護者だから防御が好きだし、私は攻撃が好きだからな」

「そうか、うーん…よしっ」

そこで当真は、

「じゃあ、落とし穴を使おう。3体までは入るから」

と言って彼女達に作戦を提案する。

「ボクが落とし穴の前に立っているから、オーク達を誘き出して、連れてきてくれ」

当真は作戦の段取りを説明していく。

「オークが落とし穴に落ちたら、ツヴァイがトドメを刺すんだ」

その時、当真の話を聞いていたツヴァイの瞳がキラリと輝く。

「なかなか面白そうな作戦だな…」

彼女は腕を組み大きく頷く。

「私がトドメを刺す、というところが気に入った」

見れば、ふふふっ…と彼女の口から忍び笑いが漏れている。

「よし任せろ! 大体アイツ等は、三人一組(スリーマンセル)で動くからな。丁度、良い数だ」

ツヴァイは上機嫌で、トンッと自分の胸を叩いて引き受けてくれた。彼女は先程までとは打って変わって、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべている。

「では、作戦開始といこう」

ツヴァイは、トントンとつま先で地面を蹴ると、一気に山頂目指して走り出した。そして、あっという間にその後ろ姿が見えなくなる。

「足、速いなー。よしっ、こっちも準備をしとこうかな」

当真は落とし穴の上に網を広げると、そこに地面に落ちている枝やむしった草を被せて、カモフラージュを施してゆく。

「これでセット完了だ」

そして、後はツヴァイを待つばかり…のはずだったのだが…当真の予想を裏切り、彼女は6体ものオークを引き連れてきた。

「誰が倍の数を連れて来い、と言ったよ。まさか、わざとじゃないだろうな?」

そう当真が訝しんでいると、サッ! とツヴァイが道から逸れて、木々が生い繁った森の中へと姿を消した。

「グオォー!」

オーク達は、彼女が消えた事に気付いていない様子だ。というよりも、こっちをロックオンしているように見える。

(何故こっちを見ているんだ? アイツ等には考える力がないのか?)

当真が心の中で、オークの馬鹿さ加減に文句を言っていると、ガシッ! といきなり横合いから腕が伸びてきて、真横に抱き抱えられた。

「うわっ!?」

「…逃げる」

ひと言アインはそう言うと、その場から脱兎の如く駆け出した。

「グワァー!」

ドス ドス ドス ドス ドス ドス…

真横に抱えられながら、後ろの様子を見ていた当真。

ドス ドス ドス…ドスーンッ!!!

「あっ、落ちた」

彼の目に、オーク達の半数が落とし穴に落ちていったのが映った。

「グアァー!」

ドス ドス ドス…

アインが斜面を跳んで、追って来る残りのオーク達との距離を一気に稼ぐ。彼女はそのまま、グングンとスピードを上げて山を駆け下りていく。

「わわっ、速い!」

当真が驚いていると、もう落とし穴が見えなくなっていた。当初の予定とはだいぶ違うが、狙い通りに3体のオークを落とし穴に落とす事が出来た。これはこれで、結果オーライというやつだろう。

ドス ドス ドス…

「グオォー!」

そして距離は開いたが、相変わらずオーク達の大声が聞こえてくる。そんな中、当真は心の中でツヴァイに呼び掛けた。

(上手いことトドメを刺してよ…)
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