第17話 希望を抱く少年

文字数 2,755文字

「はち、きゅうっ…10!」

バタリと全身を投げ出し地面へ倒れ込む当真。

「はあ、はあ、はあっ…」

その様子を2人の女性が、じっと見つめていた。

「腕立て10回で、これとはな…」

あきれた表情のツヴァイ。

「………」

フルフルと首を振るアイン。彼女も残念そうに、ツヴァイの横で俯いてしまっている。当真が得た最初のスキル…デイリークエスト最初のお題は、腕立て伏せ100回だ。


腕立てには色々な種類があるが、どれを選んでも良いらしい。更に合計で100回やればクエスト達成となる。当真は10回10セットで頑張っている最中だった。

「お前にSPを振っても、タカが知れているが…こうして、自己鍛錬で能力値のアップを図るなら、少しはマシになるかもな」

ツヴァイより、相変わらずのダメ出しをされるが…

「ふぬっ」

当真は構わず2セット目の腕立て伏せに挑む。

「いーち、にー」

ダメ出しに、いちいち構っている暇はない。当真には達成しなければならない、目標があるのだ。

(やるぞっ、やってやるっ!)

自身が望み、思い描く未来が、手を伸ばせば届く所に来ている…輝ける将来が、すぐそこにある。

(スキルだ、スキルを使えれば…春奈先生と)

「くおぉっー!」

そうして、少年は一心不乱にデイリークエストに取り組んでゆくのだった…。

□□□□
デイリークエスト…それに励む前の当真は地面に寝転がり、

「ふあぁーあ…」

と大きなあくびをしていた…そして、ぼーっとしながら暇潰しにステータス画面を眺めている。

(これから、どうすればいいの?)

サブ職業AV男優…それになるにはなったが…将来はともかくとして、今は使う機会が無い事に彼は思い当たる。

(良く考えたらどうやって、試合(セクロス)まで持っていくんだよ?)

このサブ職業の持つスキルは、その活用法に問題があった。それは、初Hをするところまで辿り着けなければ、威力を発揮しない事だ。


だが、現在の当真はその場面(シーン)へと到達する方法と手段を、持ち合わせていなかった…。


これでは、サブ職業AV男優も宝の持ち腐れである。それで、当真は少しやる気を失っていたのだ。

(うーん…)

そこから彼は色々と考えてみた。例えば、初Hに持っていくために襲い来る敵を格好良く、ズバズバッ! とやっつけて俺TUEEE! なところを見せてから、
「好きですっ!」

と告白しようと考えた。しかし、ツヴァイに戦わせ…そして、アインに護ってもらう当真。それで、俺TUEEE! も何もない、強いのはアインとツヴァイだ。


これでは女性として、トキメキを覚えたりはしないだろう。召喚士では、格好が付かない。惚れさせて、初Hするのは無理だ。


当真は、そういう結論に至った。では、距離を縮めるために一緒に戦い、地道に好感度を上げてゆく。そうして、告白した場合はどうか?


…やはり無理だ。クラスカースト最下位。よくても、立ち位置がモブの当真では問題にならない。せめて顔立ちが美少年なら、

「こっ、怖いよー」

とか言って、相手の母性本能を刺激することで王道のルートが開けるかも知れないが…しかし、当真はクラスで一番身長が低い、という特徴をもっているだけのモブ顔だ。未だに名前を呼ばれる際、

「えーと」

などと、春奈先生に名簿を見られている始末だ。

(新卒の教員は覚える事が多くて大変なんだろうけど…)

しかし、入学してもう4ヶ月近く立つ。なのに、春奈先生から顔と名前が一致されていないとは…当真は、とても印象が薄い生徒のようだ。


さらに問題なのは、上手く告白出来たとしても、学校(周囲の人々)社会(他の大人達)が許さないという事だった。


自分に分かるくらいなのだ。社会常識…それは相手の方が、十分に承知していることだろう。例え春奈先生も、当真のことを好きだった、という奇跡が起きたとしても、

『私も君のことが好き。でも、私達は教師と生徒なの…立場が違いすぎる。絶対に上手くいかない。だから…ごめんなさい』

と結局は断られてしまうだろう。それが社会のルールだと思う。だが、以前の世界では無理でも…今は違う。


転移を果たした、この世界ならば…異世界という、この特殊な状況下ならば…そういう制約は無くなっているはずだ、と当真は思う。


しかし、大人の女性である春奈先生から見ると、色恋沙汰において当真は問題にならない存在なのだろう。

(名前覚えてないのが、いい証拠だ…)

そう当真が、うじうじと悩んでいたその時、

「んっ、これは?…」

あるツリーの存在が当真の目に留まる。

(遮音スキル? 認識阻害スキル?)

それらを擁する素晴らしきツリー。

「…もしかしてっ!?」

急ぎそのツリーの詳細を1つ1つ確認していく当真。

「俺の考えが正しければ…とんでもない事になるぞっ…」

5回にも渡るチェックの末、確認作業を終えた当真。そして確信する。サブ職業AV男優。この職業に、凄まじい可能性がある事に…

「夜這い系ツリー…!」

震える声で当真は呟いた。

「し、信じられない…」
夜這い…妻問いとも呼ばれるそれは、古式に則った日本伝統の文化であり…古来より受け継がれし秘法。男の願いを成就させる強引なる一手。

「…あ…あ…っ…」

当真は、ステータス画面を見つめたまま、動けずにいた…。

「なんという…僥倖」

そしてその身体がブルブルと震え出す。

「…いける、いけるぞっ!」

その事実に気付いた瞬間に…夢物語だと思っていた自身の願いが、現実のものへと変わっていた。


夢の中でしか叶わなかった行為の数々…それをそのまま、現実に移行して体現することができる。


もはや、妄想(ユメ)では済まされない。これは当真にとって、実現可能な世界となっていたのだ。

「機会がない?問題にならない? 違うっ! 機会を作るんだよっ! 問題にするんだっ!」

当真は、自身の行動力と積極性の無さを補うべく、身体中に力を漲らせていく。

「うおぉっ!」

飛び跳ねるように、起き上がった当真。彼はすぐさま腕立て伏せを開始する。

(絶対に手に入れてやるっ!)

まずは身体を鍛えること。そして、肉体を成長させることだ。賽は投げられた。もう後戻りは出来ない。元よりする気も無い。

(うふふっ、見ていろよ…)

アインは気付いていない。ツヴァイも気付かない。

「うふーっ、うふー!」

この腕立て伏せは、来るべき決戦に向けての鍛練なのだ。

「くぅ~っ、やってやるぅーっ!」

その昔…伝説に謳われる都があった。将来への希望を抱き野心に燃える。そんな若者達が等しく目指した場所があった。


理想郷(ユートピア)楽園(パラダイス)天国(ヘヴン)、様々な呼び名を持つ幻の都ガンダーラ…そこへ至れば、どんな夢でも叶うという。

「ヤルぞぉ! えいっ、えいっ、おーっ!」

そうして、当真は春奈先生という天国(ガンダーラ)を目指して行動を開始するのだった。
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