第4話 異世界サバイバル…壊れゆく日常②

文字数 2,977文字

地震発生直後。学園内にいた教員達は、すぐさま行動を開始した。

「まず、生徒達の安否確認。そして負傷者を発見した場合は、即座にこちらへ連絡を入れること」

集まった教員の数は、男女合わせて十六人。その前に立つ、中等部統括主任である天城美都(てんじょう みこと)からの指示が飛ぶ。

「各自、災害時のマニュアルに従って行動するように、しかし、想定外の場面に出くわす事も十分考えられます。その時は皆、迅速で柔軟な対応を心懸けなさい」

「はいっ!」

春奈を含め、皆が一斉に返事をして動き出した。素早く男女一組ずつのペアを組み、校舎から飛び出していく。

「よしっ」

ぱんっ! と両手で頬を叩いて、彼女は気合いを入れる。

「榛名先生、行きましょう」

「はいっ、よろしくお願いします」

春奈もペアを組み、校舎の外へ駆け出す。そして、指示された1年の女子寮に向かって、全力で走り出した。

「あれ…?」

しかし、5分程走ったところで、春奈達は奇妙な集団を発見する。

「ゴブッ?」

「ゴブゴブッ!」

その集団は全員が現実から、かけ離れた格好をしていた。

「…え?」

背の高さは、130~140センチくらい。緑色の肌に、醜悪な顔。粗末な服を着て、手には小さなナイフや棍棒を持っている。連中は脂ぎった目で、ギョロギョロと春奈達を見ていた。

「ゴブブ…」

「こっこれは…ゴブリン!?」

漫画や小説。そしてゲーム等で、お馴染みのモンスター。それが目の前にいた。
「な、なんで…」

その場で立ち止まり茫然とする春奈。

「榛名先生は、後ろに下がって」

春奈の様子に男性教員が、彼女を庇うように前へ出た。彼は集団を睨み付けて、

「なんだ、そんな格好をして? お前達は一体、何のつもりだっ!」

と大声でゴブリン達を一喝する。

「どこのクラスだ? 名前を言えっ!」

この騒ぎにかこつけて、生徒達がふざけてイタズラをしている…そう、思ったのだろう。男性教員は大した警戒心も持たず、更に一歩前へ出た。それを見た春奈は思わず、

「あっ」

と声を上げる。彼は、不用意に集団との間合いを詰めた。その動きにゴブリン達の目がギラリ! と光るのが春奈には分かったのだ。

「ゴブゥウ~…」

ゴブリン達が不穏な気配を放っている。しかし、彼はその事に気付いていない。

「気を付けた方が…」

そう春奈が声を掛けると、

「大丈夫、ここは任せて」

男性教員は片手を上げて、春奈の言葉を遮ると、

「この非常時に、お前達は何をふざけているんだ?」

そう問い質しながら、男性教員はズンズンと歩を進めた。そのまま、集団の目と鼻の先まで距離を詰める。そして、先頭にいるゴブリンの前にしゃがみ込むと、目線を合わせて、厳しく注意をし始める。

「あまり不謹慎な行動を取っていると、停学に…」

「ゴギャッ!」

その瞬間、ゴブリン達は一斉に男性教員へ襲い掛かった。

「ゴギャッ、ギャッ!」

「うおっ、何をするか!」

その声に構わず、ゴブリン達は男性教員に群がり、突き倒す。

「おまえらっ!」

尻餅をついて地面に転がる男性教員。そこへ、次々とゴブリン達が張り付いていく。

「ギャッ、ゴギャッ!」

一匹のゴブリンが、彼の上に馬乗りになり、

「ゴギャッ! 」

と叫んで、手に持ったナイフを振り下ろした。

「やめんかっ! 」

ゴブリンの持つ粗末なナイフが陽光を受けて、鈍い光が放つ。そして、ドッ! という肉の塊へ無造作に包丁を突き立てた時と同じ音が春奈の耳に届く。

「ぐおっ!? 」

胸の上を走った痛みに、一瞬彼は身体を強張らせた。そして、ゴブリンの集団は男性教員の手足にも張り付き、全身を押さえ付けている。


刺されたショックと相まって、彼は身動きが取れずにいた。そこに、ゴブリン達からの容赦のない攻撃が加えられる。


ザクッ! ザクッ! 

「ゴブギャー! 」

「ぐぅっ、ぐあっ! 」

ゴブリン達が雄叫びを上げる。そこからは、あっという間だった。

「ゴギャッ、ゴギャッ」

頭、肩、腹、腰、そして手足。


ザクッ、ザクッ、ザクッ…


ゴブリン達はところ構わず、ナイフを突き刺してゆく。


ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ…

「ゴギャッ、ゴギャッ!」

「うおっうおおっ!」

だが、ナイフに付いた刃はせいぜい3~4センチくらい。小振りにも満たない、その程度の刃だ。それを振り回すように扱うゴブリン達。しかし、そのやり方では、あまり深くは刺さらない。


元々、小柄で非力なゴブリンでは、ナイフを持っても大した威力を出せないし、相手にとって、致命的なダメージにはならないのだ。


体育教師として、鍛えられた肉体を持つ男性教員。彼の筋肉に阻まれ、ナイフは体の内部まで届かなかった。

「このっ、ガキどもっ!」

怒りを露にして、ゴブリン達を振り解こうと彼は腕に力を込めた。その時…

「ゴッブッブゥー!」

ダンッ! と足音を鳴らして、一匹のゴブリンがその場でジャンプする。飛び上がりながら、ナイフを持った右手を大きく振り被り、ゴブリンは男性教員の真上へ躍り出た。そこから落下の勢いを利用して、ゴブリンは右手に持ったナイフを叩き付ける。


ドスッ! …ズブリ…!


自重が乗り、威力を増したナイフが肋骨を通り抜け、男性教員の急所に滑り込む。

「ぎゃあぁっー…!」

ゴブリンの攻撃をマトモに受けた男性教員。彼は断末魔の悲鳴を上げると、そのまま動かなくなった。

「ゴブ! ゴブ! ゴブ!」

その様子を見ていたゴブリン達。奴らは、味方の活躍に興奮して喝采を上げる。そして、俺も俺もという感じで、男性教員の身体に群がり、ナイフを突き立てた。


ザクッ、ザクッ


その後も、興奮したゴブリン達は彼に対して、ナイフや棍棒を振るい続けた。

「ゴブブ、ゴブギャー」

ザクッ、ザクッ、ザクッ…


こうして、男性教員はゴブリン達に殺されてしまう。身長190センチ。厳つく、筋骨隆々という言葉が相応しい人物だった。同じ体育を受け持つ先輩として、春奈は尊敬していたのだ。


だが、ゴブリンとの戦いにおいて、彼は全く抵抗出来ずにやられてしまう。彼女の見ている前で、簡単にそして、あっけなく死んでしまった。


『ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク』


という嫌な音が、彼女の耳に張り付いて離れない。

(もう、助からない)

瞬時にそう判断すると、

(ごめんなさいっ!)

と春奈は、踵を返してその場から逃げ出した。もちろん、目の前の出来事にショックを受けていない訳ではない。ただ、幼少より祖父から受けていた教育が、彼女の判断基準の大半を占めていた。

(最初から、一緒に戦っていれば…)

その為…彼女の場合、緊急時における考え方が、一般のソレとは異なっている。その事が春奈に、恐怖や悲しみといった余分な感情を抑え込ませていた。


『自己の安全を最優先する』


それが祖父の教えだ。春奈は、自身が生き延びる方向へと、思考を向けたのだ。

(ひとまず、逃げようっ)

「ゴブッ!」

「ゴギャッ!」

走り出した春奈に気付いたゴブリン達が声を上げて、彼女を追いかけてくる。追っ手は10から20、そして30と次第にその数を増やしてゆく。

「ゴブッ、ゴブブッ」

(増えてるっ、なんでっ?)

「ゴブッ、ゴギャー」

ゴブリン達はまだまだ数を増やしている。囲まれたら終わりだ。

(追い付かれると不味いわね…)

「ゴブギャッ、ゴブゥッ」

(とにかく、助けを呼ばないとっ)

「ゴブブ、ゴブギャー!」

一度校舎に戻ろう。そう考えた春奈は、懸命に走りながら、来た道を引き返していった。
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