第6話 異世界サバイバル…壊れゆく日常④

文字数 2,028文字

「それにしても…」

見れば、春奈はすっかり取り囲まれてしまっていた。彼女は現在、グラウンドをグルッと囲むようにして植えられた木々の間を走っていた。その周りでゴブリン達が、ギャーギャーと鳴いている。

「よわったなーどうしようかなー」

ゴブリン達も学習をしたのだろう…力を付けた彼女を相手に、マトモに行っても跳ね返されてしまう。狩りの方法を変えなければいけない。ゴブリン達はその事に気付いたのだ。

「うーん、よしっ!」

そして、奴らは戦法をガラリと変えてきた。自分から攻撃するのを一切止めて、仲間達と共に彼女に対して、包囲網を展開してきたのだ。

「集団ストーキングはー」

現在ゴブリン達は、幾つかの集団に分かれて、春奈を遠巻きに包囲している。そのやり方は、彼女に言わせればただのストーカーだった。

「犯罪だよー」

彼女は間延びした声で、ゴブリン達に呼び掛けるが返事はない。どうやら、奴らは聞く耳を持っていないようだ。


やれやれ、といった感じで春奈は頭を振った。この手のやり方をされると、戦いが膠着してしまう。正直、彼女には打開策が思い付かない。

「はあー参ったなー」

困った彼女は、敵にストーカー行為を止めるように呼び掛けてみた。まあ、それで止めるような相手ではないのは、分かっているけど…。

「モテ期到来かー。嬉しくないなー」

人はその人生において、3回のモテ期があるという。しかし、春奈は今まで男性とは縁の無い生活を送ってきた。

「記念すべき第1回目のモテ期がゴブリン? そりゃないよ…」
□□□□

(これは…地味に効くわね)

各集団の存在が重圧(プレッシャー)となって、ジリジリと春奈の上にのし掛かってくる。木陰に隠れている奴等を含めて、ゴブリンの集団はあちこちにいた。

「やりにくいなー」

ひとつの集団に付き、大体ゴブリンが4、5匹いる。ざっと気配を探ってみたが、半径500メートル以内に50匹以上いるみたいだ。春奈が動く度に、そいつらがゾロゾロと後を着いてくる。

「ちぇっ、ほんとどうしよ…」

さすがに、一度に50匹を相手にすることなど出来はしない。

(うーん、問題は…このままだと、動けなくなることかな)

ゴブリン達が包囲の輪を縮めて、全員で春奈を攻撃してきたら、苦戦するのは必至だ。奴等がその手段を取る前に、手を打たなければならない…。

(追い詰められちゃったら、もう遅いもんね)

レベルアップが進んでいくと、様々な機能が解放されるという。きっと、ショップのような機能もあるに違いない。


色々と便利なアイテムが手に入るはずだ。しかし、今は回復薬(ポーション)の一つすら持っていない。怪我を負えば戦闘力が落ちる。それに対する回復の手段は無い。


今のところ、春奈に目立った負傷箇所は無いけれど、大きなダメージを受ければ、あの数には抗し切れなくなる。動くなら今の内に動くべきだ。

(よしっ、少しでも敵の数を減らそうっ!)

そう考えた春奈は、ゴブリンを削りに掛かった。彼女は、一番近くの集団に向かって一気に駆け寄る。

「くらえっ!」

「ゴブー!」

春奈は一撃離脱を計り、一匹ずつ敵の数を減らそうと試みた。

「このっ、ちょこまかとっ」

「ゴブ! ゴブ!」

しかし、この戦術は逃げ腰の相手には効果が薄い。

「勝負しなさいっ…て、逃げるなー」

ゴブリン達は春奈が押せば下がり、逆に引くと追ってくる。こうなると、彼女は敵を攻めあぐねてしまう。そして時間を追うごとに、形勢はゴブリン側に傾いていく。

「ゴブゥゥ!」

春奈の周りに、他の集団がどんどん集まり始めていた。奴らはそのまま数の力で、彼女を飲み込もうとする。

(げっ、冗談じゃないわ!)

目算でゴブリンの数が30を越えた時点で、春奈はその場から逃げ出した。そして、その後もゴブリン達との嬉しくない追い掛けっこは続いていく。

「ふぅ…」

暖簾に腕押し…というコトワザが、春奈の脳裏をよぎる。無理にこのやり方を続ければ、先にこちらがスタミナ切れを起こすだろう。

「これじゃ、ラチが空かないわね。それじゃ、三十六計逃げるにしかず…という事で失礼して…」

そう言うと、彼女はゴブリン達を迂回しながら、女子寮を目指してみたが…。

「ゴブッ!」

「むぅー!」

敵に要所要所で先回りをされて、進路を邪魔されてしまう。奴らはまるで、春奈の目的を知っているかのように立ち塞がり、数を集めて頑強に抵抗してくる。

「ゴブブ…!」

「ちいっ!」

そして気が付くと、彼女はグラウンドの方へと追い込まれていた。見れば、校舎で消火器をぶつけたホブゴブリンが、グラウンドの真ん中で待ち構えている。

「…あちゃー、やられたなー」

春奈は額に手を当てて、はあ…とタメ息をつく。一方、春奈をホブゴブリンの元に追いやる事に成功したゴブリン達は、

「ゴブゥーン!」

「ゴブゴブッ!」

と口々に叫び声を上げていた。

「ようやく獲物を追い詰めたっ! もうお仕舞いだっ! あの女は負けるぞっ!」

ゴブリン達の叫び声が、彼女にはそんな風に聞こえてくる。

「やるしかないか…」
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