第5話 異世界サバイバル…壊れゆく日常③

文字数 4,067文字

「はあっ! はあっ!」

ゴブリン達を振り切り、校舎内に逃げ込んだ春奈。

「はあっ! …確か、こっちに…」

彼女は、そこで武器になりそうな物を探しながら、素早く作戦を立ててゆく。

「これと、これくらいかなー」

そして彼女が選んだのは、暴漢対策用の刺股と消火器2つ。
(うーん…まず、あの数を倒すのはムリ。何とか逃げ切る為にも、別のアプローチがいる…倒せないなら、無力化すれば良い。よしっ、消火器の煙で目を潰して…その隙に逃げようっ)

バキバキ、バリンッ!


春奈が作戦を決めるのと同時に、玄関の方から扉が破られる音がした。ゴブリン達が春奈を追って、建物内に侵入してきたのだ。

「よしっ、来なさい!」

そう言って身構えた春奈の動きが、ピタリと止まる。

(げっ! …なにあれ…)

群れの中に、一際大きな体格をしたヤツが一匹だけ混じっていた。

(これはたぶん、ホブゴブリンてやつね…御丁寧に武器まで持っているわ)

ホブゴブリンは、2メートルはあろうかというその巨体にお似合いの、大きな斧を担いで春奈の方へと近付いて来る。

「ゴッゴッゴフー!」

そして彼女と目が合うと、ホブゴブリンは雄叫びを上げてみせた。

「ゴッフフゥー!」

「うっ…」

腹に響くその声を受けて、思わず春奈は顔をしかめる。更にホブゴブリンはその場に立ち止まると、頭の上で斧を振り回して彼女を威嚇し始めた。


ぶぉん、ぶぉん…!

(それは反則でしょ…)

ホブゴブリンは、他のゴブリンとは比較にならないサイズだ。身体の大きさが、まるで違う。その背丈は、春奈よりも軽く頭一つは高い。

(うわぁ~、どうしよ…)

春奈はチラリと周囲に視線を走らせた。

(けど、これ以上逃げ続けるのは、どーにも無理っぽいし…ここで一度、足留めをしとかないと。それに、地の利はこちらにあるし、ここならやれる…かも?)

一瞬の逡巡の後、彼女は覚悟を決める。

(よしっ、やるぞ!)

そう決断すると、春奈はすぐに行動を開始した。彼女は、足元に用意していた消火器を持ち上げて、それを両手で抱え込むと、

「よっ、いっ、しょっ!」

という掛け声と共に、そのまま円盤投げの要領で彼女は消火器ごと、クルクルと自分の身体を回転させる。

「ゴブオォー!」

そして、ぶん、ぶん、ぶんっ! と激しく身体を回転させながら、斧を振り回して吠え続けるホブゴブリンへ向けて、春奈は消火器を投げ付けた。

「くらえっ!」

ひゅーん! と消火器が廊下の上を舞って、標的のホブゴブリンへと飛んでゆく。

「ゴッフー?」

目の前に飛んできた消火器。一瞬それを呆けたように見るホブゴブリン。

「ゴウッ!」

そしてホブゴブリンは反射的に、飛んできた消火器を斧で打ち落とした。斧が当たり、切り裂かれた消火器の赤い表面がめくり上がる。


同時にガツンッ! と鈍い音が廊下に響くと、ブシュゥー! と床に転がった消火器から、勢い良くピンク色の粉が吹き出した。

「ゴオー!?」

ピンクの消火剤がホブゴブリンを中心として、ブシュシュー! と凄い勢いで辺りの空間一杯に広がってゆく。そして廊下は、もうもうとしたピンク色の景色に包まれた。
□□□□

廊下に巻き散らかされた大量の粉。それはゴブリン達の視界を奪い、その行動を制限する。

「ゴブギャー」

彼女の目の前で、煙に巻かれたゴブリン達が混乱(パニック)を起こしていた。

(よし、逃げようっ)

それを好機と見た春奈が身を翻して、その場から逃げようとした時。彼女にとって、僥倖とも言える出来事が起きた。

「ゴブー、ゴブー」

1匹のゴブリンが目を擦りながら、フラフラと春奈の方に近寄ってきたのだ。

「…えっ…」

無防備に過ぎる。まるで、殺してくれと言っているようなものだ…そして、このゴブリン達は、春奈の先輩である男性教員を殺した相手。人に害を為す魔物だ。一瞬の硬直を見せた後、春奈は動く。

(刺股では、駄目だわ…)

内心でそう呟いて、彼女は足元にある残りの消火器を両手で掴んだ。それを自分の頭の上まで持ち上げると、彼女はゴブリンの頭を目掛けて、一気に消火器を振り下ろした。


ぶんっ! ガツッ! ドサリ…


消火器による一撃を頭部に受けたゴブリンは、悲鳴を上げる事もなく、その場に崩れ落ちる。

「はあっ、はあっ!」

春奈は荒く息を吐きながら、動かなくなったゴブリンを見下ろしていた。消火器を持つ彼女の腕が小刻みに震えている。そして、それとは裏腹にスーッと頭の奥が冷えていく。


フラフラ…フラフラ…


そして1匹また1匹と、奴らは目を擦りながら春奈の所へ近付いてきた。


ぶんっ、ガツッ! 


奴らは飽きること無く、次から次へと彼女の元にやってくる。


ぶんっ、ガツッ! 


そして、春奈は手に持った消火器で、ゴブリン達を殴り殺していった。


ぶんっ、ガツッ!


何故か、律儀に1匹ずつ近寄ってくるゴブリン達。その事を頭の隅で、おかしい…と思いながらも、


ぶんっ、ガツッ!


彼女は、淡々と消火器をゴブリンの頭に振り下ろす、という作業を続けていた…。


ぶんっ、ガツッ!

「はあー、はあーっ」

その瞳は何の感情も浮かべていない。モンスター相手とはいえ、命を奪うという行為…それが、彼女の感情を冷たく閉ざしてしまったのだろうか…だから、気付かないのか…先程から、


ブブブッブゥン…


と音を立てて、ゴブリン共の死体が振動している事に…そして、霞のように消えていく死体。そこから、目に見えないマナと呼ばれる粒子がパッ! と放たれては、周囲に拡散している事に…更にはその一部を、自身が吸収している事を…まだ彼女は、気付いていなかった。

パカパッパッパッーパッパパーン!

「レベルアップしました」

「レベルアップしました」

「レベルアップしました」

「レベルアップしました」

「レベルアップしました」

突然、春奈の頭の中でメトロなファンファーレが鳴り響く。

「えっ?」

その音に、ビックリした春奈の手が止まった。

(あ、あれっ…)

そして、彼女の意識が真っ白になる…。
□□□□

「ステータス画面を開きます」

「これは…?」

春奈の目の前に、ゲーム等で良く見るステータス画面が浮かんでいる。

「職業を選択した後にスキルを取得して下さい」

「まるで、ゲームみたいね…」

ゲームは結構好きだ。大学時代は、週末徹夜でやり込んだりもしていた。

「ふーん、色々とあるわね」

彼女が指先で画面をスワイプしていくと、剣士とか格闘士とか、それから薙刀やら、杖やら、弓やら…何やら色々な物が、ズラズラッと画面一杯に出ていた。


春奈の母方の実家が、昔から続く武芸百般な道場を営んでいる。その影響もあって、春奈は子供の頃から体術やら武器術等を習っていた。


その為なのだろうか? ステータス画面に出てくる職業(ジョブ)は、どれも戦闘職ばかりである。それも、全て彼女自身が見知った物だった。

「一応、全部使えるけど」

そう言って、春奈はステータス画面に触れる。すると各職業(ジョブ)の詳細な説明が、頭の中に流れ込んできた。その説明によると、選択した職業(ジョブ)によって、各種の武器の扱いに精通し、特化するみたいだ。

「うん、これにしよう」
幾つか候補がある中…この職業(ジョブ)が、自分に一番合っているものだと分かる。何しろ、ピカピカと一際光っているのだから…。

職業(ジョブ)は武術家」

「選択された職業を確認しました」

職業(ジョブ)を取得すると同時に、自然とシステム全体を理解する。関連する系統スキルを修めていくと、スキルツリーが形成されていく。

(サブ職業(ジョブ)は、レベル15から開放されるのね)
そしてツリーが完成すると、強力な上位版スキルや、武器防具アイテム等が手に入る仕組みだ。

「スキルは、これとこれかな?」

ズラズラっと列記されたスキルの中から、ピカピカしている物を選ぶ。

「選択されたスキルを確認しました。知識の注入を開始…完了しました。これにてレベルアップを終了します」

「すーはーすーはー」

アナウンスが終わると、春奈は大きく深呼吸をした。

「うん、落ち着いてきた。そろそろ戻ろう」

そう言って、ステータス画面の終了ボタンを押した春奈は、意識を覚醒させる。
□□□□

「…?…?」

意識が戻った時、何故か目の前に斧があった。

(あれっ、これって…)

おそらく、消火器の煙で目をやられた、ホブゴブリンが投げたのだろう。

(つまり、わざと配下のゴブリンを私に殺させて、こっちの位置を探っていたのね。知恵は回るみたいだけど、悪趣味だわ)

春奈は、顔と身体を左にズラして、ひょいっと斧を避ける。次の瞬間、シュゴッ! という音が耳を掠めて、斧はそのまま後ろへと通り過ぎていった。


ガシャーンッ…! 


そして、遥か後方にある廊下の勝手口を突き破り、斧は外へと出ていってしまう。

(ふー、あっぶないっ。感覚系のスキルを選んでいて助かったわ)

廊下は消火器の煙で溢れている。まだしばらくは、敵の視界も効かないだろう。

(さて、逃げようかな…)

春奈はガラリと窓を開けると、外へと飛び出した。そのまま一気に突っ走り、ホブゴブリンから距離を取る。その後、彼女は目的の一年女子寮を目指して、大きく左へ進路を変更した。


中庭を抜けて、グラウンド方向へ向かう途中、再びゴブリン達に見付かってしまう春奈。彼女は取得したスキルを使い、素早く敵を倒すと、

「よし、ここに隠れよう」

そう言って体育倉庫の陰に隠れて、その場をやり過ごそうとする。

「ゴブギャッ!」

しかし、彼女はすぐにゴブリン達から、発見されてしまう。

「えいっ!」

ドカッ!
「ゴブギャッ!」
敵を素早く倒し、その場を後にする春奈。そして、今度は大丈夫だ。と思える場所(第二体育倉庫)に移動して彼女は隠れる。

「よし、ここなら…」

「ゴブゥ?」

「また!?」

何故か隠れる度に、すぐにゴブリン達に見付かってしまう春奈は、

「もうっ、なんでよっ!」

と文句を言って逃げつつ、襲い掛かってくるゴブリン達を、次々にやっつけていった。

「このっ!」

ドコッ!

「ゴブゥ!」

という感じで、ゴブリン達をトレインしながら、春奈は戦い続けていく。そして、彼女は少しずつレベルアップをしていくのだった…。
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