第12話 舞い降りた翼…Ainz②

文字数 3,620文字

「ゴブッゴブー!」

こちらに気付かずに、歓声を上げているゴブリン達。ちょうど、その後方へと跳んで来たツヴァイ。彼女はサッと剣を抜き放ち身を踊らせると、ゴブリン達の背後へと走り寄る。

「間抜け…」

そう呟いた次の瞬間、ズババババッー! と銀色の剣閃が宙を走り、彼女は一息で4匹のゴブリンを切り伏せた。

「ふん、他愛もない」

ツヴァイはそう言うと、新たな獲物を求めて地を蹴って移動する。未だ気付かず、背を晒し続けているゴブリン共…彼女は、その背中を問答無用で斬り付けていった。

(ふん…愚か者め)

そして、行き掛けの駄賃とばかりに、春奈の周囲を取り囲む、敵の一角を崩しに掛かる。

ズバッズバババッー!

「ゴペー!」

「ゴプー!」

彼女は格下相手(ゴブリン)に対して、容赦なく背後から斬り付けていく。それによって、瞬く間に周囲からゴブリンの姿が消えてしまう。

「こんなものか…」

あっという間に、ゴブリン達を屠ったツヴァイは、

「さて、どこにいる?」

と言い、周囲を見回して目標(ハルナ)を探し始めた。

「…あれか」

視界の右隅に土手を背にして、ホブゴブリンと対峙する女性の姿を認める。形勢は目標(ハルナ)にとって、かなり不利のようだ。ツヴァイの目には、せめて一矢報いようと機会を狙っている。そんな風に見えた。

「フッ、なんとか間に合ったようだな」

傷物にでもなっていたら、あのスケベ小僧に何を言われるか…分かった物ではない。

「では、あいつの望みを叶えてやるか」

彼女はそう呟くと、春奈に襲い掛かろうとしているホブゴブリン目掛けて、一気に駆け出した。

(それに、召喚者の精神の安定を計るのも、我等の役目だからな…)
□□□□

「あうっ! あああっ!!」

目の前が明滅する。景色が白と黒の交互に塗り潰されていく。そして、連続して襲ってくる痛みに、当真は悲鳴を上げていた。

「痛いっ、た、たすけて…」

その声を聞いたアインが、シュッと左手を横に振るい、直径40センチくらいの盾を出現させる。

「守りは万全…」

そう言って、彼女は左手に持った盾を、当真に向かって掲げて見せた。

「そうじゃなくて…」

「…安心…」

震える手で助けを求めるが、アインは無言で彼を見詰めている。当真が苦しんでいる事など、どこ吹く風と言った様子だ。

「あ…ああっ」

地面を転がり、うつ伏せとなった当真の口から、掠れた声が漏れた。段々と瞼が落ちて、彼は気絶しそうになる。その時、当真の右足にアインがグイッ! と盾の下角の部分を押し付けてきた。

「あっぐっ!?」

グリグリと盾が当たっているフトモモ部分。その箇所を起点として、新たな痛みが彼の全身を電流のように流れていく。

「ぎゃあっああーっ!」

痛みに耐えかねて悲鳴を上げる当真。その耳元にアインが囁いてくる。

「意識を失うと、スキルが解除される…」

「ぐっあああっ!?」

激痛の最中、その言葉を聞いた当真は、ハッ! とした表情でアインを見た。

「ツヴァイは引き戻され、対象の救助は叶わない…」

「ああああー!」

彼女の言葉の意味を、瞬時に理解した当真。彼は歯を食いしばり、必死になって意識を繋ぎ止めようとする。

「うぐぉっおおおー!」

「助けたいなら我慢…」

そう言って、アインは更にギュッと盾を押し付けた。

「ぐうっ!? …ぎぃ、ぎやあっー!!」

当真の口から絶叫が迸る。痛みにのたうち回りながら、少年は愛しい女性(ひと)の名を呼んだ。

「はるなっ…せんせぇー!!」
□□□□
(足掻けば何とかなる?)

やらないよりはマシだけど、この場合はそうじゃない。最善を尽くす、その思考を放棄してはいけない…春奈の好きな言葉に、乾坤一擲というのがある。これは、伸るか反るかの大勝負の事だ。


しかし、彼女の知る乾坤一擲とは、運頼みやその場の勢いに任せて行う物ではない。今までの人生の積み重ねが集約され、それが結果として現れる物だ。

「相討ち狙い? いや、最後まで自分らしく…」

だから、イチかバチかの賭けに出た結果、敗れるなんて事は容認し難い。彼女は、判断ミスで後悔などしたくないのだ。

「死中に活あり、ううん…違う」

私…生きたいのか? 助かりたいのか?

是か非か…これまでの自分を、そして人生の中身をここで求められるなら、奇をてらった答えなど出したくはない。

「大事なことは…最後まで自分らしく」

今、自身にとって必要なのは、心を揺らさない事だ。いつも通りにすれば良い、スタンスは崩さない。春奈はそう決めると、オーラとセンスにそれぞれSPを3ずつ割り振った。

パチ…

湧き出る生命(オーラ)が勢いを増し音を立てる。

パチッパチッ

より深まった感覚(センス)がオーラを駆り立て強い流れを生む。生み出された流れは、全身を巡り春奈の身体の隅々にまで力を行き渡らせた。

「ふーん。結構、変化するものね」

彼女は素早く自分の状態を確認すると、最後に残ったSPの割り当て先を決める。

「さて、これならオーラかな」

残りのSP1を使用して強化を終えると、春奈は右手に意識を集中させた。

バチッ

強化された感覚(センス)肉体(オーラ)に働きかけ、より濃密な流れを作り出しながら、一箇所に注ぎ込まれていく。

バチリッ!

彼女の右手から力が迸り、弾ける…準備は整った、吉と出ようが凶と出ようが、もう後悔はしない。

「これで良し」

そして、春奈の目の前で敵が手を伸ばし、彼女の間合いに入って来た。

□□□□

目標(ハルナ)に対して右手を伸ばし、捕まえようとするホブゴブリン。その動きに合わせて、ツヴァイは加速度的にスピードを上げる。そして、彼女は一気に敵の側面へと飛び込んだ。

(バカめ、隙だらけだ…)

内心で相手を嘲笑いながら、彼女は肩口と平行に構えていた剣を、素早く前方へ向けて突き出した。

蒼穹の鋭刃(フィルマメントエッジ)!」

青く鋭い剣閃が疾り、放たれた刃が敵を直撃する。

「ゴプブゥッー!?」

バッ! と血が吹き出すと同時に、敵が驚きの声を上げた。ツヴァイの一撃は、ホブゴブリンの右肩を大きく切り裂き、相手に浅からぬダメージを与えていた。


広範囲に裂けてしまった右肩を押さえて、ホブゴブリンはヨロヨロとその場から後ずさる。敵に対して、完璧な奇襲を決めたツヴァイ。その口元が満足気に吊り上がる。

「フッ…」

そして、彼女は技を放った勢いのまま、身体を右横へとスライドさせて、目標(ハルナ)とホブゴブリンとの間に割って入った。
□□□□

「あああっ!」

「我慢…」

裏山にて絶叫が上がり続けている。

「痛い、いたいようっ!」

「頑張る…」

目からボタボタと涙を流して、当真は泣き叫んでいた。

「死ぬ! 死んじゃうっ!」

「大丈夫…」

痛みを我慢出来ずに、泣きじゃくる当真。彼の側には一人の女性が付いている。その姿はまるで、泣き止まない幼児を相手にして困っている、保母さんのようだ。

「ぐわあああー!」

「あと少し…」

我慢、我慢と言って、アインは手に持った盾を更にギュウーと、当真に押し付けてくるのだった。
□□□□

「よく聞け」

目標(ハルナ)と交代するように、敵と対峙したツヴァイ。彼女は、背後の春奈に簡単に状況を告げる。

「後方の敵は一掃してある」

「あ、あなたは…」

春奈の問いかけに、ツヴァイは取り合わない。現在、彼女の召喚主(トーマ)は痛みにより、精神力をガリガリ削られている最中だ。

「後ろへ逃げろ」

「えっ?」

悠長に会話をしている余裕は無かった。あの小僧、性欲は一端だが…まだ幼い。精神・肉体共に初期段階にあり、圧倒的に未成熟だ。


目の前の春奈と比較すれば、その差は一目瞭然となる。まさに大人と子供だ。果たしていつまで持つか…ツヴァイ自身、時間が惜しいのだった。

「ホブゴブリンは無理だ」

「はい?」

「倒せない」

「わ、わかったわ…」

春奈は身体中からオーラを噴き出して、一時的に全身の痛みを消す。

「ありがとう、助かったわ。でも、あなたは大丈夫なの?」

グイ、グイッーと手足を動かして、怪我の具合いを確かめながら、春奈はそう訊ねた。

「逃げるだけなら、何の問題もない」

「二人掛りなら、倒せると思うけど…」

春奈はそう提案する。先程の一撃といい、目の前の女性は強力な戦士のようだ。二対一なら勝機は十分にあると思う。しかし、春奈の申し出は即座に却下される。

「私の目的は、お前の救出だ」

「うん? なんで?」

「説明している暇はない。早く行け」

「そっか、ミイラ取りがミイラになる訳には、いかないものね」

聞きたいことは多々あれど、今はこの状況を何とかする事が最優先だ。春奈は質問を打ち切り、これ以上この場に留まることをやめる。

「分かったわ。この恩は必ず返すから、死なないでね!」

そう言って、クルリとツヴァイに背を向けると、春奈は一気に走り出す。そうして、ツヴァイが空けた後方のスペースに飛び込むと、彼女はそのまま女子寮へと、一目散に逃げ出していく。

「フッ、見事な逃げっぷりだ」

その迷いの無い後ろ姿に、好感を持ったツヴァイは面白そうに笑った。
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