第3話 異世界サバイバル…壊れゆく日常①
文字数 3,174文字
…領域転位特例法の定めるところにより、ファースト討伐者 水森当真へ特典を授与する…
これより、対象者に対して特典夢見を実行する。
その女性は、何かから逃げるように走っていた。おそらく、全力疾走をしているのだろう。彼女は凄いスピードで、ビュンビュンと走っていく。
前下がり、切りっぱなしのボブの前髪が、激しく揺れている。その鳶色の瞳には、焦りや不安といった感情が浮かんでいた。艶やかな唇は真一文字に結ばれている。
彼女の名前は榛名春奈。今年から私立水上学園に勤める新任の女教師。そして、当真達の体育の授業を受け持っている先生になる。春奈先生は、ゴブリンの集団に追われていた。
そのゴブリン達は、身長140センチ程度の小さな体格をしている。1、2匹なら襲われても問題ないだろう。しかし、追い掛けてくる連中は数が多い。50匹はいる様だ。
そしてその中には、一際ひときわ体格の良いオーク並みのゴブリンもいた。これはたぶん、ホブゴブリンというやつだろう。ソイツは集団の最後尾から、のっし、のっし、とゆっくり春奈先生の後を追って来ている。
その状況を見て人知れず当真は呻いた。これは1人では絶対に勝てない。
このままでは、春奈先生が奴らに捕まってしまう。
当真は力の限り叫ぶ。
カシャッ、カシャッカシャッ
そして、場面が飛んだ。
ここは多分、1年の女子寮だ。
そう悪友に誘われて、一度来たことがある。本当は発育の良い、2・3年生の女子寮へ行きたかったのだが、
余談だが、1年生の寮は男女ともに本校舎の近くに建物が配置されている。2・3年生の寮がある場所からは、距離が離れていた。
学園生活に慣れていない新入生。その寮を教員達から目の届きやすい、校舎側に置く。これは学園として当然の配慮なのだろう。そして今、その1年生女子寮内では、暴力の嵐が吹き荒れていた。
ガシャン、ガシャン!
寮内は、あちこちで壊された備品等が散乱していて画面越しに、その激しさを伝えてくる。
ガチャ、ガチャーン!
そこでは、1年女子生徒達が裸に剥かれ、床に転がされていた。彼女達は為す術もなく、ゴブリン達に押し倒されている。
1年女子生徒達は、ついこの間まで小学生だったのだ。身体もまだ小さい。140センチ程度とはいえ、ゴブリンに複数で掛かられては、抗しきれない。彼女達は、そこら中でレイプされていた。
思わず当真はその光景から目を背ける。
震えるような怒りと共に、吐き気が込み上げてくる。これは、犯罪行為だ…見ているだけでトラウマになる。
カシャッ…
そこで、また場面が切り替わる。
次に見えたのは、2年・3年生の2つの女子寮の光景だった。こちらにも、ゴブリン達が群がっていた。
陰鬱な気分になりながら、映像を見ていた当真…だが次の瞬間、ハッとなり画面を見入る。
女子寮の玄関先で、激しい戦闘が行われていた。ゴブリン共を相手に、皆が必死に戦い抵抗している。
ゴブリン共をやっつけていくその
カシャカシャ…
そして、また画面が切り替わる。
当真の前に次の映像が映し出された。今度は1年男子寮。ここにはオーク達がいた。
カシャ、カシャ
続いて2年・3年の男子寮。ここにもオークがいる。
カシャッ、カシャン
画面が3分割されえ、1~3年の男子寮全体が一度に見えるようになった。どうやら、女子生徒の方にはゴブリンが…男子生徒の方には、オークが襲い掛かって来ているらしい。
運が悪かった…そうとしか、言いようがない。ゴブリン相手ならまだしも、2メートルはある巨体を誇るオークが相手では、最初から勝負にならない。
ブォン、ドンッ! …ベシャッ、ボキボキ…
1人の男子生徒が壁に叩き付けられて、全身から血を吹き出して絶命する。
それを、横で見ていたオークが真似をした。おもむろに手を伸ばし、近くにいた男子生徒を捕まえると、片手で壁に放り投げる。
ブォン、ドンッ! …ベシャッ、ボキボキ…
更には、それを見た他のオーク達が、次々と真似をし始めた。
ブォン、ブォン、ブォン…
まるで、野球部の壁当てを見ているようだ。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
投げられたボールは、次々に潰れていく。
ベシャッ、ベシャッ、ベシャッ、
ボキボキ、ボキボキ、ボキボキ…
そして、この壁当ては流行り物のように、オークの群れ全体に伝播していった。
ベチャッ、ベチャリ…
1・2・3年の男子寮の壁は、すっかり朱色で塗装されてしまっている。
ズルルッ、ドサッ…
逆大の字で、逆さ磔にされた男子生徒達。その死体が壁から滑り落ちる頃…オーク達は壁当てに飽きて、ブラブラと辺りを徘徊し始めた。
当真はガックリと落胆する。だが、それも仕方の無いことだ。いくら上級生もいるとはいえ、所詮は中学生だ。身体的にオークより大きく劣る。倒すなら、当真がしたように不意を突くしかない。
しかし、1年・2年・3年の男子生徒達は、すでに壊滅状態だ。とても戦える状態ではない。作戦を練ったり、罠を仕掛けたりする時間的な余裕も無い。このままでは全滅するだけだ。
仲の良かった、同級生や先輩達の顔が脳裏に思い浮かぶ。
そう、当真は祈った。
カシャッ、カシャンカシャン…
そして、再び場面が飛んだ。
ドンッ!
廻し蹴りを首筋に叩き込まれたゴブリンが、その場から吹き飛んで沈黙する。
背後から、飛び付いてきたゴブリンに対して、クルリと身体を回転させる。そして、その側頭部に彼女は猿臂を炸裂させた。
ドカッ!
他のゴブリンは、素手や小さなナイフを持つくらいだったのだが…しかし、遠くからこちらを見ている、一体のホブゴブリン…ヤツは、大きな斧をその手に持っている。
その大きさは、春奈の部屋にあるTV32型位のサイズだ。あんな物を振り回されては、危なくてとても素手では近付けない。
春奈はそう言うと、チラリと周囲に視線を走らせる。
見れば、あちこちにゴブリン達の姿があった。春奈は、敵にグルリと囲まれている感じだ。