第3話 異世界サバイバル…壊れゆく日常①

文字数 3,174文字

…領域転位特例法の定めるところにより、ファースト討伐者 水森当真へ特典を授与する…


これより、対象者に対して特典夢見を実行する。

□□□□

「はあっ、はあっはあっ」

その女性は、何かから逃げるように走っていた。おそらく、全力疾走をしているのだろう。彼女は凄いスピードで、ビュンビュンと走っていく。


前下がり、切りっぱなしのボブの前髪が、激しく揺れている。その鳶色の瞳には、焦りや不安といった感情が浮かんでいた。艶やかな唇は真一文字に結ばれている。

「ハァハァ…ほんとうにっ、しつこいっ」

彼女の名前は榛名春奈。今年から私立水上学園に勤める新任の女教師。そして、当真達の体育の授業を受け持っている先生になる。春奈先生は、ゴブリンの集団に追われていた。


そのゴブリン達は、身長140センチ程度の小さな体格をしている。1、2匹なら襲われても問題ないだろう。しかし、追い掛けてくる連中は数が多い。50匹はいる様だ。


そしてその中には、一際ひときわ体格の良いオーク並みのゴブリンもいた。これはたぶん、ホブゴブリンというやつだろう。ソイツは集団の最後尾から、のっし、のっし、とゆっくり春奈先生の後を追って来ている。

「なんて事だ…」

その状況を見て人知れず当真は呻いた。これは1人では絶対に勝てない。

「いけないっ!」

このままでは、春奈先生が奴らに捕まってしまう。

「春奈先生ーっ、逃げてー逃げてーっ!」

当真は力の限り叫ぶ。


カシャッ、カシャッカシャッ


そして、場面が飛んだ。

□□□□

「……」

ここは多分、1年の女子寮だ。

「風呂を覗こう」

そう悪友に誘われて、一度来たことがある。本当は発育の良い、2・3年生の女子寮へ行きたかったのだが、

「相手は先輩だから、見付かったら大変なことになる」

と2人とも気後れしてしまい、結局、目標を1年生女子寮にしたのだ。しかし、当真達が到着した時には、すでにお風呂の時間が終わっていて、作戦は失敗に終わった。


余談だが、1年生の寮は男女ともに本校舎の近くに建物が配置されている。2・3年生の寮がある場所からは、距離が離れていた。


学園生活に慣れていない新入生。その寮を教員達から目の届きやすい、校舎側に置く。これは学園として当然の配慮なのだろう。そして今、その1年生女子寮内では、暴力の嵐が吹き荒れていた。


ガシャン、ガシャン!


寮内は、あちこちで壊された備品等が散乱していて画面越しに、その激しさを伝えてくる。


ガチャ、ガチャーン!

「ゴブッゴブッ!」
「うあぁーっいやー!」

そこでは、1年女子生徒達が裸に剥かれ、床に転がされていた。彼女達は為す術もなく、ゴブリン達に押し倒されている。


1年女子生徒達は、ついこの間まで小学生だったのだ。身体もまだ小さい。140センチ程度とはいえ、ゴブリンに複数で掛かられては、抗しきれない。彼女達は、そこら中でレイプされていた。

「ゴブーゴブー! 」

「あああっいっいっやー!」

遠慮など何もない。当真の目に映るそれは、ただ己の欲望をぶつけるだけの、醜悪な行為にしか見えなかった。

「うっ…」

思わず当真はその光景から目を背ける。

「酷すぎる…」

巻き起こる暴力のせいで女子寮内は、どこもグチャグチャだった。

「ゴブッー!」

「いやあぁーっ!」

ゴブリン達が歓喜の声を上げる。それとは対照的に、1年女子生徒達からは悲鳴が上がっていた。

「……」

震えるような怒りと共に、吐き気が込み上げてくる。これは、犯罪行為だ…見ているだけでトラウマになる。


カシャッ…


そこで、また場面が切り替わる。

□□□□

次に見えたのは、2年・3年生の2つの女子寮の光景だった。こちらにも、ゴブリン達が群がっていた。

(ここも、ダメだろう…)

陰鬱な気分になりながら、映像を見ていた当真…だが次の瞬間、ハッとなり画面を見入る。

「こっ、これはっ!?」

女子寮の玄関先で、激しい戦闘が行われていた。ゴブリン共を相手に、皆が必死に戦い抵抗している。

「やあああー!」
ザクッ!

「ゴギャッー!」

画面には、手に剣や槍を持った女子生徒達が、ちらほらと見える。その中には、炎を放ってゴブリンを焼き殺している者もいた。

(さすが上級生…凄いぞっ!)

ゴブリン共をやっつけていくその場面(シーン)を目にして、当真は両手を握り締めると快哉を上げる。


カシャカシャ…


そして、また画面が切り替わる。

□□□□

当真の前に次の映像が映し出された。今度は1年男子寮。ここにはオーク達がいた。


カシャ、カシャ


続いて2年・3年の男子寮。ここにもオークがいる。


カシャッ、カシャン


画面が3分割されえ、1~3年の男子寮全体が一度に見えるようになった。どうやら、女子生徒の方にはゴブリンが…男子生徒の方には、オークが襲い掛かって来ているらしい。

(しかし、これはひどい…)

運が悪かった…そうとしか、言いようがない。ゴブリン相手ならまだしも、2メートルはある巨体を誇るオークが相手では、最初から勝負にならない。


ブォン、ドンッ! …ベシャッ、ボキボキ…


1人の男子生徒が壁に叩き付けられて、全身から血を吹き出して絶命する。

「グォッ!」

それを、横で見ていたオークが真似をした。おもむろに手を伸ばし、近くにいた男子生徒を捕まえると、片手で壁に放り投げる。


ブォン、ドンッ! …ベシャッ、ボキボキ…


更には、それを見た他のオーク達が、次々と真似をし始めた。


ブォン、ブォン、ブォン…


まるで、野球部の壁当てを見ているようだ。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


投げられたボールは、次々に潰れていく。


ベシャッ、ベシャッ、ベシャッ、


ボキボキ、ボキボキ、ボキボキ…


そして、この壁当ては流行り物のように、オークの群れ全体に伝播していった。


ベチャッ、ベチャリ…


1・2・3年の男子寮の壁は、すっかり朱色で塗装されてしまっている。


ズルルッ、ドサッ…


逆大の字で、逆さ磔にされた男子生徒達。その死体が壁から滑り落ちる頃…オーク達は壁当てに飽きて、ブラブラと辺りを徘徊し始めた。

(誰も、オークを倒せないのか…)

当真はガックリと落胆する。だが、それも仕方の無いことだ。いくら上級生もいるとはいえ、所詮は中学生だ。身体的にオークより大きく劣る。倒すなら、当真がしたように不意を突くしかない。


しかし、1年・2年・3年の男子生徒達は、すでに壊滅状態だ。とても戦える状態ではない。作戦を練ったり、罠を仕掛けたりする時間的な余裕も無い。このままでは全滅するだけだ。


(何とか、逃げてくれ…)

仲の良かった、同級生や先輩達の顔が脳裏に思い浮かぶ。

(頼む…)

そう、当真は祈った。


カシャッ、カシャンカシャン…


そして、再び場面が飛んだ。

□□□□

「このっ、邪魔だからっ、どいてよね!」

ドンッ!

「ゴッブ…」

廻し蹴りを首筋に叩き込まれたゴブリンが、その場から吹き飛んで沈黙する。

「ゴブッゴブゴブー!」

「くっ付くな!」

背後から、飛び付いてきたゴブリンに対して、クルリと身体を回転させる。そして、その側頭部に彼女は猿臂を炸裂させた。


ドカッ!

「ゴッぶぅ…」

「あっ、レベルが上がった。さてSPを振ってと、これで良し」

そう言って、再び春奈先生は走り出す。

「うーん、どうしようかなー」

他のゴブリンは、素手や小さなナイフを持つくらいだったのだが…しかし、遠くからこちらを見ている、一体のホブゴブリン…ヤツは、大きな斧をその手に持っている。


その大きさは、春奈の部屋にあるTV32型位のサイズだ。あんな物を振り回されては、危なくてとても素手では近付けない。

「くっ、しまった。武器系の職業(ジョブ)を取っておけば良かった」

春奈はそう言うと、チラリと周囲に視線を走らせる。

「どーにも見逃しては…くれないみたいね」

見れば、あちこちにゴブリン達の姿があった。春奈は、敵にグルリと囲まれている感じだ。

「まったく、ここを通らなきゃ、1年生の女子寮に行けないのに」
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