第13話

文字数 1,157文字

 ヒナは講師の多賀谷雄介から二週間あまりほっとかれている。以前までは二日と置かずに研究室への呼び出しがあった。確かに「懸賞問題の解決」とやらで忙しいのは判る。だけど、LINEの一本もくれていいのでは?
 焦るヒナ。もう自分のことなど忘れちゃったの? 研究室を横目に家路につく毎日。大学構内にも吹奏楽のサークルが奏でるクリスマスソングが流れる。ヒナは雄介と一緒にクリスマスを過ごしたい。
 この日は違った。通り過ぎずにひとり研究室に向かった。
 トントン
 乾いた木製ドアの響き。やがて、ドアが開けられた。
「あ、ヒナちゃんじゃない?」
 雄介の驚いたような声があがる。ヒナはその声に失望する。やはり、自分ことなど忘れていたんだ。
 ヒナはソファーに招かれ形ばかりの接吻を受ける。違う。心がこもってない。胸は少しもトキメカない。
「ちょっと待ってて、パソコンを仕舞ってくるから」

 雄介はそう言い残して部屋の奥に消えた。その時だった。彼のスマホが接待机の上で撥ねた。画面には、綺麗な女性の写真が浮かぶ。「灯」と名前が点灯している。それを見て、ヒナはキレた。
 冷静さを失い、雪花に言われたことを忘れてしまつた。
「先生、オンナの人から、灯さんから電話ですよ!」
 大声をあげた。そして姿を現した雄介に向って、今まで抱いて来た疑問をぶつけた。
「先生はあの日、教授の家に行きませんでしたよねぇ。次の日に教授から聞きました。誰も訪ねてなんか来ないって。そんな生徒のことも覚えがないって。また、その日、泥棒に入られたって言ってましたよ」
 呆然とする雄介に、立ち続けにまくしたてるヒナ。
「わたし利用されたんだ。教授の住所を盗み出して、教授をおびき出させて、その隙に何かを盗んだんだ。先生は、そのスマホの灯さんのことが好きなんだ。わたしには分かる。バカにしないでください」
 ヒナは泣き顔になっていた。悔しくてせつなくて。こんな気持ちは産まれて始めて。そのまま出て行こうとする処を雄介に捕まった。
「そんなわけないよ。僕が好きなのはヒナだけだよ。ごめんね、今までほっといて。ホントに悪かった」
 ヒナはいつしか雄介の腕の中で泣きじゃくっていた。ほどなくいつもの抱擁が始まった。甘美な至極の悦楽。しばらく飢えていたもの。そしていつになく激しかった。ヒナの声は嗚咽から嬌声に替わった。
「あの日、このスパコンで偶然に発見したんだよ。「コラッツ予想」の解決の数字を。それで教授どころではなくなってしまった。
 おかしいな、僕のことを忘れるなんて。第一、空き巣に入られたと言っても、金品を盗まれただけなんじゃないの?」
 ヒナはもうどうでもよかった。身体の渇きは潤った。今は雄介の元で幸せだった。そして、教授の言葉をとうとう言わなかった。
 泥棒の目的はパソコンの中身だよ―
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