第2話

文字数 3,062文字

 加奈は美人ではないけれど170㎝の長身で運動神経(バスケ部のキャプテン)がよくて腕力ではとても敵わない。孤高の一匹狼。そんなイメージ。彼女がそばにいるだげでクスクス笑いは嘘のように止んだ。
 彼女が居なかったらたぶん、2年の2学期から不登校になっていただろう。ヒナの家は両親が共稼ぎで帰宅時間は遅い。2歳下の弟と4歳下の妹の世話はヒナの担当で頼りにされていた。(不登校)はムリだ。
 それからは加奈の後ろにくっついて高校生活を過ごした。ただ、彼女の自宅は貧乏だった。
 学校帰りのファストフード代。コスメとファッション、マンガ、ゲーム…その他女子高生の瞳が輝く品々への負担はヒナの役割となった。と云っても共用品と云うこと。一緒に使う。服のサイズは違うが昨今のファッションはザックリふっくりが好まれる。不都合はない。
 だけど敵がまったく排除された訳ではない。結衣、詩、咲良この3人組には要注意。加奈が怖くて表立っては行動には出ない。けど時たま呟く。
「勘違いブスはイヤ。瞼も一重だし出っ歯だしねぇ、フ、フ…」
 誰を指しているのかはすぐに分かる。自分でも引け目を大いに感じている。それからヒナは(夜ごとアイプチ)を繰り返す。休日には昼もアイプチ。一度かぶれて皮膚科の世話になったがそんなことは言ってられない。同時に歯科矯正(保険適用内で)もはじめる。目指すは(日向坂の小坂奈緒)。プロポには自信がある。
 さてさて、JD1となってからp活で稼いだお金は、長崎に行ったただひとりの友人、加奈に遭いにゆくために全て費やされた。コロナでバイトを失った加奈はご多分に漏れず金欠だった。彼女は容姿からp活には向かないし、長崎のような地方都市では捜すパパも過疎ってる。
「最初からやり直しだ」
 ヒナはTwitterでp活募集をかける。夏休みのふた月、アカウントをログアウトしていたため定期のパパさんも減ってしまった。女子学生には夏休みはパパ獲得の絶好のチャンス。優良パパをほかのpjに奪われてしまったのだ。
 唯一残ったのが例の教授。でも、独りだけに整形美容費をいくらなんでも出させる訳にはゆかないだろう。ヒナは安くて美容整形が出来ると評判の韓国に行きたい。いずれにしてもコロナが終息してからのことだ。
 今はとにかく稼がなくてはならない。どう見積っても200万円は欲しい。月8万円で2年後に韓国に行く。さすがにコロナも終わっているはず。美人になって、悪口言った奴らを絶対に見返してやる。もはや執念、執着、復讐の鬼。
 どう治すかって?
 それは完全二重。鼻筋を通して、顎を削る。そして仕上げに豊胸する。アンドロイド・ヒナを創り上げる。そして奴ら3人の前でお披露目するんだ。
 Twitterには早くも20の反応がある。けれど90%はクズ。残りの2名と交渉する。親バレしたヒナに残された時間は午前中で授業が終わる水曜日と土曜日だけ。門限は8時なのでこの両日に集中させる。親には5時限まであると説明してある。
 自宅は群馬県高崎市、大学は都内港区にある。片道で2時間かかる。昼から遅くとも5時半にはp活を終了したい。
 そんな孤立無援のヒナに友達が出来た。加奈と同様に、学内ラウンジでお昼のサンドウィッチを食べていると隣の席に座り込んで来た。驚くのは二度目。でも加奈で慣れていた。

「隣に座ってもいい?」
 たぶん同じ学年の子で、髪はセミロングな自分と違い切りっ放しボブのショートヘアー。可愛らしい印象だった。どこか懐かしい気もする。服も同じミニのワンピ姿。色が自分は黒で彼女はピンク。
「わたし吉岡雪花(せな)よろしくね。ヒナちゃんのこと、前から知ってるよ。一度話してみたかったんだ」
 雪花はニコリと笑って舌を出した。太々しい態度。なんか加奈の時とよく似ている。でも、名前までどうして知ったんだろうか?
「どうして、わたしの名前まで知ってるの?」
 雪花は机を指さした。その先には筆記用のノートが一冊。ヒナと大きな字で記されている。何でも名前を記すように母親から指図されて育った。ヒナは可笑しくて笑い出した。
「何にでも名前書いちゃう。子供だよね?」
「ヒナちゃんのいいとこだよ」
 雪花も笑った。それから二人は学内ではいつも一緒に行動した。学部はヒナが英文に対して雪花は仏文だった。偶然にも住まいも同じ高崎市だった。駅はひとつ手前だったけど。
 授業が終わって申し合わせて二人仲良く帰路につく。大学生活の加奈版となった。だけど、水曜日と土曜日だけはヒナにはp活がある。一緒には帰れない事情があった。言いあぐねていると、
「お仕事、頑張ってね! でも気を付けなければダメだよ」
 と言われた。ヒナは事情を話した。どうしてお金が必要なのかを。そして、成りたい自分の理想の写真を見せた。それはたぶんインスタ、TikTokから理想に近い写真を勝手に借用したものだった。
 名前も勝手にモナと名付けている。韓国好きなヒナには相応しい名前。ちょっとしたお気に入りでもある。整形したら、自分の名前もモナに替えるのも悪くはない。そんな風にも考えていた。
 雪花はしばらく考えて、
「しばらくはヒナちゃんの考え通りにしてみるしかないね」
 ヒナは雪花を羨ましく思った。歯並びも美しく、小顔で顔の輪郭も卵型。申し分ない。そういえば「モナ」にも似てるかも。これって親ガチャかな?
「雪花ちゃんは、なんか欲しいものないの? バイトはしてないの?」
 この時、雪花はいつもと違うちょっと厳しい眼付きをした。
「私ね、両親が居ないの。孤児院がお家なんだ。だから、帰ってから子供たちの面倒を見るのがお仕事」
 これって物凄いカミングアウトだ。ヒナはしばらくまさに開いた口がふさがらなかった。なんて言ったらよいのか分からない。同情すべきなんだろうが、旨い言葉がみつからない。
「あ、大丈夫だよ。慣れてるから。同情の言葉捜してたんでしょう。みんなそう」
 すっかり気持ちを見抜かれている。
「でもね。決して引け目は感じてないし両親が居れば居るで大変そう。じゃ、ない?」
 あれ、本心まで覗かれてる。
「うん、母親が五月蠅くて、別にオトコの人と変な関係になんてなってない。信用してくれないんだよ。それが不満。門限が厳しくて整形費用が上手く貯まんないの」
「ふふふ、心配してくれる人が居ていいなぁ」
「ええ、そんな悠長な、弟との妹の面倒、、」
 言いかけて途中で止した。彼女には家族が居ないのだ。
「大丈夫だよ。わたしには孤児院の子供たちが家族。そしてシスターが母親かな。大勢居て楽しい」 
 ヒナには想像も出来ない暮らしぶり。
「それって、キリスト教系の?」

「そだよ。毎日、礼拝がある。全員参加で。あ、私も子供たちの面倒があるから、門限はあるようなもんだよ」
「ごめん、洋服とかは?」
「信者の皆さんから頂けるの。お子さんの古着とか。このワンピもそう。靴も」
 そう言えばヒナは流行の厚底を履いてるけど雪花はローファーだ。背丈は同じぐらいかな。雪花の化粧は品よく薄くなされている。
「化粧品は?」
「あ、ちふれ。シスターは化粧しないから、これだけは自分で買う」
「でも、お小遣いは?」
「孤児院への寄付金の中から毎月貰うよ。学費などは財団が出してくれる。ただその分、一生かけて孤児院を支えなくちゃならない」
 何だか眼から鱗の世界。
 やがて雪花の最寄りの駅に着き、
「じゃ、また明日ね。いつもの電車で。待ってるね」
 彼女のスレンダーのプロポは暮れなずむホームに朱色に染まった。
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