第10話

文字数 1,810文字

 雄介は大手電子機器メーカーとの面談を終えて研究室に独り残された。パトロンの企業体からは成果を求められた。成果とは直接企業体に利益を還元する発明品、或いは企業名をのし上げる業績。
 企業に属しながらノーベル化学賞を受賞した日本人もいる。これは企業体への直接の利益よりは莫大な宣伝効果をもたらした。ノーベル賞受賞者を抱える企業。顧客、取引業者、または自社社員へと与える影響は計り知れないものがある。
 雄介はいま自分に求められていることの重みをひしひしと感じている。もちろん研究室全体のことだ。責任は担当教授にある。しかし新たな発見、発明は柔軟な思考能力を持つ若手研究者に託されている。
 自分はいまや〇大アルゴリズム研究室におけるエース。責任は重い。来年にはこのメーカーの研究開発部門の外部技術顧問への就任が決まっている。素早く練りに練った計画を実行に移さなければならない。
 時を交わさずに機会は巡って来た。3時のおやつの時間に例のJDグループがスイーツを持って訪ねて来た。例のパパ活女子も一緒にいる。これで何度目かにはなる。彼女はいつも雄介をジッと見つめる。
 時たま視線を合わすとあえかなる赤心に下を向く。モテる雄介には確信があった。この日は最後に部屋を出る彼女を呼び止めスパコンの裏に誘う。何気にやって来た女子の瞳はやはり雄介に向けられている。

 雄介は彼女の腕をとり、やや乱暴に抱きしめキスをする。最初こそ躊躇ったがすぐに舌を受け入れた。濃厚な口づけは10分あまり続いた。乳房までもまさぐる。彼女は軽く嗚咽の声をあげる。
 スパコンの稼働音に搔き消される中で、
「みんなが怪しむ。また明日、ひとりでおいで」
 彼女はやはり視線を外さぬままに頷き研究室を後にした。少々危険ではあるが彼女は秘密を厳守することを知っている。♀族は常に特別な存在であることを望む。
 それから何度か研究室で逢瀬を重ねる。まさに秘め事。八重歯とソバカスの可愛い彼女は素直に愛おしかった。灯とはまた違った女子の魅力があった。彼女にとっては大人の男性との初めての性体験。気分が上がらぬ筈はない。
 行為は数を重ねるごとにエスカレートしてゆく。それは遭うたびごとの楽しみにも変わっていった。
 鍵を掛けた研究室のソファーで濃厚なキスを交わしたあとに、時を見計らっていたかのように、雄介はヒナに質問する。
「この前、偶然に明治通り沿いでヒナを見掛けちゃったんだよ」
 慌てるヒナ。何を言われるのか察知したようだ。オンナの勘は鋭い。急に首を横に降り始める。
「初老の男性と一緒にネカフェに入って行った…」
 ヒナは今にも泣きだしそうな面持ち。
「先生、違う、信じて、あれはパパ活してたの。わたし顔に自信が無くて友達にバカにされていて、それで整形費用が欲しかったんです。イヤらしいことは何もしてません。あの人は親切な人で、ちょっと身体に触れるだけでお金をくれるんです」
 いつものように瞳はまっすぐに雄介に向けられている。その熱量で嘘ではないことが分かる。ただ話しの本筋はそこではない。
「ああ、ヒナを疑っちゃいないよ、大丈夫、安心して」
 ヒナは大きな安堵の溜息をついてソファーにもたれかかる。雄介はすかさずキスをする。ヒナはむしゃぶりつくように返す。
「実は関心は男性にあるんだ。あの人は高校時代の恩師。アルゴリズム分野の基礎をまるで愛弟子のように教えてくれた。あの人のお蔭で今の自分がある。恩返しをしたい」
 雄介は計画通りの嘘をつく。
「え? そうなんですか。それでか。あの人は自分の職業を教授と言ってました」
 ヒナは面白いように話しについてくる。
「ほお、そのほかには?」
「いえ、あとは奥さんから離婚されて子供たちも近寄らないと、老後の心配してました」
 なるほど。やはり人肌恋しさからのパパ活なのか。疑問が解決し、すっきりした。
「あの人は変わったお人でね。人嫌いなんだよ。それでも一度お会いしてきっちりお礼を言いたいと思ってた。あの人の住所分からないかな?」
「いえ、さすがに住所までは知りません」
 雄介はスカートの中に手を伸ばし太腿をそっと撫で上げる。合わせた口元からホッと吐息が漏れる。
「今度調べてくれるかな? あの人、車で来てるはず。免許証を持ってるんじゃないかな」
「それからほかのオトコとはもうパパ活しないでね、ヒナは僕のものだ」
 ヒナはなんの躊躇いもなく要請を受け入れてしまう。
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