第8話

文字数 2,520文字

 ヒナのパパ活は曲がり角に来ていた。
 定期(2回目~)さんも増え、いっときは10人ほどになり、一回逢うごとに10000~20000円のお手当を頂いていた。これに初顔合わせの人たちも加わって、これって順調なのって、思わず顔がほころぶほど稼げていた。
 ところが、ここに来て定期さんが騒ぎ出した。いつまで経っても本番まで辿り着かない。確かに、ヒナのお品書き(パパ向けの料金と約束事一覧)には、茶飯を繰り返して、互いに相性が遭えば、その先もありと記されている。
 その先、が何を意味するのかは判然としない処だが、ひとりのパパからは、「この行為は詐欺罪」と騒ぎ出された。ヒナは釈然としない。アッサリとこのパパをブロックしたものの、他のパパからも次々と肉体関係を求められた。
 最後に、映画で手繋ぎデート(20000円)を約したものの、コロナ禍で客席を間引かれて、手を繋ごうにも繋げない状況にでさえ、ニコニコと笑って、またね、を告げてくれた気弱な丸いオジにさえ見放された。
 とどのつまり、肉体関係が出来るPJに鞍替えしたのだ。世の中ではコロナは共生に向うものの、新たな厄災(戦争)が起こり、物価が高騰して、貧困は止めどなく続く。家計を圧迫された親の庇護にあるJDは化粧品ひとつ満足に買えやしない。
 それじゃ、身体を張ろうとその多くがパパ活に乗り出した。供給過多。PJ同士がパパを奪い合い、押し並べて価格は下がり、不利な条件も厭わない女子も増えて来た。
 ヒナは考える時間が欲しい。煩わしくなって、例の教授以外は全員ブロックしてしまった。次なる手はいくつも考えられたが、しばらくはお休みとする。貯めた貯金で歯頚矯正(可愛い八重歯も含む)と特徴的なソバカスを消すためのレーザー治療にも通い出していた。
「あれ、今日土曜日だよね。帰っていいの?」
 いつも一緒に電車に乗る雪花。
「うん、なんだか疲れちゃった、はは」
「あ、そうなんだ。ヒナちゃん、歯医者にも通い出したの。八重歯も抜いちゃうの? 可愛いらしいのに?」
 ヒナの歯列には上下ともワイヤーが括りつけられている。これはスピード矯正と呼ばれる歯並びをよくする手法。やがて審美歯科プログラムで八重歯も抜歯することになっている。この日、午後一番の予約で治療を開始した。治療総額は健康保険適用外、全部で50万円かかる。
「歯並びが昔からレスなの。同級生からもバカにされて。絶対に治して見返す!」
 ヒナには嘲りの言葉が蘇る。「出っ歯の勘違いブス」そして忍び笑い。
 雪花はすかさず話題を替えた。
「そうだ、明日の夜、施設でハロウィンのお祭りがあるんだ。来てみない? 8時には終わる。門限には間に合わなくなっちゃうけど」
 ヒナは前から雪花の育った処に興味があった。母親も自宅近くの養護施設に行くのに文句は言わないだろう。
 ヒナはスマホのマップに印をつけて貰い、雪花と別れた。
 次の日の午後、母親はやはり警戒した。ここの処はしばらく門限を守っているし不品行の兆候は見られない。けれどやはり前科者だ。
「その施設ってどこに在るの?」
 ヒナは母親のスマホの地図を見せる。
「そのお友達の名前は?」
「せなちゃんだよ」
 ここで母親は唖然とするような顔付きをする。こんな母親は見たことがない。いつもは小煩いオバさん。
「どんな字を描くの?」
「雪に花だよ」
 母親はその後は何も言わなくなった。帰りがけに電話するようにとだけ言い残して、自室に引っ込んでしまった。
 ヒナは雪花の施設まで自転車を使うことにした。電車でひと駅だし。スマホ地図では案外近い。夕方家を出て、つるべ落としの秋の夕暮れを灯火してペダルを漕ぐ。夜風は案外と冷たく手袋をはめてくればよかったと後悔した。
 目的の施設はすぐに見つかった。学校のように校門があって建物までに中庭がある。煌々と照らされた玄関口には、ハロウィンの飾り付けが質素だがなされていた。想い思いのカボチャの絵が描かれ眼と口がついている。どれも可愛らしくて怖さはない。
 スマホを繋ぐと雪花が出て来た。洋服はいつものワンピに厚手のカーデを羽織っていた。右手にはお玉を握っている。何かの調理の途中なんだろう。
 案内された広間には20人近くの子供たちが集まっていた。下は5歳くらいから上は雪花まで。
 と、知っている顔に出くわした。なんと、宿敵の詩だった。高校でイジメられた3人のひとり。なんでこんな処にいるの? 彼女は配膳の手伝いをしていた。子供たちには「うたネイちゃん」と呼ばれている。
 詩は少しふっくらし化粧気もなく、とても派手派手しい同年代とは思えない。近所のオバサンでも通る成りをしていた。呆然としていると、雪花が、
「あ、知り合い?」
「うん、高校の同級生」
「まだ、食事会には間があるからお話ししておいでよ」
 背中を押された。
 中庭のベンチにヒナと詩は座る。窓越しに子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。
「わたしね、卒業と同時に万引きで補導されて、まだ18未満だったし前科があるから児相に送られて、更生プログラムの一環でここのボランティアをさせられたの。それがきっかけでここで働いている。とってもやりがいがある…」
 ヒナは驚いた。あのどす黒い悪意の塊は消え去っていた。
「あ、ごめんね。高校の時イジメたりして。あの頃は自分たちより輝いているものに常に反発していた。ヒナちゃん、英語の発音もよかったし、可愛かったしスタイルもいいし」
 え? ヒナには信じられない言葉だ。謝罪の言葉よりその理由。わたしが可愛い??
「咲良はこの夏にコロナで死んでしまった。元々も気管支が弱くてアッサりとね。結衣はお父さんの会社がコロナで潰れて、青森の田舎に連れて行かれた。ついこの前に、地銀に就職出来たとはしゃいだメールがあった。ヒナちゃんをイジメたグループは壊滅だね」
 詩ははにかむように笑った。言葉には素直な響きが込められている。あの見下すような口ぶりは蔭を潜める。人は短期間にこんなにも変れるものだろうか? これって、悪い夢? ハロウィンのせい?
 私を3年間イジメた3人組はどこ? モチベはどこ?
 歯列に固定されたワイヤーがキシキシと痛み出した。

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