最 終 話

文字数 1,910文字

 「コラッツ予想」の発表会が世界に先んじて都内の某老舗高級ホテルの大広間で行われることとなった。クリスマスの題材に相応しいと電子機器メーカーと全世界に店舗を展開する日本のファッションブランドがコラボした。
 年末を控えたイエス降誕祭に「ミレニアム懸賞問題解決」とはセンセーショナルだ。一躍注目を浴びることになった。数学、物理学会の識者、大学関係者、IT企業、マスコミ各社などから500名近くが招かれた。
 演壇の後ろにはパワポ用の大画面モニターが設置されている。雄介は昨晩徹夜までしてプレゼンテーションファイルを創り上げた。学術論文と違い、数学を知らない一般人にいちから説明しなければならい。小学生にあいうえおを教えるようなもの。イラストを駆使して数字列を色分けしたり工夫を施した。誰にでも判るように。出来栄えには自信があった。
 同時に、安心してプレゼン出来るような二つの事実がバックにいる電子機器メーカーの開発部長からもたらされた。予想の反証明に関わるような二人を抹殺したことだ。ニュース報道でも耳にしたが敢えて詳細は見ないようにした。良心の呵責に耐えられない。
 非道なる悪行は自分の範疇外でなされたと信じこもうとした。つまり逃避行動。自分はたまたま反証に至る数値を発見したに過ぎない。二人の死とは直接的に関与していない。
 事実、19歳のJDと古希近い老人との接点を疑う者は誰もいない。両方とも加害者は逮捕されている。ひとりは痴漢を疑われて咄嗟に刺してしまった、と供述し、老人殺しは空き巣で姿を見咎められたため、近くの花瓶で殴打してしまった、と自白していた。二件ともすでに動機は解明され、もはや公判を待つのみとなっていた。
 後顧の憂いは断たれた。もう怖れるものはなくなっていた。ちょっと気になっていることと言えば、灯が高崎の実家に戻ると言ったまま一週間連絡が取れないことぐらい。クリスマスで日本での話題を攫い、来年には世界を沸かす。そんな祝時に一緒に居て貰いたかった。

 やがてブザーが鳴り響き司会者が喋りはじめた。大広間の照明が徐々に落とされて行く。演壇にはマスコミ各社の記者が収録用の機器を置きに集まって来る。
 その中のひとりに、雄介は度肝を抜かされた。
 見慣れたあのヒナが笑顔を見せた。間違いなくヒナじゃないか。死んだはずなのに。あろうことか、雄介にピースサインをして見せた。
 雄介は司会者を呼び、一時中断して、開発部長を呼ぶように伝える。額と脇の下には冷汗が滲む。しかしもう間に合わない。パワポがスタートした。
 次々に画像が入れ替わる。「コラッツ予想」の概略が終わり、いよいよ反証がスタートした。「悪魔の数式」が顕れるはずが、組み入んだ覚えのない写真が現出する。
 まずは、本田教授宅の玄関ドアを開ける三人組の姿を捉えた一枚。また、ニット帽を目深に被り黒いマスク姿でパソコン操作する写真。そして、混雑する電車の中で、突然背後から刺された女性の姿。あれは間違いなく吉岡灯。
 ラストに「悪魔の数式」が現れた。
 目立つようにわざと金色に輝くように着色された 
 (667-1) v
 ところが3n+1に組み入れられる瞬間に悪魔の封印( v )がほどけて、
血で塗られた(667-1) a(angel)に替わり、次の一瞬でただの数字、666となった。
 観客席からはどよめきが起こる。出入り口には、喜花からの情報を入手した捜査官が複数待機している。

 ―

 市民墓地の奥まった丘の上。反対側には市街地が望める。春には桜の名所となるが、真冬に足を運ぶ人は滅多にいない。そのひと隅に小さな墓標が在った。表面には雪花と桃花と並んで彫られている。もうすぐ20年となる。彫り跡には黒ずみも見られる。
 墓の場所は、まだ生きている桃花から聞いた。母から聞くのは躊躇われた。忌まわしい過去。小さな墓石にお水をかけ生花を供える。
 と、真新しいお線香の煙が反対側から流れてくる。
「あれ、真後ろさんもお墓詣りか?」
 境界となっている垣根越しに挨拶をしようと覗き込むが誰も居ない。あれ、変だなあ。気になるので、帰りついでに回り込んで見た。
 すると、どうだろう。
 その墓の主は、本田正孝教授と花恵さんだった。
 この図式は20年前の病院の運命のERとそっくり。

 時を交わさず、天使・カマエルが空の上から可憐な花房4つを落とした。

 ふわり、くるり、ひらり、、
 
 花恵、そして桃花、雪花、喜花。 花びら4片のささやかでせつない物語。


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   (本物語はフィクションです。登場する団体名・個人名は実在しません)
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