第5話

文字数 2,939文字

 この日は土曜日。ヒナはいつものようにp活にいそしむ。午前中に授業を終えて、午後から3件のアポを入れてある。暑さも一段落を終えて、半袖のワンピに朝晩はカーデを羽織る。過ごしやすい季節となった。
 ミニのワンピはp活の必須アイテム。まあ、pの関心は服の下だろうけど、ミニはその想像力を刺激する効果がある。お手当に直に跳ね返って来る。p活とは、うら若い女子が茶飯のみで富裕層のパパからお手当を戴く行為、と辞書にも記されている。

 コロナ禍でバイトが削られてから、この単語が急速に広まった。何しろ当てにしていたお金の途が絶たれた。学費は親の援助を仰ぐものの、生活費は飲食などのバイトで賄うって女子は多い。親だってギリの生活をしている。支援は頼めない。
 奨学金で大学を出た者は翌月から返済が始まる。コロナで一時待機、シフト減、失業の憂き目に遇った者は返済が出来ない。いくら猶予期間があると言っても借金は借金。しかも保証人付きだ。そしてそれは大概、親だ。親に迷惑をかけることになる。
 コロナはなかなか収束しない。昼職やバイトは簡単には元に戻らない。そこにウクライナ戦争が追い打ちをかける。何処か遠くのことでもグローバル経済は大打撃を受けた。エネルギー価格をはじめ連鎖的に諸物価が高騰する。世界的にインフレの波に見舞われる。
 日本もインフレ。なのに賃金はあがらない。日本はGDP(国民総生産)は世界三位と大見えを切るが、国民一人あたりでは世界30位(2020年)とその凋落ぶりが窺える。給与所得者の年収に至っては、500万円でさえ100人中に13人しか居ない。年々貧困社会になってゆく。そんな印象だ。
 年々貧しくなる社会にあって若い女子だからと特別扱いはされない。ほとんどがまだ扶養家族の一員だし、世帯内で身の丈にあった生活をせよと切り捨てられる。うら若い女子のこと、人生での華盛り。ファッションにコスメ、映えるスポット、スイーツなどなど、世の中は欲しいモノに溢れかえっている。なのに万年金欠。
 そんな人生でのほんの一瞬の輝きが二つの厄災によって閉ざされる。この悲劇のほどは他の世代には分からないだろう。ヒナもファストフ―ドとスーパーのバイトを失った。月に85000円が消えた。半年待っても全く見通しが効かない。むしろ悪くなる。
 子供の頃よりの貯金(お年玉・小遣いを貯めた)も底をついた。口紅とチークが欲しい。けど親には集(たか)れない。母親もクリーニング店でのバイトを失っていた。
 そしてついに動いた。女子の最終的な仕事とは古来より性風俗。でもそこにはどうしても行きたくない。しかもコロナの感染確立大で業界も大打撃と聞く。また、ノンアダルトのコンカフェ(コンセプトカフェの略。メイドカフェも含む)なども客が来ないそうだ。つまりは三密(密閉/密室/密集)回避戦術。
 なので、メレル、チャトレを始めてみる。メールとチャットで会員の男性とお話しする。直接触れ合わないので、性被害の心配もないし三密にもならない。ところが、コスパが悪い。スマホやパソコンがあれば隙間時間に何処に居ても可能だけれども、一回数百円の世界。
 また、やはり客層はアダルトを求めて来るので、ノリが悪いともう通話が来なくなる。色恋のテクニック上手な女子に客を奪われてしまう。いかに直接触れ合わなくとも身体の大事な部位を見せるのはゴメンなさい。
 そしてとうとうp活に辿り着く。身体を張るが、このご時世マスク越しの会話で済む。茶飯のみで5000~10000円も稼げるのは美味しい。相手は若者とはゆかない。むしろ20~30代でp活する方がおかしい。だって、なぜ彼女も出来ないの? 本当にお金持ってるの?
 畢竟、相手はオジばかりとなる。40~60代。ほとんどが妻子持ち。いやいや、結婚に疑念が沸く。沸騰した恋の末路が何故こうなるの? ♂族のことが理解出来ない。それに5分と一緒に居たくない下品で不清潔な人も居る。
 まぁ、1時間単位なので我慢する。こちらからは声を掛けない。二度目はないから。オジたちの日常生活で、若い女子と間近でお話しする機会などまずない。職場の若い女子に親し気な態度をとれば、それをセクハラと呼ぶ。だから、夢のような時間を売っているワケだ。

 ただ、このオジ族の関心は常に服の下にある。必ず身体に触れたがる。最初こそマスク越しで感染には気を配る。初回は茶飯のみで済むが二回目からはアッチをチラつかされる。お手当上乗せでまずは服の上から触りたいと。端からのアダルトは拒否しているヒナの客は必ずこうなる。
 それでも潔癖症のヒナは、次回お触り確定のpをブロックしてしまう。あんたの役目は終わり。どうしても女子に触れたければ夜職の女子たちを援けてくだい、はい。
 ヒナは処女ではない。JK時代、加奈との付き合いの中でセックスを覚えた。でもそれとこれとは別。好きじゃないオトコに身体を触れさせるのには拒否感がある。ましてやあんなオジたちに。
 最初こそ理想を掲げるヒナだったが、徐々にp活界の需要と供給のバランスが崩れ始める。貧困、金欠女子の考えることは一緒。PJ(p活女子)の数が急増し相場が押し下げられる。一時間10000円だったものが7000円となり、5000円が当たり前に替わる。
 ヒナのスケジューリングから、毎週水、土曜日の八時間に7~8コマこなしたい。それで月の小遣いを差し引いた年間貯蓄額100万円が達成出来る。韓国での整形費用が賄える。
 ある日のこと、4人のpと待ち合わせた。移動時間を節約するために場所を高田馬場に限定する。待ち合わせ場所は駅の改札前。しかし待てど暮らせど来やしない。4人ともだ。ドタキャンは当たり前の世界。たけど連続4回は在り得ない。しかもコロナ禍でベンチや椅子は撤去されている。寒空寒風の中、立ちんぼ稼業。
 もう、いやだ。ヒナはキレた。効率よく稼ぐ。生理的に受け付ければお触り在りでも良しとする。こうして、出来た最初の客があの教授だった。
 服の上からのお触りでも密室。何をされるか分からない。性被害、性暴力は当たり前に起こる。身バレ、親バレ、学校バレが怖くてほとんどの女子が泣き寝入りする。また、証拠が無い世界。SNS犯罪は立証が難しい。悪党どもには絶好の狩場なのだ。
 ヒナはよくよく考える。服の上からのお触りはいずれセックスへと発展するだろう。あんな教授は例外。他の♂どもは必ず要求して来る。果たしてセックスまで許容できるのか?
 いやいや、それは絶対出来ない。生理的にでもあるがヒナには好きな人がいる。彼のことを考えると他のオトコには身体を許すべきではないのだ。
 その人は同じ大学の常勤講師。たまたま読書サークルで知り合った。高身長で、小栗旬似のルックス。一目ぼれしてしまった。片想いなのかは未だ判然としない。
 彼は読書会の中で自分の専門分野・幾何学の話しをする。「ユークリッド幾何学入門」を詳しく解説してくれる。ヒナにはその中身より、彼の言葉、動作に魅入ってしまう。このトキメキは長崎の加奈にも説明したが、そんな気持ちになったことは無いと切り捨てられた。
 でも、これは間違いなくガチ恋なのだよ。
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