第3話 世界の終わり方

文字数 2,177文字

「閣下、世界の終わり方には二つあります」

 豊かな髭をたくわえた若い紳士が、「ほお」と腕を組みなおした。早く誰か来ないだろうか、変化が欲しいと思う。いや、大きな変化じゃなくても良い。座りたい。

「詳しく聞いてやろう…」
「恐縮です。端的に言うならば、例外なく世界は消失します。均衡を失って中から弾ける様に消滅するか。外からの外敵によって滅ぼされるかです」
「外敵とは、どんな外敵なのだ」
「寿命が近づいた時にマナを回収するために侵入してくる害獣、そして、虫の類です」
「ほぉ、それは魔法使いでも倒せない程強いのか」
「数匹なら容易に倒せますが、数によります。戦闘に向いていない魔法使いにとっては逃げるしかありません」

「ふむ」と相槌をようやくうった紳士は、椅子に掛ける様にコアラの叡智を促した。ほんの少しの変化が与えられた。体内時計だと50分ほどを起立のまま問答されていた。

「もう一度、5分前仮説とやらを聞かせよ」
「はい、閣下もお分かりの通り、我々の様な創造された事を自覚している人間も否定できない仮説です」
「回りくどいな。内容を確認したいのだ」
「し、失礼しました。5分前に誰かによって創造されて偽物の記憶を持っている事を否定できないというものです」
「本当に嫌な仮説だ。しかし、余はそれを聞いた後だと想像が出来てしまう。これより財産の大半を使い切った時に、余が黒魔術に陶酔し少年を殺すようになる…」
「…閣下が、この話を聞いて下さったことによって未来はすでに変わっているかもしれません」
「いや、余が不愉快だが想像できてしまうのは、余がオリジナルではなく魔法使いによって創造された元帥だという事だ」
「はい。その件だけは先ほどの閣下が本来知っているはずの記憶と記録をお持ちでない事からご納得いただいた通りです」

 紳士は机の上に置かれた書物を手に取った。苦い物を口にした様な表情をしながらパラパラとめくる。

「ぬしと話してから、余の記録は改変された…」
「本当に軽率な行動を致しまして、申し訳ございません」
「いや、許そう。それに生まれは違えども信仰上では我々は兄弟である」
「恐縮です」
「ぬしはこの偽物である館で終わりを待つよりは、インキュベーターになって他の余を吸収して自我を持てというわけだ」
「はい。その通りです」

 紳士は机に乱暴に書物を置くと【契約書】を手に取った。こちらに向けて、まっすぐに見つめる。眉はより、目は大きく見開かれている。

「この契約書にサインをしたところで、何が変わろうか」
「少なくても、抗う為の力を獲得できます。もう一度、祖国を守る事も不可能ではありません」
「余の守ったフランスは、ぬしの世界がオリジナルだと言い切れるか」
「いえ、言い切れません。しかし、閣下が守るべきは閣下の世界です」
「余を中心に作られたこの世界は、外敵によって滅ぼされるのか」
「消滅が確定したなら、ワームと呼ばれる巨大な虫の外敵など多くのマナを求めた存在が襲来します。今の閣下とご配下では、到底世界は守れません」
「ぬしは見たから分かるとでも言うのか…」
「他の創造された閣下と同化すれば十分に戦えます」

 その時に、この世界にいるジル・ド・レ様なら十分に世界を救える。そう信じて説得に訪れた。しかし、あの魔法少女の様に集合的な存在になる事望むだろうか。無限の戦いに、自分が複製であると知っても人は戦えるのだろうか。紳士の顔が一瞬だけ緩んだ。

「今一つ尋ねる。先ほど保護している少女の話もしたが、余もインキュベーターになった時にはどこかに二次創作されたジャンヌを救えるか」
「理論上は救えます。しかし、閣下の強い思いからジャンヌのいる世界に入った際には魔法使いとなった閣下の人格に大きく引き寄せられる可能性はあります」
「余の二次創作も多い為に、魔に魅せられた後年の方が有名という話か」
「あくまで、二次創作作品を好む者にとってです。私の世界ではフランスの初代元帥は閣下ですし、最も有名な貴族です」
「別の国に生まれた者にまで知られる事は嬉しいが…」

 【契約書】が二つに裂かれる。びりびりと言う音はしなかったギアススクロールは、紙の様に見えても紙ではないかもしれない。何枚でも複製は出来るが、その作り方をコアラの叡智は知らなかった。間違ったと思った時には遅い。手持ちのマナでどの位の時間遡行できるかを考える。

「これが余の答えである」
「長い時間を頂きまして…」
「良い。それに手ぶらで返すわけにはいかない。少し待て…」

 大きな音を立てて机の引き出しがあけられた。重みのある事が分かる袋がぎゅと握られて投げられた。袋の口は締められていなかったのか、重さの原因が音を立てながら散らばった。

「好きなだけ拾っていけ…そして、わたしが後ろを向いているうちに去れ」
「お気持ちに感謝します」

 一枚も受け取らずに帰るのも悪いと思い。撒かれた金貨を三枚拾う。そして、その世界から転移した。振り返る前に転移を完了したかったので、普段より随分と雑な転移であった。壁に掛かっている剣をとって机を斬りつける剣先が机に到達する前に止めらえる。

 二次創造されたジル・ド・レ様に会えたことを幸運に思った。コアラの叡智は手の中にある金貨を離した。世界の外延にある漆黒に、金貨は音もせずに沈んでいった。

 それを持ち帰って良い物だとは思えなかった。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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