第9話 異世界が書き換わる瞬間

文字数 1,899文字

「先生、ねぇ、先生ってば」

 えりかがローブの裾を掴んで引いてくる。今、重要な考察をしているので後にして欲しいのだが、名前を呼んでからこの視線と行動には慣れっこだ。馬車を引いてくれている「ラッコ」と「クマ」のたづなをえりかに預ける。

「少し、実験に手伝ってくれるかい」
「いいけど、どんな実験ですか」
「ボクらは、匂いを感じます。そして、あの街は凄い匂いです」
「ずっと、トイレの中で暮らしている様だよ…」

 両足の靴を脱ぎ、片方を渡す。匂いを嗅ぐように促すと、しぶしぶ、えりかは嗅いだ。

「あれ、買ったばかりの匂いがする」
「こちらは、どうでしょうか」

 わざと渡す靴を履いていた足をバタつかせる。素足である事はえりかの目にはうつったはずだ。

「えっと、臭いです」
「そうなんだ。この世界は常に変化しながら拡張していってる。分からないモノは新品やイデアとでも言えばよいのだろうか。完璧なモノとして存在している」
「どういういう事ですか」
「この世界が納得してしまったら少し変わるって事だよ。皇帝ペンギン神父があれだけ簡単にボクを信じて投資を始めたのは、ボクの方が世界の作者よりキリスト教に対する知識が深かったからさ。つまり、神父が更新されてしまったのだよ」
「先生はいつから気づいたのですか」
「転移して一瞬で気づかされたよ」
「えっと、ベッドに転移した瞬間って事ですか」
「そうだよ…」

 パカパカとひづめの音がする。この音は、匠が打った良いてい鉄が馴染んでいると考えた。また、音が変わる。この馬は優しいオス馬同士であり兄弟だろうと考えた。変化を確認するために、えりかに犠牲になってもらう。

「えりか、馬が、つまり、ラッコとクマがオスかメスか分かりますか」
「わ、分かるよ…」
「しっかり、ついている様ですね」
「それ、セクハラだと思うのだけど」
「訴える先があったら、構わないよ。訴えて欲しい。もう一つだけ良いかい」
「ひ、暇なので、付き合ってあげましょう」
「よしよし、後悔してもらいますよ。ボクの君に近い方の足の指が見えるかな」
「そりゃ見えますけど」
「運動音痴だから、長く持たないけど足上げるから親指の爪を触ってみて…」

 運動不足と運動音痴が素晴らしいシナジー効果を生み出して。触るのを確認するとポケットにしまっておいた靴下と靴をはいた。

「つ、爪なのに弾力があったのですけど」
「たぶんね。入れ替わっているのさ」
「何とですか」
「あんまり直接表現したくないけど、オスの象徴とだね」
「魔法少女に、なんてモノ触らせるのですか。いや、そもそも、女性に偶発的にそんなもの触らせるのは変態だ。です。いや、変態」
「幻滅してもらって構わないよ。ボクの事は変態な先生だと思う方が幸せだよ。お互いの為だよ」

 顔を真っ赤にさせながら、頭をかきながらえりかは言葉を探している。何かを思いついたようで、手を貸すように促してくるので、片手でたづなを握って預ける。

「じゃぁ、いくらムラムラしても大丈夫ですね。あたしの同族たちが薄い本でされるような事には成りませんね」

 そう言って、腕に抱きついてくる。転移した時に成長した胸が当たる。元の世界に戻ったらカップ付きの下着を買い与えないといけないと決心する。えりかの復讐に対して言っておかないといけない。

「言っとくけど。先生と生徒が恋愛関係に成ったりするのは、人間のクズ認定される事だからね。ハーバード大学だと先生側は発覚したら即リストラだよ」
「いじ張っちゃって、世の中の男性はすべからく機会があったら…」
「自分に自信がない人が、まるで撃墜数の様に数を数えているだけだよ」
「それじゃぁ、先生は発情しないって事ですか」
「するよ。だから、君に受肉して欲しいと思って命の危険まで冒してる。けれども、それは君がたくさん学んで、周期上の6歳以上成長してから決めればいい」
「けれど、言葉とか行動には責任を…って、先生は責任のかたまりの様な人格でしたね」
「その間に成長して、しっかりとしたパートナーを見つけるべきだよ。今は、孤独を埋めたくてボクが良く見えてるだけさ。ありがとう、励みになるよ」

 お互いに接している部分に熱を感じる。蒸れ始めて汗もかくだろう。自分がキリスト教を信仰していなくて、脳みそ代わりにピーナッツバターがたっぷり入っていたら、身体にバグともいえる入れ替わりも起こらずに、中世の森で貴族たちがそうしたように交わったのかと思う。薄い本が厚くなる事は、結構な事だと思う。

 目的地の古城が見えてきた。

 ブブルとラッコが鳴いた。えりかも視認して指をさす。
 泥でも落ちた様な音がして、匂いがした。余計な事を考えたかと思うが遅かった。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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