第11話 賢者の石と天国の鍵

文字数 2,904文字

「それでは、金は作れないという事ですか」

 皇帝ペンギンと言う名の神父に夜明け早々に呼び出された。馬車を借用し、当面の活動費を出してくれるスポンサーなので、断る事は出来なかった。えりかは呼びかけても部屋を出てこなかった。

「その通りです。神父」
「では、錬金術師はインチキという事になりますな」
「そうとも言い切れないのです。王水と言う名の液体では金を溶かせる事が分かっています。まるで、塩を水に入れたように液体の中に消えるのです」
「…なるほど」
「錬金術は間違ってはいないのですが、ほとんどの場合は液体に金は溶けてはいません」
「そうでしたか…」
「神父、この情報は恐らく貴重であり危険です。その為、ご内密に…」

 頷くと小さな袋が渡される。荘園からの収穫が思ったよりも少なかったので、少ないがと付け加えられた。思ったよりも重たい硬貨が入っている様だ。

「お忙しいところ、恐縮ではあるが…」
「どうか、お気になさらず。まだ、何か興味がある事がおありですか」
「もう一つ、尋ねたい」
「はい。何なりと、と言っても知っている事なら良いのですが」
「一番初めに言われたレコンキスタとは、どのように起こせばよいのだ」
「そうですね。まずは教会の管理されている荘園内の収穫量を増やします」
「それはいかにして」
「最も簡単なのは、肥料と休耕地をつくる事です」
「肥料とは、どうやって作ればよい」
「一番簡単なのは人糞を集めれば良いでしょう。他にも、馬や牛なども有効です」
「分かった。ためしてみよう」
「老婆心ながら休耕地はもっと重要です。同じ作物を作り続ければ収穫量は減ります。その為、土地を休ませる事をするべきです」
「無駄に感じるが、そなたの知識だ。いずれためそう」

 蓄えられた髭を神父はなでている。あまり、詰め込む過ぎても良いとは思えない。笑顔を作り続ける。

「神父、もう一つは鍛冶屋の育成です」
「なるほど、それでいかにして」
「基本的には、発注を定期化すれば良いのです」
「余った分の武器や鎧はどうするのだ」
「神父の交流がある教会へとおくるのです」
「なるほど、我々の様な聖職者も移動の際には鎧を着こむ。良い物が出来れば仲間におくり、さらに余るように成れば商人に持たせていけばよいのか」
「その通りです。それを繰り返せば鍛冶屋は熟練します。街の特産にまでなれば教会の収入もさらに伸びます」
「よし、分かった。食料の増産と鍛冶屋への支援だな」
「はい。この街の未来は明るいです」

 教会を出ると見慣れた顔が目に入った。えりかであった。しかし、目が少し腫れている。

「えっと、昨日はごめん」
「こちらこそ、悪かったと思っているよ。言い過ぎた…」
「あ、あのさ、今日はあの少女の宿屋に泊まるのだよね」
「情報収集の為にも、そうしようと思っていたけど」
「出来たらさ、もう一日、時間をくれないかな」
「わかったよ。えりかの為なら」
「あり…がとう」
「臨時収入があったから、何か美味しい物でも食べようか」
「いや、それ教会の神父から貰ったお金だよね」
「そうだよ」
「なら、きっと貧しい生活でも捧げられたお金も入ってるから」
「そういうところ、素敵だね」
「そう、かな」

 「そうだよ」と言いながら歩き始める。門の外れまでは行って、あの少女にチップを渡さなければ成らない。えりかは残念そうに一瞬表情を暗くしたが、付いてきてくれている。

「お約束を守って下さるとは…」
「それがね。ツレが体調が悪いようだから今日もやめておくことを伝えに来たんだ」

 そう言って、銀貨を一枚取り出して渡す。えりかも「ごめんね」と一言声をかけていた。「気にしないで下さい」と少女は返していた。まだ日没には時間がる様で、まっすぐに宿に戻ってもと考えていると。

「先生、少しでいいから、観光しても良いかな」
「もちろんだよ」

 無言のまま、広場へと手を伸ばせば届く距離で並んで歩いていく。露店が出ていて、店じまいの準備をしていた。露店は宿屋を営む主人の副業の様で、薄暗い室内にろうそくの灯がともり始める。

「少し遅かったかな…」
「えりかは、ゆっくり追いかけてきてくれていいから」

 商品を運んでいる主人に駆け寄って話しかける。値段を騙されてしまったかもしれないが、皮で出来たヒモを譲ってもらった。少し距離をとって、えりかはこちらを見つめていた。

「おまたせ」
「うん、ちょっと待ったけど…」
「帰ったら、罪滅ぼしにプレゼントがあります」
「見てたから知ってるけど、ヒモですか」
「ヒモだけじゃ、ないのだなぁ」
「楽しみにしておきます」

 夕食を頂いて、今晩の宿代を払う。部屋で飲むようにと言って半分だけ入ったワインを手渡された。「もう常連だからな」と言う主人がウィンクする。やれやれと思いながら部屋へ入った。

「えりか、少し話をしよう」
「はい」
「まずは、昨日はごめん」
「いえ、もうそれはいいです」
「なら、さっきの渡したいモノの話と君の名前の話だよ。どっちから聞きたい」
「じゃぁ、名前で」
「えりかって名前はね。ボクが魔法使いになるきっかけを作った女性の名前なんだ」
「そういうのあんまり聞きたくないです」
「いや、これは魔法使いとしては重要で、名前でお互いを縛ろうとしたんだ」
「どういう事ですか」
「ボクが死んでしまった時、魔法を継承できるようにする為だよ」
「その時は、あたしも死んでると思います」

 部屋に風が入る。ろうそくの火がゆれて、ロウの匂いがする。

「続きなのだけど、これがボクの賢者の石。そして、天国の鍵なんだ」
「はなし、また、逸らされたと思います」
「えっとね。関係はしているから…」
「賢者の石って魔法を増幅されたりするアイテムみたいなモノですか」
「そうだね。ボクが魔法を使った時、気がついたらポケットに入っていた。けど、この鍵は物心ついてから知っている鍵なんだ」

 話ながら、さっき買ったヒモに鍵を通して渡した。

「そんな、魔法使いとして大切なモノを渡されても」
「魔法使いとしては、これはありえない行為だと思うよ」
「知ってます。だから、困るのです」
「いや、いつかはそうしようと思っていた。身の上話なのだけど、ボクは生まれて2か月で洗礼をうけた。そして、クリスチャンとして信仰を守ってきた」
「不思議で成らないのです。キリスト教を信じる人が魔法を使えるって」
「ボクも驚いたさ、けれども、少し納得もしている」
「どういうことですか」
「ボクには洗礼名が授けられていてね」

 握られたままであった鍵を取り上げて、えりかの首へとかけてヒモを結んだ。

「ペテロという洗礼名なんだ」
「その人って有名ですか」
「イエスキリストの一番弟子で、初代ローマ教皇、そして…天国の鍵を預かる者。だから、ボクも名前で縛られていて奇跡も起こせるかもしれない。けど、ボクは奇跡を魔法としては使ってはいけないんだ。だから…」

 強い風が部屋に吹き込んだ。ろうそくの火が消える。急に暗くなった室内で、まるで光がにじみ出ている様に鍵は光っている。えりかは驚いて外そうとしたが、首を振って外す事をやめさせた。長さを調整して服の中へとしのばせる。目が慣れてきたのか、こちらを見つめる瞳が分かった。

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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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