第2話 魔法少女ちゃんとスクロール

文字数 2,572文字

「すごく広くなりましたね」
「師匠のお陰ですよ…」

少し頑張って笑顔を作る少女は、大げさに頭をかいた。
紙袋を手渡す。カレンダーの様な筒状の紙が一本こぼれ落ちそうになる。
慌てて抑えた少女が首をかしげる。

「今回は、多くないですか」
「せっかくだからね。たまには、お友達にも会いに行けるように」
多めに渡しておくねと笑顔を作る。
「あと、5人迎えに行けたら11番魔法を教えます」
「お、いよいよ、あたしもインキュベーターに成れるのですね」
「正確にはもうなっていますよ。今回も、よく頑張りましたね」

差し入れですよ。と言って白い布を手渡す。少女は左肩にかろうじて残っているボロボロのカーテンの様なマントを外して手渡された布にかえる。魔法少女特有の露出が多い衣装に目のやり場に困る。肩から胸部を見つめていた事がさとられて無いと良いのだけど。

「師匠は、なんで異世界で女性とは交流しないのですか」
「それを言うなら、君も異世界の男性と話もしないじゃないか」
「あたしの事はいいのです。いや、そもそも、師匠が干渉するのは控えるように教わったと思いますけど…」

困ったな。インキュベーターになる前には中学生だった彼女に、どこまで説明して良いのだろう。明るくは振舞っているが、まだ、笑顔が固いのは距離をはかりかねているからだ。

「すごく正直に言うと理由は二つあります」
「へぇ、師匠が個人的な事を教えてくれるのってはじめてかも…」
「まずは、ボクはクリスチャンです。だから、基本的にはフリーセックスは否定派です」
「うわ、恥ずかしいのですが…」
「次に、ボクには好きな人がいます。だから、別の世界に行っても異性で興味を持っているのはその人だけなんです」
「なんか、真面目に言われると返答に困っちゃうな。だから、話したりもしないって事なの」
「そうですね。ボクは、好きになられても気持ちを返せません。そもそも、その土地に長くとどまる事も出来ません。だから、交流すらしない方が良いと思っています」
「へぇ、難しい性格なんですね」意味が間違ってるかもしれないけど、据え膳食わぬは男の恥ってのは師匠にとっては嫌いな言葉っぽいですね。と顔を真っ赤にさせながら彼女は続けた。

うんうん。と頷いて、返る支度をする。と言っても、彼女の世界に穴をあけない様に奥行きをはかるだけなのだが、さすがに一生懸命に働いて徐々に広くなった世界を壊すわけにいかない。

「コアラ先生、一個だけ質問っていいですか」
「なんでしょう。あと、師匠よりは先生って呼んでくれる方が嬉しいです」
「仮にだけど、後、何人のあたしを迎えに行ったら…」

彼女はキャストからバイオリンを取り出して、愛おしそうに撫でた。

「…彼に会えた時、魔法を教えてもいいですか」
「そ、そうですね。ボクは浅学非才の魔法使いです。だから、一桁代の魔法を教えられません。そして、零番魔法の代替を教える事が出来ないので、なるべく多くの世界で生活に役立ちそうな物を集めてみて下さい」
「分かってます。だから、こうやって…」
「その上で、家族で暮らす事が出来るくらい君の世界が広がったら、自由に教えて下さい」
「それって、どれぐらい」
「そうですね。二人の子供が出来ても狭く感じないくらいまで広くなったらでしょうか」
「もしかして……自給自足の為に土も持ってきて、畑も作って…」
「だんだん、察しが良くなってきましたね。その通りですよ」

ふう。と大げさなため息が響いた。
彼女のオリジナルの名前は、確か「さやかちゃん」、いや、「さきちゃん」いやいや「あかねちゃん」だったかも、確かな事はアニメ化された作品のヒロインの一人だった。けれども、目の前の彼女は同人作品の最後の一コマで死を待っていた。初心の頃だったので、サービスをし過ぎた。オリジナルに近い自我を持つまで面倒を見る。約束してから、一つずつ魔法を教えながら彼女の保護者をしている。彼女も契約上は下層のインキュベーターだ。

「その時には、名前も思い出せるかな」
「きっと、自分で思い出せますよ」
「なんなら、先生が付けてくれても良いのだけど…」
「君の中に残る恋心に嘘をつくべきじゃないよ」
「なんか、話をそらされてないですか」
「いや、だって、君が好きな彼は君の名前を覚えているかもしれないよ」
「…あたしが会えるのはオリジナルじゃなくて、可能性が分岐した分身なのですよね」
「たぶんね。でも、ボクだって全知全能じゃないんだ。だから、同じように彼も分岐した彼自身を迎え続けたら、きっと、ね」
「分かりました」

軽く頭をなでる。もう転移をしよう。あんまり、悩む彼女を目の前にすると名前を教えてしまいたい気持ちが強くなる。けれども、たった一つ残っている生きがいを奪いかねない。彼女の名前を呼んであげるのは、どこかにいる彼が相応しい。それに、たくさんの世界を旅して、数人の魔法少女の消滅も見てきた。記憶が混同して、どの名前が正しかったのかは怪しい。

「次、ちゃんと仕事して戻ってきたら、また、何か教えてもらいますからね」
「ボクが教えられる事なら、隠さずに教えるよ」

 魔法少女ちゃんの世界を傷つけない様に、転移の為に霊体化する。これ以降は彼女の声は聞こえるし、見えてはいるが彼女は見えない。マナ借用分の返済もあるのに少女を庇護している余裕はあるのだろうか。彼女以外を助ける事は当分不可能なので、自分の仕事内容は良くチェックして魔法少女だと思われる営業先は未着手で返している。

 けれども、彼女からも報酬のマナは振り込まれる。
 彼女がオリジナルなのかは関係がない様で、魔法使いなのか魔術師なのか、とにかく魔法をかじった人間が同人誌を書くだけで、彼女みたいな魔法少女も創造されてしまう。その世界へのアンカーが切れてしまうとゆっくりと消滅していく。彼女は消滅へと向かっていたので、名前も思い出せない状況だった。

 ―今日もありがとうございました。バイオリンを練習してるか…

 彼女からメッセージが届いた。微小とはいえ、こんな事にマナを使ってと思うが、返事をすぐに送る。帰ったら次に渡すスクロールを作っておこう。残酷な未来が待っていても、後悔しないような支援の準備だけはしよう。星の数ほど消えていく世界の中で、せっかく出会ったのだから。

 彼女を撫でた手を見つめる。ふっと自分の顔が緩むのを感じた。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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