第７話　特命の依頼

「ごめんください」

　いつもは、コアラの叡智がいう言葉が自分に向けられている。「はい」と答えて椅子へとうながした。キラキラと光りながら霊体から実体化した女性は、ドレスを着ており全身に丁寧に化粧でも施したように滑らかに見えた。

「信じるか信じないかは自由ですが、我々も人類の母です」
「すぐに信じる事は出来ないかもしれませんが、続きを教えて下さい」
「人が星々に祈っていた頃、願いの集合体として７姉妹へと昇華しました」
「ぷ、プレアデスでしたでしょうか…」
「叡智と名乗る割には、ギリシャ文化には興味がない。プレイアデスです」
「…失礼しました」
「構いません。わたし達もインキュベーターをしております。申し訳ありませんが、魔法使いならご納得いただけると思いますが、名乗る事はさしひかえます…」

　魔法使いは基本的には本名を名乗らない。ギアススクロールも本名を書いても秘匿の意思さえあれば魔法使いとしての名前に見える。また、本名で書かれた【契約書】を預かり見ても記憶は改ざんされる。

「わたし達がうけてしまった仕事の引継ぎをお願いしに来ました」
「どんな仕事でしょうか」
「子供を100人程、救ってほしいのです。こちらが今回の契約書です」
「拝見します…」

　そこには、プレイアデスが受注した仕事が失敗して世界消失が誘発する可能性がある事が書かれていた。また、保護している魔法少女ちゃんと共に事態収拾が依頼されていた。報酬の項目に思わず目を奪われた。

「報酬は、魔法少女の実体化支援と書かれていますが…」
「ええ、具体的には妊娠できる状態へ、つまり、受肉をお手伝いしましょう」
「は、はぁ…」
「コアラの叡智さん、あなたは事態を軽く考えすぎています。本当に、彼女が二次創作された自分に似た魔法少女と同化を続けて人に成れると思っていますか」
「思っています」
「あなたの魔法も底が知れます。霊体としての自我は成立しても受肉は果たせないでしょう」
「覚悟はしています。この身のあばら骨を全部使っても彼女には生きて欲しい」
「ならば、責任を果たすべきです。彼女はあなたによって運命を変えられてしまった。静かに滅ぶのではなく生きる可能性を示されてしまった。師として、保護者として受肉させ子を産む喜びを与えなさい」

　それを彼女が望むかを考えてしまった。しかし、責任という言葉は眠気を覚ますような強い何かが宿っていた。【契約書】を手に取る。魔法を使えるように成ってから時間が経ったからか、契約内容が直接頭に流れてくる。この依頼を成功させるためには、少しでも早く転移しないといけない。衝動的な契約で良い経験などない。冒険も嫌いなはずだ。

　気がついた時、本名を書いていた。

　「彼女には、メロペーと名乗らせなさい」去り際に、メッセージが届く。時間を無駄に出来ないと思い転移をしながらコールする。「今からそちらに行く」それだけを送って、魔法少女がいる世界を訪れる。

「仕事の同行をお願いしたい」
「どうしたんですか、先生」
「あまり時間がない。だから、一緒に来てくれるかを教えてくれ」
「いいですよ。他にやる事なんてあたしには…」
「死ぬかもしれない」
「もともと、死ぬ寸前でした」
「その運命を変えられた事を後悔していないかい」
「してませんよ。いつになっても名前すら呼んでもらえないのは…」

　周期計を見る。世界によって時間の流れ方は違う。おおよその時間の流れを統一してみる為の時計の様な魔術道具だ。あと、少ししか話す時間はない。

「選んでほしい。仮の名前だ。依頼主はメロペーと名乗る様に勧めた。ボクが君にどうしてもと言われたら付けようと思っていた名前は…」
「知っています。先生が預けてくれているスクロールで勉強しました。先生の過去も覗いてみました。けれども、呼んでもらわないと困ります」
「分かった。魔法少女としての名は…」

　もう時間がない。彼女の手を握るスクロールを開き転移を開始する。ここからは少しのマナの無駄遣いも出来ない。彼女は「えりか」と呼ばれて、何度もうなずき満足そうに微笑む。ぼやけた様に不確定だった容姿は定まっていく。髪が伸び、光りながら身体も大きくなっていく。
胸のふくらみに目が泳いだ時、繋いでいる手の中に痛みを感じる。

「女の子は、そういうの分かりますよ…」
　返す言葉を探していると転移先の世界へとたどり着く。ベッドの上に手をつないだまま数センチ程落下する。バツが悪くて手を離した。クスクスと笑う顔は、少女と言うには女性的すぎた。