第10話 最も優れた食べ物

文字数 1,992文字

「先生、わざわざ農業しに来たの」

 古城に入って、枯れていない井戸を見つけた。門を申し訳ないほどの修復を施して、二つ見つかったスキの様なものを使って土を掘り返していた。牛とプラウを調達しないと限界があるかもしれない。

「いや、芋を見つけたからね。少し耕して植えて90日も経てば食べれる」
「お芋って芽が出たら毒性があって保存がきかないのじゃない」
「よく知ってるね。だから、植え続ければ良いのさ」
「な、なんですか。植え続けるって」
「明日も明後日も、気候が大きく変わらなければ芋を植え続ける」
「もしかして…」
「そうだよ。90日繰り返せば最初のが取れるから、安定して収穫し続けられる」
「農地がなくならなかったら、ですよね」
「この世界の出産周期にもよるけど、追い越せばたくさんの飢えた人を救えるよ」

 二人で何とか一つのウネを作り終えた。正確には、ここまでにしようと決めた。見つけた芋を大きさと芽によって小さくして植えていく。少し余るので持って帰ろう。井戸で水をくんで浴びる。えりかは馬車の幌の中で身体をふいた様だ。

「急いでいるのじゃないのですか」
「そうだね。この拠点を抑えるまではね」
「どういう事ですか」
「教会と町のギルド、そして、領主のいんじを集めたでしょ」
「あの赤いロウにスタンプを押したやつですか」
「そうそう、あれでね。教皇から次の命令があるまでこの城は好きに使ってよくなった」
「あんなボロボロのお城をもらっても、意味なんてあるのですか」
「国の三大要素って知っているかい」
「質問したのは、あたしですけど…領土、国民、主権でしたっけ」
「その通り、だから、あの門の中は借り物だけど領土って事さ」

 外から門を閉じて、最低限の害獣対策をする。日が傾き始めたので、えりかに戻る事を告げて出発した。カポカポと軽いひづめの音がする。「ラッコ」と「クマ」も帰り道は足取りが軽い様だ。なるべく「わだち」ができる様に行きと同じ場所を歩かせる。

「えりか、どうやったら強力な魔法が完成すると思う」
「マナをたくさん維持できるようにして、大きな魔法回路を想定して…」
「魔法使いっぽい良いセリフだね」
「茶化さないでください。先生はどう考えるのですか」
「ボクならね。使わない事だよ」
「意味が分かりません」
「魔法ってのは、過程がすっぽりと消えた大きな結果だよ。だから、使わなければ人は恐れたり、感動した分だけもっと大きな魔法だと思いこむ」
「先生は、その為にドロドロになって古城の中で農業するって事ですか」
「良い井戸もあったからね。水が枯れない限り城の中でも食料は作れたほうが良いよ」

 帰りは随分と早く着いたと感じる。片道の移動は2時間かかっていない。つまり、街から15キロほどだと考えると歩けない距離ではないけれども、用がない人は来ないであろう。ましてや、人狼ゲームからも想像できるように、森に切り開いた道が一本でもあれば夜は人間の時間ではない。

「…せん、せい」
「なんだい。えりか」

 物語の中で生まれた少女は、上手な寝言を言う様だ。器用に寄りかかって寝ている。Yes!ロリータNo!タッチと考えた人は天才だと思う。ボクのあきれた副業に咲いた花を踏んだり摘み取るのは愚行だと思う。

 街の入り口が見えてきた。馬車の気配を感じて数人が門の周りに出てきている。見張りの役人はほろを見て敬礼した。後は、数人の物売りとフードを被った少女だ。

「お宿はお決まりですか」
「残念だけど、今日は決めてしまっている。次は君のいる宿にお世話になりたいから、少ないけれども主人によろしく伝えてほしい」

 そういって、銀貨を一枚手渡した。強張っていた表情が和らぐ、彼女は今日休みになったのだ。呼び止めて余った芋を渡した。芽があったら切り取って食べない様にと、蒸かしてもらって必ず食べる様に伝えた。

「先生ってロリコンなんですか」
「えりか、ペドフィリアと言わなかっただけ敬意を感じるけど、嫌いな言葉だね。はっきりと伝えておくと、ボクは包容力がある大きな胸の女性が好きだよ。ぺったんこは大嫌いだ」
「うわ…」
「だから、本当にボクが好きになってしまったらお祈りした方がよい」
「もういいです」
「いや、良くはないさ。御心ならば我が胸を育てたまえってね」

 馬車から飛び降りるとローブのフードを深くかぶって借りている部屋へと直行する。宿屋の主人もやれやれと首を振りながらこちらを見つめている。

「もう一つ、部屋をお使いになりますか」
「いや、扉の前で眠るよ」
「旦那は、なんていえばよいのでしょうか…」

 おかみさんが主人の方に手を置いた。外で「ラッコ」か「クマ」のどちらかが鳴いた。ブラシを借りて「ラッコ」と「クマ」の毛をなでた。ほとんど同じ鳴き声なので、鳴き声だけでの区別はつかない。持ってきていた笛を吹く、間抜けな音がぬける様に鳴った。
 遠くで宿屋の主人が笑ったような気がした。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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