第13話 一人増えた生徒

文字数 1,929文字

「えりか、困ったことがある…」

 教会が持つ書庫に声が響く。はるか昔に経験したテスト中の様に、小さな音でも良く響く。本を閉じてもとある場所に戻す。見習いがハリがねでも入っている様に、直立している。本は高価なので念のためと言われて監視がついた。

「編成官、ここまでよろしいでしょうか」
「ありがとうございました」

 礼をすると退出を促される。えりかは退屈そうにあくびをしている。教会を出ると少し周りを警戒しながら小声で話しかけてきた。

「どうしたの」
「この街の人口は、2000人もいないかもしれない」
「その位なのじゃない」
「いや、そうなると100人も子供はいないと思う」
「あ、そうか」

 宿屋に戻り「ラッコ」と「クマ」に馬車を引かせる。なれてきたのか、最近ではムチを使う事はなくなった。

「先生が読んでいたのって…」
「うん。手記とでも言えばいいのだろうか。内容がない本だったよ」
「でも、人口が少ないかもってどうして分かったの」
「イースターなど教会が主導するお祭りの記述で人の数が書かれていた」
「あてになりそうなの」
「検証のしようもないし、人口は誰に聞いても怪しまれるよ。信じるしかないって感じかな。とにかく、この街は周りの親戚とかが集まってようやく3000人ほどの祭りを盛大に執り行ったと書かれていた」

 就任式でたいていの男性には顔を覚えられたようで、罠で捕まえたウサギをぶら下げた紳士が手をあげた。えりかが「ゼノさん」と小声で言う。大きな声であいさつをするかの如く喜んだ様子だった。

「そうなると、どうやったら依頼が終わるのだろうね」
「うん。えりかを含めても…」
「失礼だね。たぶん、この世界では先生は中年であたしは成人の少し前だよ」
「いや、ごめんごめん。ボクも、そうだと思うよ」

 寿命が違えば成人も変わってくる。そして、子供が意味するところも変わってくる事になる。しばらく見ていなかった周期計を取り出す。えりかの世界でもほんの瞬き程度の時間しかたっていない。

「考えたくないけど…先生」
「何か思いついたかい」
「100年ぐらい掛かる依頼とか」
「それは、困る」

 果たして本当に困るのだろうか。そんな事を考えていると、ボロボロの服を着た少年が遠くに見える。「ユアン」だよとささやかれる。彼はよける様に道の端に立っている。よく見ると足元にはカバンの様な大きな袋を置いていた。

「ユアン、一日早いようだけど」
「母さんが、一日でも早く仕えろって言ったんだ」
「…そうか。城についたら詳しく話そう」
「わかった」

 城に入るまでは安心できない。ユアンは、破門されているので異教徒になる。教会から借りている馬車に乗せれば、厄介事に巻き込まれかねない。

「ユアン、聞いてもいいだろうか」
「なんだい。編成官さん」
「ボクが憎いかい」
「いや、信じてもらえるか分からないけど…」
「うん。自由に話して欲しい」
「オレは何であんたを刺したのか分からないんだ」
「そうか、何となく不思議には感じていたんだ」

 この社会では教会がほとんどの権利を保障している。その教会の近くで、任命された役人を少年が刺すのが納得できない。

「なぁ、編成官」
「なんだい」
「怒ってないのか」
「いや、怒ってないと言えばウソになるさ。ボクは、床屋で真っ赤になった金属を押し付けて止血してもらったんだ」
「そうだよな。ごめん…」
「けど、素直に話してくれて助かった。ユアンを人間扱いしてはいけないけど、ご両親から伝わってるのだろう」
「ああ、一山当てるまで奴隷なんだから、何でも言うこと聞いて生きてろってさ」
「何って言えない中年で悪いけど、一緒に当てような」
「…あぁ」

 押し殺す様なおえつが聞こえた。タイミングよく「ラッコ」がブルブルと鳴く。前など見えない様な状況で懸命に歩くユアンに、ローブが掛けられる。

「泣くなよ、少年」

 えりかは器用に自分のローブをかけてユアンを隣に座らせて、ユアンが歩いていた場所を歩いている。驚いたのは、それが一瞬で行われた事だった。「もうすぐ着くのだからいいでしょ」と言うえりかは、へらへらと笑いながらまわって見せた。

「転ばないでくれよ」
「先生の10倍は運動神経あるから、大丈夫」
「そうだね」

 悪霊とでも言うのだろうか。ユアンが行った行為が心神喪失していたのなら、この世界にはさらに何かがある気がする。なかなか泣き止まないので、えりかが「ノノ」の話を話しかけている。逆効果ではないかと思うが、彼女の優しさなのだろう。

「な、なぁ、オレも先生って呼んでいいか」
「…そうだなぁ」

 人前ではやめて欲しいと伝えた。「君は城から出られないから、よいって事だよ」とえりかが補足する。明日には奴隷になる少年は、「ありがとう」と言いながら泣き続けた。

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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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