第17話 没薬と奴隷少年
文字数 2,596文字
「えりか、2対3だなんて思わないで欲しい」
えりかが戦闘態勢に入った。足元に4本の剣が実体化している。『先生』と言われて手元に剣が現れる。教会から貸与された剣は投げられるが、よけられた。投げた手を大きく開いて、前に突き出されると3本の剣が剣先だけをあらわした。
『賢者の石、使わせてもらっても8本が限界みたい…』
『使い切っても構わないから、数秒でいいから耐えられるかい』
『ユアンとノノの所に行くのでしょ』
『道義的な責任を果たしにね』
『一体だけ倒してくれたら、行っていいよ』
難しい事をかんたんに言う。剣を強く握り、こちらを向いている1対の目を探す。人の形をしていたはずの対象は、ゆっくりと実体化を始めている。うっすらだが獣のように見える。えりかがくれた剣をふたまたの杖に変える。アイヌの英雄シャクシャインが持つヤリをイメージする。
杖が実体化した瞬間、腰を入れて突き出した。
とがった先が、目をとらえた。大きな鳴き声が響く。半歩前にでて、両手で回転させるようにえぐる。抜きながら、2歩分ほど飛んで後退する。えりかの剣が物理法則を無視したように、高速で突き刺さるのが見える。
『1本持って、早くいって』
スクロールを使う。古城を転異先に指定する。ゆっくりと動く時間の中で、えりかの方をみる。1対1になっている。しまった。感覚を研ぎ澄ますが、転異が完了するまでは他の魔法を行使できない。
「ユアン、ノノっ…」
目の前には、人狼の様になった敵対生物が雄たけびをあげている。牙が月明かりの中、発光している様に光る。ユアンは、ノノを後ろに庇いながらサビた剣を向けて対峙している。
「先生、何とかしてくれ。こいつ、いきなり現れて大きくなって、顔だけオオカミになって…」
「オオカミの目から目を離さないでくれ」
「わかった…」
人狼が突進をする。間に合わないと判断したので、体内の回路にありったけのマナを送る。体内の時間だけが加速して、距離をつめる。後ろから剣を突き刺した。えりかの剣には血抜きが施されていない。認識した瞬間、深く突き上げてえぐろうとしていた剣先は硬直した筋肉にとらわれる。
「固い…ユアン、何でもいいからその剣で叩け、切ろうと考えなくていいから叩け」
「無理だよ。身体が言う事を…」
そりゃそうだ。10歳の少年に、人外の化け物をサビた剣を武器にして叩けるだろうか。いや、ユアンなら。
「ノノの為に、男に成れ」
「やってみるけど、死んだら先生のせいだ…」
えりかの剣に魔力が供給されてくる。あちらが片付いたのだろう、血抜きをイメージする。確かに施されていてあったと思い込む。目の前の剣が少し光って剣の中央にくぼみが出来た。力いっぱいに剣を引き抜く。片足を崩して倒れかける人狼に、ユアンの振り下ろしたサビた剣が当たる。スコップが石に当たったような鈍い音がする。
「ユアン、剣を離して二歩、いや、何歩でもいいから下がって」
腕を突き出してユアンを捕まえようとしている人狼の背中に、剣を深く突き立てる。背を足で踏み、力を込めて突き立てた剣を抜く。血しぶきが上がる。心臓はあったようだ。何度同じことを繰り返しただろう。ピクリとも動かなくなった事をようやく理解して、えりかの剣を空中に置く。持ち主に戻る為に、キラキラと霊体化して拡散していく。
『先生、もう無理。早く戻って』
『えりか』
スクロールを使う時間が無いようだ。覚悟を決めて魔法を行使する。えりかの姿をしっかりとイメージして、そのすぐそばへと転異する。えりかは両手で持った2本と空中で補助をする2本で振り下ろされた鉄棒を受け止めていた。
「ぼさっとしないで」
転異した瞬間に、叫ばれる。手を地面に押し当てて、トゲを持った樹木をイメージする。それを鉄棒の持ち主の足元に実体化させる。するすると両足をとらえて締め付ける。締め付けた足にトゲが食い込む。
「没薬を知っているかい」
「あ、あたしに言ってるの」
「いや、敵対する君だよ」
えりかを殴打しようとしていた鉄棒に力が入らなくなり、押し返される。空中に補助していた2本が大きく出た腹に刺さる。
「御子にも捧げられた薬だよ」
鉄棒がガタンと音を立てて落ちる。
血の気を失いミイラの様に乾燥した持ち主は、「ンな、かるし、ト…」遭遇した時と同じ言葉を発しながら息絶えた。
「ミイラの原料とも言われているし、身近なお菓子にも入っている」
かすれる視界で、ミイラから伸びている糸をおう。ワームホールを見つけて、閉じる魔法を行使する。どう考えても赤字であった。
「えりか」
「なに」
「お別れだ」
「きゅ、急に…」
「カッとなって魔法を使い過ぎた。転移先に持ってきたこの身体はボロボロ、転位元に戻ってマナの借金を返さないといけない」
「どういう事、この仕事あきらめるの」
「いや、引き継いでもらいたい」
「勝手だよ。なら、なんで賢者の石を預けたの…」
「それがなかったら、えりかは死んでいただろ」
「じゃぁ、天国の鍵は」
「それがなかったら、たくさんの自我は一つに成らないだろ」
「どうやって、この仕事を終えればいいの」
「ハーメルンの笛吹きの物語を知っているかい」
「ネズミを退治して、子供が連れ去られるやつ」
「そうそう。ユアンを育ててそれを実現させてほしい」
「どこに連れて行けばいいのさ」
「えりか、君の世界だよ…」
立っている事が出来ずに、倒れ込む。仰向けになって天を見つめた。えりかがコチラをのぞき込んで何かを叫んでいる。声は聞こえない。それじゃ、天が見えないと思いながらも声も出ない。ぽつりぽつりと降り始めの雨の様に水滴が当たる。まぶたが重く閉じた切り開けない。
意識を失う前に、13魔法を使わないといけない。
手順をイメージして、回路が繋がる。発動を感じた時、遠くで微かに声が聞こえる。「絶対に、会いに行くから」嬉しい気持ちになったが、表情だけでも変えられただろうか。
プツンっと意識が飛んだ。
チャイムの音が鳴った。
仕事机には【契約書】が置かれている。
ボクは、少し悩んだが半分冗談だと思いサインする。
記憶が流れてくる。円の様に繰り返した事を実感する。けれども、戻らない時間の中で起こされた事もしっかりと認識する。インキュベーターになる時は、注意した方がいい。
この副業には終わりがない。
-了-
えりかが戦闘態勢に入った。足元に4本の剣が実体化している。『先生』と言われて手元に剣が現れる。教会から貸与された剣は投げられるが、よけられた。投げた手を大きく開いて、前に突き出されると3本の剣が剣先だけをあらわした。
『賢者の石、使わせてもらっても8本が限界みたい…』
『使い切っても構わないから、数秒でいいから耐えられるかい』
『ユアンとノノの所に行くのでしょ』
『道義的な責任を果たしにね』
『一体だけ倒してくれたら、行っていいよ』
難しい事をかんたんに言う。剣を強く握り、こちらを向いている1対の目を探す。人の形をしていたはずの対象は、ゆっくりと実体化を始めている。うっすらだが獣のように見える。えりかがくれた剣をふたまたの杖に変える。アイヌの英雄シャクシャインが持つヤリをイメージする。
杖が実体化した瞬間、腰を入れて突き出した。
とがった先が、目をとらえた。大きな鳴き声が響く。半歩前にでて、両手で回転させるようにえぐる。抜きながら、2歩分ほど飛んで後退する。えりかの剣が物理法則を無視したように、高速で突き刺さるのが見える。
『1本持って、早くいって』
スクロールを使う。古城を転異先に指定する。ゆっくりと動く時間の中で、えりかの方をみる。1対1になっている。しまった。感覚を研ぎ澄ますが、転異が完了するまでは他の魔法を行使できない。
「ユアン、ノノっ…」
目の前には、人狼の様になった敵対生物が雄たけびをあげている。牙が月明かりの中、発光している様に光る。ユアンは、ノノを後ろに庇いながらサビた剣を向けて対峙している。
「先生、何とかしてくれ。こいつ、いきなり現れて大きくなって、顔だけオオカミになって…」
「オオカミの目から目を離さないでくれ」
「わかった…」
人狼が突進をする。間に合わないと判断したので、体内の回路にありったけのマナを送る。体内の時間だけが加速して、距離をつめる。後ろから剣を突き刺した。えりかの剣には血抜きが施されていない。認識した瞬間、深く突き上げてえぐろうとしていた剣先は硬直した筋肉にとらわれる。
「固い…ユアン、何でもいいからその剣で叩け、切ろうと考えなくていいから叩け」
「無理だよ。身体が言う事を…」
そりゃそうだ。10歳の少年に、人外の化け物をサビた剣を武器にして叩けるだろうか。いや、ユアンなら。
「ノノの為に、男に成れ」
「やってみるけど、死んだら先生のせいだ…」
えりかの剣に魔力が供給されてくる。あちらが片付いたのだろう、血抜きをイメージする。確かに施されていてあったと思い込む。目の前の剣が少し光って剣の中央にくぼみが出来た。力いっぱいに剣を引き抜く。片足を崩して倒れかける人狼に、ユアンの振り下ろしたサビた剣が当たる。スコップが石に当たったような鈍い音がする。
「ユアン、剣を離して二歩、いや、何歩でもいいから下がって」
腕を突き出してユアンを捕まえようとしている人狼の背中に、剣を深く突き立てる。背を足で踏み、力を込めて突き立てた剣を抜く。血しぶきが上がる。心臓はあったようだ。何度同じことを繰り返しただろう。ピクリとも動かなくなった事をようやく理解して、えりかの剣を空中に置く。持ち主に戻る為に、キラキラと霊体化して拡散していく。
『先生、もう無理。早く戻って』
『えりか』
スクロールを使う時間が無いようだ。覚悟を決めて魔法を行使する。えりかの姿をしっかりとイメージして、そのすぐそばへと転異する。えりかは両手で持った2本と空中で補助をする2本で振り下ろされた鉄棒を受け止めていた。
「ぼさっとしないで」
転異した瞬間に、叫ばれる。手を地面に押し当てて、トゲを持った樹木をイメージする。それを鉄棒の持ち主の足元に実体化させる。するすると両足をとらえて締め付ける。締め付けた足にトゲが食い込む。
「没薬を知っているかい」
「あ、あたしに言ってるの」
「いや、敵対する君だよ」
えりかを殴打しようとしていた鉄棒に力が入らなくなり、押し返される。空中に補助していた2本が大きく出た腹に刺さる。
「御子にも捧げられた薬だよ」
鉄棒がガタンと音を立てて落ちる。
血の気を失いミイラの様に乾燥した持ち主は、「ンな、かるし、ト…」遭遇した時と同じ言葉を発しながら息絶えた。
「ミイラの原料とも言われているし、身近なお菓子にも入っている」
かすれる視界で、ミイラから伸びている糸をおう。ワームホールを見つけて、閉じる魔法を行使する。どう考えても赤字であった。
「えりか」
「なに」
「お別れだ」
「きゅ、急に…」
「カッとなって魔法を使い過ぎた。転移先に持ってきたこの身体はボロボロ、転位元に戻ってマナの借金を返さないといけない」
「どういう事、この仕事あきらめるの」
「いや、引き継いでもらいたい」
「勝手だよ。なら、なんで賢者の石を預けたの…」
「それがなかったら、えりかは死んでいただろ」
「じゃぁ、天国の鍵は」
「それがなかったら、たくさんの自我は一つに成らないだろ」
「どうやって、この仕事を終えればいいの」
「ハーメルンの笛吹きの物語を知っているかい」
「ネズミを退治して、子供が連れ去られるやつ」
「そうそう。ユアンを育ててそれを実現させてほしい」
「どこに連れて行けばいいのさ」
「えりか、君の世界だよ…」
立っている事が出来ずに、倒れ込む。仰向けになって天を見つめた。えりかがコチラをのぞき込んで何かを叫んでいる。声は聞こえない。それじゃ、天が見えないと思いながらも声も出ない。ぽつりぽつりと降り始めの雨の様に水滴が当たる。まぶたが重く閉じた切り開けない。
意識を失う前に、13魔法を使わないといけない。
手順をイメージして、回路が繋がる。発動を感じた時、遠くで微かに声が聞こえる。「絶対に、会いに行くから」嬉しい気持ちになったが、表情だけでも変えられただろうか。
プツンっと意識が飛んだ。
チャイムの音が鳴った。
仕事机には【契約書】が置かれている。
ボクは、少し悩んだが半分冗談だと思いサインする。
記憶が流れてくる。円の様に繰り返した事を実感する。けれども、戻らない時間の中で起こされた事もしっかりと認識する。インキュベーターになる時は、注意した方がいい。
この副業には終わりがない。
-了-