第4話 根源とシャドウ

文字数 3,414文字

「寝るのなら、ここまでにしようか」

 魔法少女ちゃんは、頬杖をついて目を閉じかけている。チョークでもあれば投げたい気持ちだが、なるべく笑顔を作る。「少し休憩しようか」と提案したが、強く拒絶された。

「その根源とは何なのですか」
「根源とは、零次の創造を受け入れる事だよ」
「その零次って言い方が…」
「ごめんごめん。魔法には体系化したり再現性が高くなる順に何次魔法とか何番魔法と呼び方がされている様なんだ。でも、魔法使いは協調性が無いから整理はされてない。基本的には、年代が古いものは一桁だから古い魔法を一桁魔法と言ったりする」
「う~ん、そこまでは分かる……けど…」

 無知の知と説明したくなるが、魔法と離れてしまうのでこらえる。魔法少女ちゃんは音が聞こえてくるほど頭をかいた。コアラの叡智は眉に力がこもった。見ているだけで痛みを感じる。

「じゃぁ、神様が使った魔法を零次魔法と呼んで創造された事を本質的に受け入れた時に魔法使いはどうなるか」
「あ、それは、神様を否定している人はたどり着けないのかな」
「いや、悟りという方法からも可能だけど、そもそも自分を無にしていく過程で作られた事は許容していくのさ」
「…り、輪廻転生ってヤツですか」
「そうそう、発生の原因は分からないし人間では無理って考えて、その輪の中でまわる事を受け入れるのさ」
「その両方が同じなんですか」
「うん。突き詰めたら、零次魔法は人間では無理だと納得するのさ」
「本当に無理なのですか」
「お、いいね。その気持ちを全部否定した時にたどり着ける気持ちって考えたらいいよ」

 ホワイトボードに丸を描く。その中に杖を持った魔法少女ちゃんを描いた。

「コアラ先生には、あたしはショートに見えてるのですか」
「うん、時々セミロングにも見えるのだよね。きっとね、何人かのイメージが反映されているのだと思う」
「あたしが名前で呼ばれた時に、どっちかに成りそうですね」
「そうだね。どっちも似合ってるよ…」
「や、やめてもらっていいですか」

 ごめんごめん、と言いながら、丸の外側にすっぽりと収まる大きな丸を描く。

「この一番内側の世界を創ったのは誰でしょうか」
「はい。あたしを絵に描いた失踪した作者さん」
「素晴らしい。きっと正解です」
「やった…」
「では、その外側を創ったのは誰でしょう」
「作者さんの世界を創った魔法使い…かな」
「分かりました。では、もう一つ、繰り返しましょう。その外を創ったのは誰でしょう」
「そのまた、その世界を創った魔法使い」
「なるほど、そうしたらもう一回繰り返したら」

 どんどん描いていくと丸はいびつになり、いよいよホワイトボードのギリギリまで大きくなって楕円と言うよりは四角に見える。

「では、もうホワイトボードに描ききれません。さて、ホワイトボードを作った人は誰ですか」
「わ、分かりません」
「それを神様だと思ったら納得できませんか」
「え、ずるくないの」
「魔法使いは、みんなこの病気に一回はかかります。出身の世界で魔法を使えるように成ったら、自分が凄い力を手に入れた事に酔って、神様を疑ってしまいます」
「…って事は」
「自分の魔法にも限界があると知って、神様に勝てないって気がついたら」
「根源にたどり着いたって事になる…」

 長い溜息が響く。とても、女の子とは思えないくらいに、気取らない表情をしながら魔法少女ちゃんは何度か深呼吸を繰り返した。

「先生は根源にたどり着いたのですか」
「もともと、キリスト教だったので覚悟してました。けど、魔法が使えた夜から数日は病気にかかってましたよ」
「その病気、名前つけてもいいですか」
「はい、どうぞ…」
「オレ、サイキョウ病」

 思わず笑ってしまう。苦労した事が報われた気持ちと交わって、しばらくの間、笑い続けた。

「ちょっと、笑い過ぎ…」
「ごめん。面白くって」
「じゃぁ、根源に価値は無いのですか」
「いや、めちゃくちゃあってね。だから、魔法を使う世界の中でマナは枯渇しちゃうのさ」
「どういうことですか。魔法って使い過ぎたらいけないの」
「マナは神様が必要分だけ集まるように用意してくれてるモノなんだ。だから、探したら見つかるけど、貯めすぎると腐っちゃう」
「インキュベーターのマナ残高は、嘘なんですか」
「いや、保存しているのじゃなくてアンカーがある世界から一瞬で使っていい総量だよ」
「それ以上を使ったら…」
「どこかの世界が内側から消滅する」
「もしかして、みんなで引き出す量を調整してるだけって事ですか」
「その通り、だから、インキュベーターと契約してない魔法使いは…」
「悪いヤツだと討伐依頼が来るって事ですか」

 大げさに首を振る。大切な事だから、まっすぐに向けられている瞳を見つめて、軽く息を吸う。

「悪いとは限らないさ。けれども、契約を断って危険性が高い魔法使いから排除してるって事だよ。マナを食べて見えない循環機構に成ってる虫や害獣と戦う時に邪魔になるからだよ」
「先生、先生の考えでいいから教えて」
「何なりと聞いて下さい。あってる保証はない事を納得してくれるなら」
「虫や害獣を創ったのが神様なら倒しても無限に出てくるって事」
「きっと、その通りだよ。だから、インキュベーターは魔法使いとの契約を優先する。その次が、拒否した魔法使いの把握だね。そして、手が空いたら契約しなかった魔法使いで自滅しない人を攻撃するか閉じ込める」
「閉じ込めるってどういう事ですか」

 ホワイトボードの丸をいくつか消していって、魔法少女ちゃんの周りの一つだけを残した。

「世界が膨張してもすぐにパンパンに成らない様に、この外が少し空いています」
「あ、分かるかも知れません。スクロールを使った時に通ります」
「そうそう、その時に小さな糸が見えないかな」
「…見えてます」
「あれが無いとマナが無限に吸収されて消えちゃうのさ」

 虫を描いて薄く線を描く。そして、その一本を消して虫の目にバツ印を描いた。

「って事は、虫さんとかも基本はそうやって倒せるって事ですか」
「うん。コツが分かったら数体なら簡単に倒せるよ。けど、必ずまた来るから時間稼ぎにしかならない。穴を塞いで周りにいるのを倒したら、しばらくは大丈夫ってだけだよ」
「じゃぁ、本当の敵ってのは人間って事ですか」
「いや……これで授業は終わりだから、もうちょっとだけ頑張ってね」

 ホワイトボードに魔法少女ちゃんだけを残して他を消す。そして、斜めの線を何本も書いて「?」の周りに人型を描く。

「人とは限らないけど、どんなに逃げても追ってくる存在が…」

 空間の天井が割れる。
 キラキラと光る破片となって飛散する。黒い影の様な存在が魔法少女ちゃんに向かって突進する。うっすらと光る糸をコアラの叡智は掴んで切った。ぐったりと脱力した人型の影が倒れ込んだ。

「いまして…それをシャドウと呼ぶよ」

 手をかざして割られた空間を修復する。スクロールを開いてぐったりと倒れた黒い影に貼り付ける。青い炎がたちまちに全身を包む。

「心配しなくていいよ。根源を理解した時に、何故か清算させられるのさ。マナを払わないで使った魔法のツケを」
「あたしが使った魔法の分ですか…」
「そうなんだ。無理な魔法を使った代償なんだろうね。全部が悪かったわけじゃない。けど、いくつかの魔法はマナによる清算が出来ない。その分だけ何処かでシャドウが生まれる」
「あたし…自分の為に使ったわけじゃ……」
「ボクの時もビックリしたよ。一度しか経験はない。ウサギの形で襲ってきて、パスを切って殺してしまった。強くはなかったけど落ち込んだよ。次の根源が何かは分からないけど、ボクらの性格では魔法は使わない方が良いんだ」

 ポロポロと水滴がこぼれる。そっと頭を撫でる。時々、不安に思って「鷹の目」と言う観察のスクロールで見守っていた。魔法少女ちゃんは、偶然に知り合ったお腹を空かせた子供に、リンゴを手渡していた。持ち合わせが無かったから、無から創造してしまった。そして、その世界はアンカーがなかった為にシャドウが生まれた。シャドウは移動が逆算できるので、今日を勉強会にした。

「お腹の減った人にリンゴを出してあげたのは悪い事じゃないよ。どうか、後悔しないで欲しい。でも、ボクらはリンゴの木を育てる方法しか教えちゃダメなのさ。ゆっくりで良いから、無理な魔法とはお別れしよう…」

 かすれる声で「はい」という言葉が二人しかいない狭い世界に響いた。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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