第12話 小さな刃と回復魔法

文字数 2,827文字

「軍の編成と城周辺の開墾を命ずる。しかし、ハーメルン城は一時的に教皇が預かりうけた城の為、貴官は裁判権を有しない。最後に、レコンキスタ発動時にこの命は失効するものである」

 この街での初めての日曜日、想像よりもずっと早く任命式は行われた。紋章を刻印されたロングソードが渡され、えりかにも従者として紋章がししゅうされたローブが与えられた。教会には事業者である男子はすべて集められ、経営規模に応じた席が用意されていた。

「あのコアラとかいう中年、バイスの宿に滞在していて…」
「ああ、聞いたよ。あのネズミを殺す毒ダンゴはかの御仁の提案らしい」
「バイスが利益を独り占めだ。早く、3年が経って自由化して欲しい」
「なんでも、あの毒ダンゴはゴキブリにも効くらしい」
「値段は高く感じる…足元を見やがって」

 最前列の服が窮屈そうな男性たちが、小声と言うには大きな声で話してる。任命式はとても短い式典だった。しかし、それぞれの事業者が祈りと共に教会に献金を捧げる時間がだらだらと長く続いた。皇帝ペンギン神父が早めに投じた資金を回収に移ったと思うと恐れ入る。

「先生、あたしはワガママを実行してきます」
「う、うん。ありがとう」

 ようやく解放されたコアラの叡智は、えりかに「ワガママ」と言う名のつかいを頼んだ。宿屋を勧めてくれた少女には、かれこれ3日間、継続して断りを入れ続けている。ついに、えりかが銀貨を払うと言い始めた。えりかは彼女を友達と呼び、名前は「ノノ」であると教えられた。

「ノノは、オレが買いうけるんだぁぁあ」

 リンゴの皮をむく程度の刃物が、腹部に刺さっている。しまったと思ったが、熱いという感覚の後に痛みが走る。

「…少年、ボクを殺したいのかい」
「当然だ」
「はっきりと伝えておくけど、大人はこの程度の傷では死なない」
「強がるなよ」
「いや、本当の事なんだ。腹を刺したらえぐりながら切り上げないといけない」

 カランという音を立てて刃物が落ちた。荘園に所属する兵士が走り寄って刃物を蹴ると少年に馬乗りになる。顔を殴られ、首を絞められ始めた。

「お勤め、ありがとうございます。しかし、殺さないで下さい」
「あなたは客人です。兵士に指示は…」

 先ほど与えられたロングソードが鈍く光った。アランと名乗った兵士は、首を絞めるのをやめて腰に巻き付けられていたベルトを一本外し、少年の手を縛り上げた。少年のズボンは脱がされ、破られて口に詰め込まれる。手際が良く訓練されている事が分かる。

「裁判権を行使されますか」
「アランさん、いや、兵士アランよ。先ほどの任命式で裁判権は教会が保持すると宣言されました」
「では、皇帝ペンギン神父の元へ連行します」
「わたしは、床屋で傷口を焼いてもらってから向かいます」

 どうか、よろしくお願いいたします。と伝えるとアランは一度だけ頷き、少年を立たせた。尻を蹴り進めと命じる。教会のすぐそばで起こった事だったので、アランは終始声を荒げなかった。

「先生、あたし作品から出てきたから虫歯とかないよ。だから」
「き、気持ちは嬉しいけどさ、焼いてもらった方が良いよ」
「魔法使えなかったの。石と鍵を預けたから気づけなかったの」
「いっぺんに聞かないで、本当に人ごみの中で起こったのだよ。平和ボケし過ぎた」

 床屋に着くと、先ほど後ろの方に座っていた主人が前払いになる事を淡々と伝えた。えりかが怒りながら支払った。情けない叫びが3回響いた。サービスらしく、軍人にふさわしい短髪へと散髪された。

「あの散髪屋はなんなんですか」
「い、いや、臨時出費の後だからね。しょうがないさ」
「死にかけたのですよ」
「ごめん。情けなくなるから死にかけたはやめよう」

 意識もあるしと言いながら、肩をかりながら教会を目指す。中学生くらいの少女に肩をかりる事になるとは夢にも思わなかった。教会に着くと視界まで奪われた少年が、椅子に拘束されている。

「コアラの叡智、大事がない様で何より」
「優秀な兵士アランと神父さまのお陰です」
「で、では、これより、略式裁判を開廷する」

 経緯などがすでに尋問されていた様で、淡々と確認が行われる。被害者として意見を求められたが、形式的な質問であった為、発言する間もなく進行された。時々、神父の声が裏返る。

「よぉって、当教会は被告であるユアンに破門を言い渡す。両親並びに保護を申し出る者から申し出があった場合、本日より2日を期限としてこれを再度検討する。以上」

 帰ろうとすると神父見習いが献金箱を差し出してきた。失敗したと思いながらも、銀貨の袋をそのまま収める。「ありがとうございます」とは言われるも悔しい思いが表情に出ただろう。ここが中世をベースに作られた世界で変な所だけ完成度が高いと思い知らされる。そのままの足で、ユアンの両親を訪ねた。鍛冶屋の見習いを職としている様で、夫婦で明日の準備をしていた。

「すみません。周りの目と耳がありますので、一度しかいいません」
「はい、客人の編成官さま」
「ユアンに刺されました。ユアンは破門されました。人権を買い取るには恐らくお二人の財産では不足で借金を強要されるでしょう…」
「ど、どうにか…」
「ユアンに面会だけして、ハーメルン城に来る様に伝えて下さい。破門をといてもらう事は考えてはいけません」
「編成官さまが、保護してくださるのですか」
「違います。異教徒としてとらえて、働かせます」
「助けて下さるのですね」
「頼むから、上手くやりなさい。奴隷として城で働かせるだけです」

 えりかが心配そうに見つめていた。軽く礼をしてその場を離れる。帰り道で「優しい」とか「先生らしい」とえりかは励ましてくれたが、あの両親が上手くやるかで頭がいっぱいであった。宿に着くといつもの様に代金を支払おうとする。銀貨がない事を気づいてえりかを見ると支払ってくれた。

「ヒモになった気分だよ」
「先生がもらってきたお金ですけどね」

 えりかが、服を脱ぎ始める。目を背けると「心配ないから」と促されて覚悟して目をやるとこの世界での服をたたみ、魔法少女に変身した姿があった。髪まで青くなっている。そして、その衣装は青を基調とした姿であった。

「魔法を使ってほしくないのは知ってるから、この姿で一晩手を置いてあげるよ」
「えりか、本当は自分の名前分かってるのか」
「どうでしょう。今は、魔法少女えりかちゃんだけど」

 並んで横になると焼かれた腹部に手が置かれる。最初だけ激しい激痛を感じたが、その「手当」には確かに効果がある様で安らぎ意識が遠のく。

「あたし、分かったかもしれないよ。これが本当の魔法で、人知では到底はかり知る事の出来ない神様の平和…でしょ」
「聖書、読んでいてくれたんだね」
「一人きりの世界で、待つのは退屈だったからね」

 ウィンクをしようとした目が、両方閉じる。腹の傷は幸いだった。起き上がって接吻する体力と気力は奪われていた。さとられたのか、それとも照れ隠しか、えりかは笑った。
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登場人物紹介

コアラの叡智……インキュベーター。心優しく、死ぬ運命にあった魔法少女ちゃんを弟子として引き取った。

魔法少女ちゃん……死ぬ運命にあった女の子。現在は一人前のインキュベーターを目指して勉強中。

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