第20話

文字数 836文字

 あれから約五十年。
 
 この春、ぼくは警察官を定年退職した。一人娘は無事に嫁ぎ、家庭を大事にする父親の役目も全うしたように思う。
 妻には、人の為に生きた人生だったから、これからは自分の為に時間を使って下さいね、と言われた。嬉しかった。ちゃんとわかってくれる人が近くにいた。自分のなかにある正義感みたいなものが、これまでの人生の支えになっていたように思う。

 現在、返還された土地は国の施設が建ち一部は公園になっている。

 先日、その公園を訪れる機会があり、ルートを確認したが第二ゲートというバス停は見当たらず、運転手さんならわかってもらえるだろうと発車間際のバスに飛び乗った。
「行き先を告げてご乗車ください」
「第二ゲート入り口まで」
「お乗り間違えではありませんか?そのようなバス停はこのルートにはございません」
 慌ててぼくは、付近の病院の名前を告げて、そのままバスに乗ることができた。
 それは時の流れを寂しく感じてしまった出来事だった。

 あの時、目に焼き付けた景色は、ぼくのなかに色褪せないまま確かにある。現在は公園になっているその場所を、今は堂々とあの頃を思い出しながら散歩ができる。
 懐かしい家はないが、桜の木はそのまま残っていた。桜の木に寄りかかり絵本を読んでいたエマの横顔は今でも当時のまま鮮明に思い出せる。

 ここの桜の木を見上げていると、五十年前にフラッシュバックして同じ木を見ているような感覚になってしまう。

 公園には春風を浴びに多くの人が集まっていた。今年の桜は、気候の暖かさもあって、三月下旬だったが満開だった。

 みな、とても楽しそうだ。

 空の青と花のピンクのコントラストに昔を思い出して上を見上げながら歩いていると、小さな女の子がすぐ脇を走り抜けていった。ぼくはちょっと驚いて立ち止まった。

 その時、優しい風が頬を撫でた気がした。

 振り返るとブロンドのポニーテールの女の子が、舞い散る花びらを楽しそうに追いかけていた。

 今日も見上げた青空はとても綺麗だった。
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