第6話

文字数 707文字

 一人で帰るときはいつも団地の端から端までの道をフェンス越しの植え込みを歩いて帰った。あるとき、ユキトに誘われた。
「一緒に帰ろう」
「団地の中を通って帰ろうぜ」
「えっ……じゃあ、俺は一人で帰るよ。あそこの道は通ったらダメだって先生に言われてるじゃん。登下校、同じ道で帰りなさいって。見つかったら先生に怒られるぞ。じゃあな」
 ぼくはあっという間に一人ぼっちになった。
(ふん、なんでだめなんだよ。ちっとも危なくなんかないや)

 今日はリコーダーの代わりに木の棒を拾った。いつものようにフェンスにあててカチカチと音をたてて小走りに走ったり歩いたりして、二号棟あたりまで来た。
 その日は土曜の午前授業が終わって、お腹がぺこぺこで一斉にみな帰っていったので、ふらふらと裏道を歩いていたのは自分くらいだっただろう。団地からも昼時のいい匂いが漂ってきた。
「あーあ、お腹すいたなぁ……」
独り言を言って米軍基地内を眺めながら歩いていると、自分がいる場所から一番近いブルーの家から小さい女の子と男の子が走り出てきた。
 お母さんが窓から
「エマ、ダニエルー」と呼んでいた。
 綺麗に手入れされた緑の草の上を楽しそうに鬼ごっこをしているように見えた。よく見ると、小型犬も一緒だった。転んでも笑って起き上がり、ブロンドの髪をポニーテールにしているエマと赤いキャップをかぶっているダニエルーー

 ぼくには映画のワンシーンのように見えた。

 フェンスに手をかけたままのぼくは、しばらくその場に立ち尽くした。

「そこを離れなさい」と注意を呼びかけられるまで、近くにパトカーが停まっていたことさえ気がつかなかった。
 ハッと我に返り、ぼくは慌てて家へ走って帰った。
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