第14話

文字数 1,084文字

 米軍がいなくなったという事実が徐々に広まり、いけないことなんだろうが、フェンスを壊して基地内に侵入する人があとをたたなかった。子供だけじゃなくて、大人だって本当は、あちら側がに気なっていたということではないのかーー
 特に桜のシーズンは、基地内を散歩する人が、お年寄りから若い人まで、普通にいたように思う。フェンスが壊れていたのは、数箇所。みんなよく知っていて、遠出はしないが、こちら側から見える辺りの場所までは、普通に行き来していた。当時、誰も注意する人はいなかったように思う。

 ぼくはーーといえばーー
エマとダニエルの家に行ってみた。ドアに鍵がかかっていなかったので中に入ると、全ての家具がそのままだったが、荷物はなにも残っていなかった。
 それでも、エマとダニエルがぼくに何か残してくれているのではないかと期待して二階へ上がっていった。人が住んでいない部屋は何もかもが不気味で、パステル調の室内なのにとても寂しさを感じた。
 多分ここがエマとダニエルの部屋だったんだろうと思える室内は小さな木製のデスクが一つ残されていた。おそるおそる引き出しを開けてみた。三段ある引き出しの一番上の引き出しに、一枚だけ、何処か知らない場所の雪景色のポストカードが残されていた。ぼくはそのポストカードをポケットにしまい、部屋を見渡してグッバイと言った。

(何もかも夢だったんだ……)

 自然と涙があふれ出した。ゆっくりと階段を下り、家を出ようとしたそのとき、ドアの横に小さなチェストがあり、入ってきたときは気づかなかったが、引き出しが僅かに開いていた。ぼくはそっと開けてみた。すると、中にはエマが読んでいた白雪姫の絵本が残されていた。
(これはエマが大好きだと言っていた大切な絵本……こんなところに忘れていくなんて……)
手にとると本の裏にバイバイと書かれたシールが貼ってあった。
(えっ……もしかしてぼくに宛てたものだろうか……)
 ぼくは嬉しくなって胸に抱きしめた。悲しみの涙は一瞬にしてうれし涙に変わった。
 静かにドアを閉めて家を出て、こちら側に戻る手前で振り返り、家と周りの景色の全てを目に焼き付けた。
(エマとダニエルは、最後までぼくのことを憶えていてくれたんだ)
 絵本とポストカードは、学習机の引き出しの一番奥に、貯めたお年玉と一緒に大切にしまった。
 ぼくはトムと将棋をさしたこと、エマとダニエルと遊んだことなど、ともに過ごしたかけがえのない時間……これらの記憶を宝物として、この先も生きていこうと決めた。
 生きていれば、きっといつかまた逢える日がくるのではないかーー
 そんな気がした。
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