第9話

文字数 1,081文字

 もうすぐ三月も終わろうとしているのに、三日前に降った雪で基地内は真っ白になっていた。こちらの景色と違い、ポツンポツンと離れた家も植木も、全てが雪に覆われ大きな桜の木もとても寒そうにみえた。
真っ白な雪に埋もれたその様は、言葉を失うほど美しく幻想的だった。
 こちら側のごちゃごちゃした日本の街並みとあちら側の広々としたアメリカの街並みを比較してみると、いつだってぼくの心はあちら側にあった。

(あの家のなかでエマとダニエルはどんな会話をしているのだろう)

 いつかこのフェンスが消えて一緒に笑って話せる日がくるーー

 ぼくは根拠のない思いを信じていた。

 その日もそんなことを考えながら、雪の積もったフェンス脇の道を集会所に向かって歩いていると、エマとダニエルが手袋をはめて走り出してきた。
 そして家の前の道路を渡り、ぼくがいるフェンス側の芝生に積もった雪で雪だるまを作り出した。
 キラキラ光るきれいな雪を集めて、雪だるまを作っているうちに、エマがぼくに気づいた。
 ぼくが目をそらすことができずに佇んでいると、驚いたことにエマは雪だるまをつくることをやめて、こちらに走ってきたのだ。

 ぼくは急展開な状況にフェンスがあることも忘れて一歩、後退りをしてしまった。そして、エマが雪だまを作って笑いながらぼくに投げてきたので、さらに驚いて植木に尻もちをついてしまった。フェンスに当たって砕けた雪だまは、粉々に散らばって、こちら側におちた。
 ぼくは、エマの笑い声に引っ張られるように起き上がり、気づくとニ対一で雪合戦が始まっていた。きっかけは一緒に遊ぼうーーというアイコンタクト。ただシンプルにそれだけだったと思う。
 ほんのちょっとの時間だったと思うが、ぼくにはとても長い時間に感じられた。夢のような時間は、またもお母さんの「エマー、ダニエルー……」という叫び声で途切れた。二人は「ソーリー、バイ」と手を振って声のする家の方へ走って戻っていった。
 ぼくはエマの方から雪合戦をしかけてくれたことがとても嬉しかった。
 ぼくはそのあと、何事もなかったかのように、英会話のレッスンを受けて、いつもの時間に帰宅した。

 この日、ぼくの思いは確信に変わった。
(見た目の容姿なんてぼくたち子供には関係ない。どこの国の人間かなんて全く関係ないんだ。もし世界が一つの国であり、子供の頃に仲良くなれば、様々な考え方を学び、相手を理解することで、争うことなく多くの問題は解決できるのではないかーーそんな経験をしないまま大人になった人間に、世界平和がつくれるのだろうかーー)
 そんな結論に辿り着いてしまった。

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