第10話

文字数 870文字

 あの夢のような出来ごと以来、ぼくは下校時は一人で団地の中の道を帰った。時にはわざと団地の友達と下校し途中で一人になると、あとはフェンス越しに何かを探索するように基地内の遠方を見渡しながら帰った。
 その頃には、手を振って挨拶するだけではあるが、何人かの同い年くらいの友達ができていた。そして二号棟のフェンスの下の部分が壊れていて、体の小さいぼくなら、すり抜けられる箇所があることをトムが見つけてくれたのだ。
 パトロールのパトカーが二時間おきに通過する。決まって同じルートで同じ時間にゆっくりと通り過ぎるだけで車を降りてまでパトロールすることはない。
 基地内で遊べる時間は、二時間以内だ。もちろん遠くへは行けない。そんな状況の中でトムはぼくを自宅に招待してくれた。
「両親は午後五時まで戻ってこないから家においでよ」
「いいの?」
「なにかあったらここから逃げろよ。ヘマするなよ」と壊れたフェンスを指差して笑った。
「OK」
 ぼくはトムのあとについて必死に走った。トムの家はこちら側から見えている、ピンクの家だと教えてくれた。あそこまでなら百メートルはなさそうだ。ぼくに迷いはなかった。

 入口の扉はドアと網戸の二枚扉になっている。部屋の中は我が家と違いカラフルで綺麗に片付けられていた。何せ靴のまま入れるのだから楽ちんだ。冷蔵庫からコーラを出してぼくに投げてくれた。トムはゲームをしようと将棋盤を出してきた。
「将棋を教えてほしいんだ」
 ぼくは将棋好きなお父さんの影響で、そこそこ将棋をさすことができた。英語で教えるのはちょっと難しかったが、並べ方、動かし方、コマの使い方などをジェスチャーを交えながら出来るだけ丁寧に教えた。
 楽しい時間はあっという間だ。気づくと午後四時半をまわっていた。パトロールは五時。トムの両親が帰宅する時間も迫っていた。
「今日のことは秘密にね」と約束し、ぼくは壊れたフェンスを目指して一生懸命に走った。
 それからぼくらは、時々、三十分以内で、あちら側とこちら側を行き来し、エマとダニエルとも木陰で絵本を読んだり話をしたりした。
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