第4話 上野動物園でボアに丸呑みされた

文字数 1,313文字

十二月も半ばの月曜日、かじかんだ手を擦りながら学校から帰ってくると、家の電話がけたたましく鳴っていた。あわてて受話器を取り、耳に当てた。
「もしもし。浅田社長はいますか」
 切迫した様子の男の声だった。いませんと答えると、どこにいったと語気が荒くなった。
「知りません」
「隠すんじゃないよ」
「隠してません。本当に知らないんです」
「あんた誰。娘さん? いいかい、あんたのおとうさんはね、うちの会社に多大な迷惑をかけたんだよ。早急に埋め合わせをしてもらわなきゃ、社員に今月分の給料さえ払えないんだよ」
「……」
 男はわたし相手に延々と文句を言った後、連絡先をメモらせ、居場所が分かったら必ず一報するようにと言い残して、電話を切った。
 受話器を置いた途端、また電話が鳴った。
「もしもし」
「おい、浅田の野郎はどこだ!」
 別の男の声だった。
「留守です」
「嘘をつけ! 浅田を出せ。早く出せ!」
 怖くなって受話器を置いた。その途端、また着信音が鳴る。わたしはその場で凍て付いた。
「もしもし。浅田省吾はいません。昨日死にました。もう電話かけてこないで下さい」
 いつのまにか隣に来ていた静香が、わたしの代わりに受話器を手に取っている。
「そう。昨日、上野動物園でボアに丸呑みされたんです。今喪中ですから。そういう話止めてください」
 静香は言うなり受話器を叩き付け、電話線を引っこ抜いた。
「ったく。ふざけやがって。オヤジの居場所を知りたいのはこっちの方だ。あいつをとっ捕まえて、もう家に帰ってくんな、でも生活費は置いてけって、怒鳴ってやりてえ」
 次の日。静香と二人で晩御飯の仕度をしていると、家のチャイムが鳴った。インターホンには、コートを着た見慣れない男の人が映っている。
「あれが、おかめさんかな」
「違うだろ」
「本人じゃないとしても、使者をよこしたとか」
 わたしと静香はこんなことを言いながら、応対すべきか迷っていた。
「もしもし。お手間は取らせませんよ。ちょっとだけおとうさんの件で、お話をお伺いしたいだけです」
 男の物言いは穏やかだった。
「シカトしちまえよ」
「でも――」
 結局わたしは出ることにした。静香はぶつぶつ言いながらも、わたしの後について玄関まで来た。
 ドアチェーンを外すと、山のように大きな男がぬっと入ってきた。縦横に広いので、その男がいるだけで、玄関は一杯になってしまった。
「浅田はどこにいる」
 男の吐く息は白かった。声を出せずにいるわたしの前に、静香が立ちはだかった。
「いねえよ」
「嘘をついちゃいけねえぜ、ボウズ」
「嘘じゃねえよ。帰ってくれ」
 静香が、はじけた焼きおにぎりのように言った。
「おいボウズ。大人に対してその口の利き方は何だ。近頃の小学校じゃ、躾も教えねのか」
「うるせえな。関係ないだろそんなこと」
「何だと。ゴラア~」
 男は土足のまま廊下に上がり、静香に顔面を近づけた。男の頭蓋骨は、優に静香の三倍はあり、顔面は雷おこしのようにでこぼこだった。
 さすがの静香も血の気を失い、後退った。
「まあ、待て白鳥」
 大男の陰から、もう一人の男が姿を現した。防寒コートを着た男は、色白で痩せていた。さっきインターホンに出たのは、こっちの方だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み