第5話 ボウズと呼ばれたことに対し、憤慨はしない
文字数 1,430文字
「坊ちゃんはなかなかの美形だが、血の気が多そうだな。そっちのお姉ちゃんのほうが話が分かりそうだ。お姉ちゃん、おとうさんはどこにいるんだね。いや、失敬。まずこちらが何者なのか、名乗らなければいけないな。
おじさんたちは怪しい者じゃない。とある金融機関の人間だよ。英語ではファイナンシャルインスチチューション、フランス語ではアンスチチュシオンフィナンシエールだな。地球温暖化や、高齢者福祉なんかにも関心のある、極めて真っ当な人たちなんだ」
大男が腕を組んで頷いた。その顔はどことなく、マッコウクジラに似ていると思った。
「その真っ当な人たちから、きみのおとうさんはお金を借りたんだが、返してくれないんだな。だからおじさんたちは、おとうさんを捜している。おとうさんを呼んできてくれないか」
「父は先週の木曜日に家を出て行ったまま、戻ってきません。あたしたちもどこにいるか、知らないんです」
「本当だろうね。人から物を借りて返さないというのは犯罪なんだよ。わかるだろう」
「わかんねえよ。いったい利息はどん位なんだよ。まさか九割とか言わないだろうな。そういうのを出資法違反って言うんじゃないのかい。この間新聞に書いてあったぞ」
「このガキ。減らず口ばかりたたきやがって」
大男は蜂の幼虫のような指を、静香の左右の頬っぺたにめり込ませた。静香の顔が一瞬にして、ひょっとこに変わった。
「止めてください!」
わたしが声を上げた。
「まあ、待て白鳥」
華麗な名前にまるで見合わない男が、「ちっ」とワザとらしく舌を鳴らしながら、静香から離れた。どうやらこの二人には、役割分担があるらしい。
静香の顔は普通に戻ったが、両頬には指の跡が赤くくっきりと残っていた。
「おじさんたちは基本的に平和主義者だが、時にはちょっとばかし手荒な真似をすることもある。でも本当は、そんなことしたくないんだ。大変なことになってしまうからなあ。わかるだろう」
色白の男が初めて、凶暴な一面を覗かせた。
「まあ今日のところはこれで帰ることにしよう」
男はわたしに名刺を渡した。
「おとうさんの居場所がわかったら、会社のほうに連絡を入れて欲しい。いいね、お姉ちゃん」
再び凶暴な表情を見せた男に、わたしは思わず「はい」と答えていた。
「けっ」
最語に白鳥が、もう一度わたしたちを睨みつけた。
二人が出て行ってしまうと、静香がぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ちくしょう……」
「泣くことなんかないよ。静香がんばったよ」
「本気でやったら、あんなやつの腕くらい、へし折ることができたんだ」
「うん。わかるよ……」
「あいつ、おれのこと小学生だと思ってたな。ふざけやがって」
ボウズと呼ばれたことに対し、静香は憤慨しない。
「おれ、今はこんなチビだけど……毎日牛乳飲んでっから、来年には百八十センチ超えるから。そうすりゃあんな野郎膝蹴り一発でぶっ飛ばすから……」
静香は鼻をぐすぐすさせながら言った。
「ヤクザみたいな人たちだったね。ああいう人に狙われてるから、おとうさんは雲隠れしたんだね」
「そのおかめさんとか言うのも、あんなやつらと同じじゃねえのか」
「まさか。そんなに悪い人じゃないって言ってたよ、おとうさん」
「そんなにかよ。『そんなに』がついてるってのは微妙なんじゃないか。さっきの白いほうだって、そんなに悪いやつじゃないといえば、そうなんじゃないのか」
「そうかな。あれは悪いやつだったよ」
「ともかくオヤジの言うことは、昔から信用できね」
おじさんたちは怪しい者じゃない。とある金融機関の人間だよ。英語ではファイナンシャルインスチチューション、フランス語ではアンスチチュシオンフィナンシエールだな。地球温暖化や、高齢者福祉なんかにも関心のある、極めて真っ当な人たちなんだ」
大男が腕を組んで頷いた。その顔はどことなく、マッコウクジラに似ていると思った。
「その真っ当な人たちから、きみのおとうさんはお金を借りたんだが、返してくれないんだな。だからおじさんたちは、おとうさんを捜している。おとうさんを呼んできてくれないか」
「父は先週の木曜日に家を出て行ったまま、戻ってきません。あたしたちもどこにいるか、知らないんです」
「本当だろうね。人から物を借りて返さないというのは犯罪なんだよ。わかるだろう」
「わかんねえよ。いったい利息はどん位なんだよ。まさか九割とか言わないだろうな。そういうのを出資法違反って言うんじゃないのかい。この間新聞に書いてあったぞ」
「このガキ。減らず口ばかりたたきやがって」
大男は蜂の幼虫のような指を、静香の左右の頬っぺたにめり込ませた。静香の顔が一瞬にして、ひょっとこに変わった。
「止めてください!」
わたしが声を上げた。
「まあ、待て白鳥」
華麗な名前にまるで見合わない男が、「ちっ」とワザとらしく舌を鳴らしながら、静香から離れた。どうやらこの二人には、役割分担があるらしい。
静香の顔は普通に戻ったが、両頬には指の跡が赤くくっきりと残っていた。
「おじさんたちは基本的に平和主義者だが、時にはちょっとばかし手荒な真似をすることもある。でも本当は、そんなことしたくないんだ。大変なことになってしまうからなあ。わかるだろう」
色白の男が初めて、凶暴な一面を覗かせた。
「まあ今日のところはこれで帰ることにしよう」
男はわたしに名刺を渡した。
「おとうさんの居場所がわかったら、会社のほうに連絡を入れて欲しい。いいね、お姉ちゃん」
再び凶暴な表情を見せた男に、わたしは思わず「はい」と答えていた。
「けっ」
最語に白鳥が、もう一度わたしたちを睨みつけた。
二人が出て行ってしまうと、静香がぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ちくしょう……」
「泣くことなんかないよ。静香がんばったよ」
「本気でやったら、あんなやつの腕くらい、へし折ることができたんだ」
「うん。わかるよ……」
「あいつ、おれのこと小学生だと思ってたな。ふざけやがって」
ボウズと呼ばれたことに対し、静香は憤慨しない。
「おれ、今はこんなチビだけど……毎日牛乳飲んでっから、来年には百八十センチ超えるから。そうすりゃあんな野郎膝蹴り一発でぶっ飛ばすから……」
静香は鼻をぐすぐすさせながら言った。
「ヤクザみたいな人たちだったね。ああいう人に狙われてるから、おとうさんは雲隠れしたんだね」
「そのおかめさんとか言うのも、あんなやつらと同じじゃねえのか」
「まさか。そんなに悪い人じゃないって言ってたよ、おとうさん」
「そんなにかよ。『そんなに』がついてるってのは微妙なんじゃないか。さっきの白いほうだって、そんなに悪いやつじゃないといえば、そうなんじゃないのか」
「そうかな。あれは悪いやつだったよ」
「ともかくオヤジの言うことは、昔から信用できね」