第10話 ゾンビみたいだけど悪魔じゃないババア

文字数 949文字

「さてと――」
 老婆が椅子を引いて立ち上がる。
「そろそろ帰るけどね。今日は顔見せに来ただけだから。週末に迎えにくるよ。それまでに持っておく荷物の整理をしておくんだ」
「週末って。今週の週末かよ!?」
「そうだよ。大五郎」
「そんなの急過ぎるよ」
「急じゃないね。むしろ遅いくらいだよ。この家はもうすぐ取り崩されるんだから」
「そんなの。住人がいるのにできっこねえよ」
「それだけじゃない。会社の債権者リストをちょいと調べてみたけどね。おとうさん、あたしだけじゃなくて、随分あちこちから借金してるね。中にはあたしの知ってる阿漕な連中も混じってるよ」
 この老婆が阿漕でない証拠が、どこにあるというのだろう。
「そんなやつら、もうとっくにおれらで追い返したよ」
「ばかだね。連中がそんな簡単に諦めるわけがないだろう。あいつらはスッポンと同じだからね。食らいついたら、絶対放してくれないよ」
 おかめさんはバッグから札入れを取り出すと、そこから二万円を抜き、テーブルの上に置いた。
「週末までの食費だよ。四日分だから、これだけありゃ十分足りるだろう。無駄使いするんじゃないよ」
 こう言い残すと、おかめさんはクルリと身を翻し、玄関に向かった。わたしと静香は仕方なく彼女を見送るため、後についていった。
「土曜の夜九時に来るからね。それまでに荷物をまとめておきな」
 わたしたちは肯定も否定もせず、杭のように突っ立って、老婆を見送った。
 玄関が閉まると同時に、静香のお腹がまたグーと鳴った。
「あのババア。おれたちの晩メシ全部食ってったぜ」
「きっと晩御飯まだだったんだよ」
 ダイニングに戻ったわたしたちは、テーブルの上に残された万札をじっと見つめた。
「気をつけろよ、美里。悪魔に魂を売ることになるぜ」
 静香のお腹が三度鳴った。冗談ではなく、静香はどんぶりで二杯ご飯をお代わりする。育ち盛りなのだ。身長は百四十五センチしかないけど。
「でも、あれがあればコンビニで炭焼き豚弁当が買えるね」
 静香がゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あのおばあさん、ゾンビみたいだけど悪魔じゃないような気がする」
「その違いはなんだ」
「う~ん」
 結局わたしたちは空腹には勝てず、お札をポケットに突っ込み、コンビニに向かった。
 表はもう真っ暗で、おぼろ月がかかっていた。
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