第3話  中学校からスカートを廃止させろ

文字数 1,181文字

 まったくもう。
 五分ほどして出てきた静香に、わたしは先ほどの、おとうさんとの会話のことを話した。眠そうな妹の顔が、見る見る覚醒していった。
「なんだよ、それ」
「だから話したとおりだよ」
「そんなバカな話あるかよ。おれは嫌だぜ。ここに残るぜ。おかめさんて、なんだそりゃ。知らねえよ、そんな人。あのクソオヤジ、ふざけた真似しやがって」
 おとうさんが、ふざけた真似をするのは、今回が初めてではない。そんなことは静香だって知っている。しかし、今回のこれは、今までおとうさんが巻き起こした、幾多のふざけた騒動の中でも、群を抜いてふざけているといえた。
「でもこの家多分抵当とかに入ってるから、そのうち取られちゃうんだよ」
「取られたって、シカトして住んでりゃいい。だいたいこの寒空の下に子供を追い出す権利なんか、大人にはないはずだぜ」
「そうか――」
 なかなか静香も頭がいいと思った。
「他人のものだろうと何だろうと、ここはおれたちの生まれた家だ、大人の都合で出て行くなんて、冗談じゃないぜ」
「そうだよね」
 こう言いつつも、わたしには一抹の不安があった。いずれにせよ、わたしたちはまだ未成年で、保護者が必要なのだ。おとうさんは失踪してしまったのだから、保護者代わりというのは、多分そのおかめさんという人がやるのだろう。
 おかめさんがわたしと静香に、この家を出て自分の家に来いと言ったら、法律はわたしたちではなく、おかめさんの味方をするのではないだろうか。
「――でもさ、あたしたちお金ないよ」
「オヤジは送金しないつもりかよ」
「だって南に逃げるって言ってたよ。あたしたちのことまで構ってる余裕なんて、ぜんぜんなさそうだったよ。だからおかめさんってのが出てきたんだよ」
「ちっくしょう。ホント、とんでもねえ親だ」
 静香は拳を固く握って、居間の扉に打ち付けた。扉はドンと音を立てたが、びくともしなかった。身長百四十五センチの静香の拳は、金平糖のように小さい。
「今年に入って、ずっとヒドイことばかりだよな。中学生になって制服なんて着せられてよ。スカートなんて冗談じゃねーぜ」
 静香は幼稚園のときから、ずっとズボンしか穿かない。
「フェミのおばさんたちは何やってんだよ。女性専用車両はもういいから、中学校からスカートを廃止させろよ。男も女もズボンだけでいいだろ。男女平等なんだから」
「でも静香、スカート似合ってるよ」
 中一なら夏休みを過ぎれば、徐々にスカートを短くする子も出始めるのに、膝下丈をかたくなに守っている静香の脚は、実はとてもきれいなのだ。
「似合ってねえよ」
 静香はどかどかと台所に歩いてゆき、股をこれ以上できないほど広げて、食卓に腰を下ろした。たしかにこんなんでは、スカートはアウトだ。
 静香は、そこいら辺のおじさんのように、朝刊を開くと、鼻くそをほじくりながらテレビ欄を眺めはじめた。
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