第11話 日本の美しき伝統

文字数 1,151文字

 おかめさんの言っていたことは、嘘ではなかった。
 翌日から、既に家に来た借金取り達の、第二波が始まった。
「おとうさんはやはり行方不明なんですか。はー」と言っていた気の弱そうな人がまた来て、玄関先でわんわん泣き出した。
「困るんですよねえ、本当に。女房は病気がちで、家では子供が三人、腹減らして待ってるんですよお。下の子なんかまだ八ヶ月ですよ」
 膝を折り曲げてうずくまる男性が気の毒になって、わたしは手を差し伸べようとした。こんな気の弱そうな人からお金を巻き上げるなんて、おとうさんは本当に悪人だ。
 と、男の人がその姿勢から、いきなりわたしの太ももに抱きついた。
「何とかしてください。お金返してくださあ~い。うえ~ん」
 男の人はわたしの下腹部に頭を擦りつけ、号泣した。両腕はしっかり、わたしのお尻に回してる。
「嘘泣きしてんじゃねえよ変態! さっさと離れろ」
 静香が男の背中に蹴りを入れたが、男は更なる大声で泣くばかりだった。
「離れろエロオヤジ。警察呼ぶぞ」
「うえ~ん。うえ~ん」
 近所の人たちが、何ごとかと表に出てきた。
 静香は台所に飛んで行き、コックローチを取ってくると、細長いノズルを泣いている男の口の中に突っ込み噴射した。
 男は弾かれたようにわたしの腰から離れ、胸を押さえて咳込みながら、しきりに唾を吐いた。
「おまえがいけねえんだぞ。オヤジはいねえって言ってるのに、しつこくやってくるおまえが悪いんだぞ」
 さすがにやりすぎたと思ったのか、静香が自己弁護するように叫んだ。男は無言で退散した。
 次の日にはあの、白鳥という巨人と色白男のコンビがまたやってきた。
 この二人には、わたしも静香も敵わなかった。
「なっ、なんだよお。オヤジはいねえよ。これ以上付きまとうと警察呼ぶぞ」
 こう言う静香の声にも、いつもの迫力がない。
「けいさつう~っ?」
 白鳥が巨顔を静香に近づけた。
「救急車の間違いだろう」
「本当におとうさんがいないのなら仕方がない」
 色白男が割って入った。男はわたしの腰や胸に、ジロジロと不躾な視線を送った。
「そこのお姉ちゃんに働いて返してもらおう」
「親の借金は、子供が負担する義務はないでしょう」
 男の視線から逃れながら、わたしが言った。
「そんなに怖がることはない。こっちにおいで。なるほど国際法上はそうだ。しかし、平安時代からある日本古来の法律では違う。親の借金は子供が払うんだ」
「嘘をつけ!」
 叫んだ静香の両頬を、この間のように白鳥が締め上げた。静香はたちまちまた、縁日の屋台で売っているひょっとこのお面のようになってしまった。
「嘘じゃない。時代劇なんかで見たことがあるだろう。親の借金のかたに、田舎から都に働きに出される子供がいるじゃないか。ああいうのは今でもあるんだよ。日本の美しき伝統だ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み